記事内にPRが含まれています。

宮嶋みぎわのwikiプロフ!出身高校や大学・前職の企業は?事務所や年収も

miyajimamigiwa_career ミュージシャン
スポンサーリンク

編曲家、プロデューサー、ピアニストで、グラミー賞投票会員(レコーディング・アカデミー会員)という肩書を持つ宮嶋みぎわさんは、どこの学校に通っていたのでしょうか。

学生時代はどんな生活を送っていたのか、気になりますね。

今回は、宮嶋みぎわさんの経歴や出身学校などについて調べてみました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

宮嶋みぎわの学歴

宮嶋みぎわさんが通っていた学校について調べてみました。

宮嶋みぎわの出身小学校

出身小学校は公表されていません。

忘れ物が多い子供だったそうで、当時ベストセラーになった『窓ぎわのトットちゃん』に救われたと明かしています。

宮嶋みぎわの出身中学

出身中学校も公表されていません。

中学時代のエピソードもありませんでした。

宮嶋みぎわの出身高校

中学校卒業後は、茨木県立日立第一高等学校に進学しました。

偏差値は、64です。

15歳の時には作曲コンテスト全国大会で優勝しました。

しかし音楽大学ではなく普通の大学への進学を希望し、3年生の時に音楽から離れました。

宮嶋みぎわの出身大学

高校卒業後は、上智大学に進学しました。

宮嶋みぎわさんは文学部教育学科に在籍、偏差値は60〜65です。

音楽を辞めてから心と体のバランスが取れなくなってしまい、風邪を引きやすくなったり、疲れてすぐ寝込むようになったりと体調が優れない状況になってしまいました。

そんな姿を見て友人がジャズサークルに宮嶋みぎわさんを引っ張り、2年生からはジャズサークルに所属していました。

宮嶋みぎわの前職の大手企業はどこ?

大学卒業後、宮嶋みぎわさんはリクルート社に入社しました。

最初は「SUUMO」の部署で住宅広告を作る仕事をし、その後社内のシステム開発の仕事、「じゃらん」の編集者を経て最後は編集デスクを担当していました。

しかし30歳の時に「ここは天職じゃない」と感じ、音楽家に転身しています。

社会人時代も平日は会社員として働き、休日は音楽活動をしていたそうです。

宮嶋みぎわのwikiプロフィールや経歴

名前:宮嶋みぎわ
生年月日:1974年6月17日
出身地:茨城県
血液型:非公開
身長:非公開

30歳で音楽家に転身したした宮嶋みぎわさんは、転身からわずか5年でジャズ界のレジェンド「ヴァンガード・ジャズ・オーケストラ」副プロデューサーに大抜擢されました。

また同バンドとのノミネートを含め、プロデューサーとしてグラミー賞ノミネートに参加しています。

2020年にはNY市長室が選ぶ94組の優秀な女性芸術家のひとりに選ばれ、2021年にジョン・レノン作曲賞ジャズ部門で準優勝しました。

17人編成のジャズバンド「ミギー・オーグメンテッド・オーケストラ」では、米国NYのレーベルよりアルバム「Colorful」と音楽付き絵本「You Future Story」をリリースしました。

2023年には日本でアコースティックのボーカルグループ「KYMN(カイム)」を結成、国際女性音楽家団体IAWM役員、国際ジャズ作曲家団体のISJAC委員も務めています。

宮嶋みぎわの所属事務所

宮嶋みぎわさんは、「株式会社シックスセンス」に所属しています。

こちらの事務所には、TOSHIKOさんや青木沙織里さん、渡辺大智さん、 中塚武さん、石川周之介さんらがも在籍しています。

宮嶋みぎわの年収

宮嶋みぎわさんの年収は公表されていません。

音楽家としてマルチに活動し、メディア出演や講演会なども行っています。

そのため年収は数千万円以上になるのではないかと思われます。

宮嶋みぎわの自宅

宮嶋みぎわさんは、現在アメリカのニューヨークで生活しています。

2012年9月に文化庁新進芸術家海外研修制度という芸術家の留学制度に選出されたことでニューヨークに渡り、留学期間を終えてからも生活を続けています。

まとめ

音楽家の多くは音大出身者ですが、宮嶋みぎわさんは独学でプロの道を進みました。

日本だけではなく海外でも高く評価されているので、今後の活躍も期待していきたいと思います。

スポンサーリンク
ミュージシャン
スポンサーリンク

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました