歌手としてデビューし、その後女優に転身した中村ゆりさんは、2026年9月1日に直腸がんのため亡くなり、9月14日に所属事務所が発表しました。
訃報をきっかけに、YURIMARI時代の若い頃や本名、韓国のルーツ、出演作を改めて知りたいという人が増えています。
この記事では、中村ゆりさんの歌手デビューから女優としての代表作までの歩みと、本名・ルーツ・学歴をまとめました。
結婚や交際については、別の記事で扱っています。
中村ゆりに旦那はいた?結婚歴・林遣都や斎藤工などの歴代彼氏についても
中村ゆりの若い頃はYURIMARIとして歌手デビュー
生年月日:1982年3月15日
出身地:大阪府
血液型:AB型
身長:164cm
最終所属事務所:アルファエージェンシー
中村ゆりさんは、2026年9月1日に直腸がんのため44歳で亡くなりました。
訃報は9月14日、所属事務所のアルファエージェンシーが発表しています。
女優として知られる中村ゆりさんですが、芸能活動の始まりは10代の歌手デビューでした。
ASAYANのオーディションに合格した中学時代
1996年、中村ゆりさんはテレビ東京系のオーディション番組『ASAYAN』の歌手オーディションに合格しました。
1982年3月生まれなので、このとき14歳の中学生です。
大阪府寝屋川市で育ち、中学卒業後に上京したと言われています。
合格からデビューまでには2年ほどの準備期間がありました。
伊澤真理と組んだYURIMARIの1年間
1998年、中村ゆりさんは友人の伊澤真理さんと女性デュオ「YURIMARI(ユリマリ)」を結成し、avexから歌手デビューしました。
二人とも16歳で、高校生デュオとして売り出されています。
中村ゆりさんは「YURI」の名前で活動していました。
活動期間はわずか1年ほどでしたが、その間に6枚のシングルと1枚のアルバムを発表しています。
1999年にYURIMARIは解散しました。
相方の伊澤真理さんはその後芸能界を離れ、実業家に転身しています。
解散について本人が語っていたこと
解散の理由について、事務所やメンバーから正式な説明はありませんでした。
ただ、中村ゆりさんは後のインタビューで「自分はアイドル業に向いていないということを感じていました」と振り返っています。
当時はただがむしゃらにやっていたそうで、10代のうちに自分の進む道ではないと気づいていたようです。
解散後、中村ゆりさんはしばらく芸能活動から離れました。
この空白期間を経て、20代で女優として再び表舞台に戻ることになります。
女優への転身と『パッチギ!LOVE&PEACE』での受賞
YURIMARI解散後、中村ゆりさんは芸能活動を休止していました。
そこから女優として再出発し、2007年の映画『パッチギ!LOVE&PEACE』で二つの賞を受けるまでには、4年ほどの時間がかかっています。
「役者になんてなれるわけがない」から始まった転身
女優になるきっかけは、映画プロデューサーとの出会いでした。
「オーディションを受けてみたら?」と勧められた中村ゆりさんは、当時「私が役者になんてなれるわけがない」と思っていたそうです。
それでも受けたオーディションに合格し、女優としての活動が始まります。
2003年、映画『偶然にも最悪な少年』で女優デビューしました。
歌手デビューから5年、解散からは4年後のことです。
この時点では無名の新人で、大きな役が回ってくるまでにはさらに数年を要しました。
キョンジャ役で新人賞と女優賞を受賞
転機になったのは、2007年公開の映画『パッチギ!LOVE&PEACE』です。
2004年に公開された『パッチギ!』の続編で、中村ゆりさんはヒロインのキョンジャ役に抜擢されました。
在日韓国人の女性を演じたこの作品で、第3回おおさかシネマフェスティバル新人賞と、2007年度全国映連賞女優賞を受賞しています。
女優デビューから4年で、新人賞と女優賞を同時に手にした形です。
中村ゆりさんはこの作品について「撮影を通して、素晴らしいプロフェッショナルな方達に囲まれ、全く無知の状態から女優として色々なことを教えてもらいました」と語っています。
歌手時代に「向いていない」と感じた中村ゆりさんが、女優として初めて評価された作品でした。
この作品は、次の章で触れる本名やルーツを本人が明かすきっかけにもなっています。
中村ゆりの本名と韓国のルーツ
中村ゆりさんは在日韓国人で、国籍は韓国です。
このことは隠されていたものではなく、本人が2007年に自分の言葉で明かしています。
本名は成友理、通名は中村友理
中村ゆりさんの本名は「成 友理(ソン・ウリ)」です。
日本で使っていた通名は「中村友理(なかむら ゆり)」で、芸名の「中村ゆり」は通名の名前部分を平仮名にしたものです。
韓国名の「友理」も日本名の「友理」も同じ漢字で、読み方が「ウリ」と「ゆり」に分かれています。
「ウリ」は韓国語で「私たち」を意味する言葉でもあります。
お父さんは在日3世、お母さんは韓国生まれ
お父さんは在日韓国人の3世で、お母さんは韓国で生まれた人です。
中村ゆりさん自身は大阪府寝屋川市で生まれ育っており、日本で暮らしながら韓国籍を持つ家庭でした。
家族について本人が語ることは少なく、両親の職業や兄弟についての発言は見当たりません。
ネット上では「兄がいる」といった情報も見られますが、本人が明かしたものではありません。
『パッチギ!LOVE&PEACE』公開時に在日であることを明かした経緯
中村ゆりさんが在日であることを明かしたのは、2007年の『パッチギ!LOVE&PEACE』公開に合わせてのことでした。
この映画で在日韓国人の女性キョンジャを演じた中村ゆりさんは、公開翌日の朝日新聞のインタビューで自分も在日であると語ったとされています。
そのときの言葉が「出身を隠すつもりはないけど、わざわざ『在日です』と主張することもない」というものでした。
映画の中には「芸能界ってなぜ『在日』を隠すの?」というセリフがあり、この作品と本人の告白を重ねて語る声も多くありました。
その後も中村ゆりさんは、ルーツを前面に出すことも隠すこともなく、女優として作品で評価を積み重ねていきました。
中村ゆりの出身高校と学歴
中村ゆりさんは、出身高校を明かしていません。
そのためネット上には複数の説が出回っていますが、どれも本人や事務所の発表に基づくものではありません。
中学は大阪府寝屋川市の公立校
中学校については、寝屋川市立第三中学校を卒業したという情報で複数のプロフィールが一致しています。
『ASAYAN』のオーディションに合格したのは、この中学に通っていた1996年のことです。
ただし、この中学校名も本人が語ったものではなく、周辺の情報源による記述です。
高校は明かしておらず複数の説がある
1998年にYURIMARIとしてデビューしたとき、中村ゆりさんは16歳の高校生でした。
中学卒業後に上京し、東京の高校に通ったものの、すぐに中退したと言われています。
ネット上では「都立代々木高校の定時制を中退した」という説が多く見られます。
一方で「私立の女子校から定時制に移った」「大阪府立天王寺高校から早稲田大学に進んだ」といった、まったく別の説も並んでいます。
説どうしが食い違っている時点で、いずれも裏付けのない情報だと考えたほうがよさそうです。
中退の理由についても本人の発言はなく、ネット上では「歌手活動が忙しく学業との両立が難しかったのでは」という見方が語られている程度です。
本人が語らなかった以上、学歴については「高校名は不明」というのが実際のところです。
中村ゆりの代表作ドラマと映画
2007年の『パッチギ!LOVE&PEACE』以降、中村ゆりさんは20年近くにわたって映画・ドラマ・舞台に出演し続けました。
主演作は多くありませんが、脇を固める役で作品ごとに評価を重ね、40代に入ってからも受賞や月9レギュラーが続いていました。
朝ドラ『花子とアン』『わろてんか』と初主演作『今夜はコの字で』
お茶の間での知名度を上げたのは、NHK連続テレビ小説への出演です。
2014年の『花子とアン』では村岡香澄役、2017年の『わろてんか』ではお夕役を演じました。
2020年には、BSテレ東のドラマ『今夜はコの字で』で浅香航大さんとダブル主演を務めています。
37歳での民放連続ドラマ初主演で、デビューから20年以上かけてたどり着いた主演作でした。
舞台でも、長塚圭史さん演出の『浮標』『荒野にたつ』、鄭義信さん演出の『焼肉ドラゴン』『歌うシャイロック』、蓬莱竜太さん演出の『まほろば』など、作家性の強い作品に多く出演しています。
『市子』での受賞と鬼平犯科帳シリーズ
40代に入って評価を決定づけたのが、映画『市子』の川辺なつみ役です。
この演技で2024年の第37回高崎映画祭最優秀助演俳優賞を受賞しました。
映画祭は受賞理由として、細やかな人物表現と確かな演技力に裏打ちされた存在感を挙げています。
同じ『市子』で、第45回ポルト国際映画祭のディレクターズウィーク部門ベスト女優賞も受けており、海外の映画祭でも評価されました。
2024年公開の映画『鬼平犯科帳 血闘』ではおまさ役を演じ、以後このシリーズに続けて出演しています。
『119エマージェンシーコール』『終幕のロンド』と最後の劇場公開作
2025年1月期のフジテレビ系月9ドラマ『119エマージェンシーコール』では、横浜市消防局司令課の係長・高千穂一葉役でレギュラー出演しました。
中村ゆりさんにとって約14年半ぶりの月9レギュラーで、2026年のスペシャル版『119エマージェンシーコール2026 YOKOHAMA BLACKOUT』にも同じ役で出演しています。
2025年10月期には、草彅剛さん主演の『終幕のロンド』で絵本作家・御厨真琴役のヒロインを務めました。
遺品整理を題材にした作品で、草彅剛さんと大人の恋を演じたことが話題になっています。
映画では、2025年11月14日公開の『平場の月』で前田道子役を演じました。
そして2026年7月10日公開の『鬼平犯科帳 密告』が、生前最後の劇場公開作になりました。
亡くなる2か月前まで新作が公開されていたことになります。
かわいいと言われた素顔とお母さんの写真
中村ゆりさんは、演技の評価と並んで、その容姿についてもネット上で長く語られてきた女優でした。
年齢より若く見えると言われていた
ネット上では、中村ゆりさんがかわいいという声が多く聞かれていました。
30代の頃には「20代に見える」と言われることが多く、若く見える容姿は男性だけでなく女性からも支持されていました。
40代に入ってからも、『終幕のロンド』で大人の恋を演じた際に、その落ち着いた雰囲気を称える声が目立っています。
YURIMARI時代と女優時代で変わった雰囲気
「かわいい」という声と並んで、「昔と雰囲気が違う」という声もありました。
YURIMARI時代の写真と女優になってからの写真を比べると、確かに印象が違います。
10代の頃は華やかで少し派手な印象でしたが、女優時代は落ち着いた雰囲気に変わっていました。
その差から、YURIMARIを知る人の間では「同じ人だと気づかなかった」という声も聞かれています。
2019年に公開した「若き日の母」の写真
2019年7月、中村ゆりさんは自身のInstagramにお母さんの写真を投稿しました。
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添えられたコメントは「若き日の母」とだけで、この投稿にはファンから「お母さんめっちゃ美人」というコメントが多く寄せられました。
中村ゆりさんのSNSに家族の写真が載ることはほとんどなく、お母さんの姿を見られる貴重な1枚でした。
本文の前半で触れたとおり、お母さんは韓国生まれの人です。
まとめ
中村ゆりさんの若い頃は、1998年にYURIMARIとして歌手デビューした16歳から始まりました。
1年で解散したあと空白期間を経て、2003年に女優へ転身し、2007年の『パッチギ!LOVE&PEACE』で新人賞と女優賞を受賞しています。
本名は成友理(ソン・ウリ)で、在日韓国人であることはこの映画の公開時に本人が明かしました。
出身高校は明かしておらず、ネット上の説はどれも裏付けがありません。
朝ドラ2作、『市子』での受賞、月9『119エマージェンシーコール』、『終幕のロンド』と作品を重ね、2026年7月公開の『鬼平犯科帳 密告』が最後の劇場公開作になりました。
中村ゆりさんのご冥福をお祈りいたします。
参考・出典
- アルファエージェンシー公式プロフィール
- 日刊スポーツ「中村ゆりさん死去」(2026年9月14日)
- 日刊スポーツ「YURIMARIとしてデビュー」(2026年9月14日)
- zakzak「中村ゆりさんの経歴」(2026年9月14日)
- 第37回高崎映画祭 受賞者ページ
- フジテレビ『119エマージェンシーコール』出演者発表
- 聖教新聞オンライン『終幕のロンド』インタビュー
- 映画.com 中村ゆり プロフィール・出演作







