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クミコ(歌手)の代表曲や本名は?出身高校や大学・事務所や年収も調査

クミコ(歌手)の代表曲や本名は?出身高校や大学・事務所や年収も調査 歌手

「INORI〜祈り〜」や「わが麗しき恋物語」で知られるシャンソン歌手・クミコさん。

2010年のNHK紅白歌合戦初出場から16年が経った今も、新アルバムのリリースやラジオ出演、全国コンサートと精力的な活動を続けています。

そんなクミコさんの本名や出身高校・大学、これまでの経歴について調べてみました。

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クミコ(歌手)の代表曲

クミコさんの代表曲として、まず多くのファンが挙げるのが2010年2月リリースのシングル「INORI〜祈り〜」です。

広島平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデル・佐々木禎子さんの甥にあたる佐々木祐滋さんが、禎子さんと平和への想いを綴った楽曲で、「週間HIT 演歌/歌謡曲 USENチャート」で1位を獲得しました。

この曲をひっさげて、同年の『NHK紅白歌合戦(第61回)』に初出場を果たしています。

ただ、クミコさんの代表曲はこれだけではありません。

2002年にリリースされた「わが麗しき恋物語」は口コミで評判が広がり、長いキャリアの中で初めて大きな脚光を浴びるきっかけとなった一曲です。

2007年のデビュー25周年には、作詞家・中島みゆきさんが書き下ろした「十年」が話題になりました。

日刊スポーツのインタビューでは、クミコさん自身が「十年」「純情」「妻が願った最期の『七日間』」を代表曲として挙げています。

カラオケ人気という観点では、JOYSOUNDのランキングで「広い河の岸辺」「人生のメリーゴーランド」「最後の恋〜哀しみのソレアード〜」なども上位に並んでおり、幅広い楽曲が支持を集めていることが分かります。

2026年5月27日には新アルバム『シャンソンティックな歌たち Vol.2』をリリースし、71歳を超えた今も新作を発表し続けています。

クミコ(歌手)の本名

クミコさんの本名は「斉藤久美子」さんです。

歌手活動を始めた頃は「高橋久美子」、その後「高橋クミコ」という芸名を使っていました。

この「高橋」は元夫の苗字でした。

転機となったのは、作詞家・松本隆さんとの出会いです。

松本さんがプロデュースに名乗りを上げた際、「別れた亭主の名前をいつまでも付けているから売れない」と言い、2000年に姓を取って現在の「クミコ」に改名しました。

同年にアルバム『AURA』を発表し、新たなスタートを切っています。

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クミコ(歌手)の学歴

クミコさんが通っていた学校について調べてみました。

クミコ(歌手)の出身小学校

クミコさんは、藤枝市立大洲小学校出身です。

3年生の時に静岡県藤枝市に引っ越し、こちらの学校に転校しました。

転校前の学校については情報がなかったため不明です。

クミコ(歌手)の出身中学

小学校卒業後は、藤枝市立大洲中学校に進学しました。

当時は「ザ・タイガース」の大ファンで、沢田研二さんのことが大好きだったそうです。

クミコ(歌手)の出身高校

中学校卒業後は、埼玉県立春日部女子高等学校に進学しました。

現在の偏差値は、59~62です。

クミコ(歌手)の出身大学

高校卒業後は、早稲田大学に進学しました。

クミコさんは教育学部に在籍、現在の偏差値は62.5〜65です。

役者を目指し劇団に入ったものの、歌で表現することに目覚めて劇団を退団しています。

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クミコ(歌手)のプロフィールや経歴

名前:クミコ
生年月日:1954年9月26日
出身地:茨意見生まれ、埼玉県育ち
血液型:B型
身長:非公開
所属事務所:プエルタ・デル・ソル

クミコさんは1954年9月26日、茨城県水戸市生まれのシャンソン歌手です。

所属事務所はプエルタ・デル・ソル、レーベルは日本コロムビアです。

1978年、クミコさんがボーカルを務めるバンド「ホンキートンク」が第16回ヤマハポピュラーソングコンテストで優秀曲賞を受賞し、つま恋本選会に出場しました。

同年、本名で第9回世界歌謡祭の予選にソロで出場しましたが、残念ながら落選しています。

その後は小さなライブスペースで少数の熱心なファンに支えられながら歌い続け、1982年6月に日本のシャンソニエの老舗・銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、プロデビューを果たしました。

1987年にはミュージカル『レ・ミゼラブル』の日本初演にアンサンブルの一員として出演しています。

1996年のアルバム「世紀末の円舞曲(ワルツ)」をきっかけに作詞家・松本隆さんがプロデュースに名乗りを上げ、2000年に「クミコ」へ改名。

2002年にリリースしたアルバム「愛の讃歌」の収録曲「わが麗しき恋物語」が口コミで評判を呼び、長いキャリアの中で初めて大きな脚光を浴びました。

2007年のデビュー25周年には、中島みゆきさん書き下ろしの「十年」が話題になりました。

2010年に「INORI〜祈り〜」をリリースし、第61回NHK紅白歌合戦に初出場。

2011年にはNHKラジオ『ラジオ深夜便』の「深夜便のうた」として「合歓の孤悲」が採用されました。

2015年には湯川れい子さん作詞・つんく♂さん作曲の子守唄「うまれてきてくれて ありがとう」をリリースし、同曲は日本レコード大賞作曲賞を受賞しています。

2022年、プロデビュー40周年を記念したシングル「愛しかない時」を発表。

2023年7月には「時は過ぎてゆく/ヨイトマケの唄」をリリースし、精力的な活動を続けています。

2025年6月には初のシャンソンベストアルバム『シャンソンティックな歌たち〜「出逢い」が歌を運んだ〜』を、2026年5月には続く『シャンソンティックな歌たち Vol.2』を発売しました。

2026年6月には、TBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」にゲスト出演し、井上芳雄さんとのデュエット「小さな手」がリスナーから大きな反響を集めています。

71歳を超えた現在も全国でコンサートを行い、ブログやSNSでも前向きなメッセージを発信し続けるクミコさんを、ファンは温かく応援し続けています。

クミコ(歌手)の所属事務所

クミコさんは「プエルタ・デル・ソル」に所属しています。

こちらの事務所には、松本隆さんや美輪明宏さんも在籍しています。

公式サイトではコンサート情報やプロフィールが随時更新されており、全国各地でのライブ活動を中心とした情報発信が続いています。

クミコ(歌手)の年収

クミコさんの年収は公表されていません。

事務所・レーベル・公式サイトを含め、収入に関する公式な発表は一切なく、ネット上でも具体的な根拠のある情報は確認できていません。

ネット上では「年収○○万円程度ではないか」といった推測が見られることもありますが、いずれもシャンソン歌手の平均ギャラや地方公演の本数などをもとにした推定に過ぎず、実態を示すものではありません。

プロデビューから40年以上にわたり全国でコンサートを続け、日本コロムビアからコンスタントに新作をリリースしているクミコさんですが、71歳を超えた今もその活動は衰えを知りません。

収入の規模よりも、長年にわたって音楽と向き合い続けてきたそのキャリアの重みこそが、クミコさんの真価と言えるのかもしれません。

まとめ

クミコさんは1954年9月26日、茨城県水戸市生まれのシャンソン歌手です。

本名は斉藤久美子さん。早稲田大学教育学部を卒業後、紆余曲折を経て1982年に銀座「銀巴里」のオーディションに合格し、27歳でプロデビューを果たしました。

「わが麗しき恋物語」「十年」「INORI〜祈り〜」など数々の名曲を世に送り出し、2010年には第61回NHK紅白歌合戦への出場も果たしています。

2026年現在も71歳を超えて精力的に活動を続け、新アルバムのリリースやラジオ出演、全国コンサートをこなすそのパワーは、ファンから熱い支持を集め続けています。

これからもクミコさんが届ける歌声と、その前向きなメッセージに注目していきたいですね。ます。

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