漫才コンビ「今いくよ・くるよ」で1980年代の漫才ブームをけん引した今くるよさんは、何故生涯独身を貫いたのでしょうか。
相方の今いくよさんとはどこで出会い、コンビを結成したのでしょうか。
今回は、今くるよさんの経歴や結婚などについて調べてみました。
今くるよに夫や子供はいない
今くるよさんは、生涯独身でした。
未婚での出産経験もないため、子供もいません。
過去には「結婚しなかったことは後悔していないけど、今度生まれ変わったら、そういう生活もしてみたい」と話していました。
今くるよが結婚しない理由があった?
今くるよさんは、決して結婚に否定的だったわけではありません。
結婚の予定があったものの破談させたという過去を持っているそうです。
後輩には結婚を勧めていた今くるよさんが結婚をしなかった理由を調べてみました。
今くるよが結婚しない理由①女芸人は「結婚したら終わり」と言われていたから
今くるよさんが漫才師として活動を始めたのは、1970年でした。
まだ女性漫才師が珍しかった時代で、周囲からは「女は結婚してどうせ辞める」と言われていたそうです。
そして今くるよさんは師匠や先輩から「女芸人が結婚したら終わり」と冗談交じりに言われていたことから結婚よりも仕事、漫才師として生きていくことを決めました。
過去のインタビューでは「反発心もあった」と明かしています。
今くるよの本名
今くるよさんの本名は「酒井スエ子 (さかい スエこ)」さんです。
デビュー時は今いくよさんと「スエ子・正子」のコンビ名で活動していました。
今くるよの相方は今いくよ
喜多郁代のママが喜多久留代、関西人的に出てくるんは完全に今いくよくるよ師匠なんよ。 pic.twitter.com/aCO2doHFh4
— ミツ@堺ミーティング 5/25 (@MITZ_T666) June 19, 2023
今くるよさんの相方は、今いくよさんです。
二人は高校時代に出会い、共にソフトボール部に所属していました。
その後コンビを組んで活動していましたが、今いくよさんは2015年5月28日に胃がんのため亡くなり、9年後の2024年5月27日に今くるよさんが亡くなりました。
今くるよの若い頃
今くるよさんの若い頃の姿はこちらです。
今いくよくるよ師匠のありし日の可愛さもみなさまお心に留めておいてください pic.twitter.com/ETTkT87Ifg
— ヨースケ a.k.a 魂の伊助のひ孫 (@santamonica57) May 28, 2024
とても可愛らしいですね。
今くるよのプロフィールや経歴
だーいぶと前 若かりし頃
— marurinꕤ︎︎·͜·🫰 (@marurin_2023) May 29, 2024
道頓堀 戎橋 で 今いくよ、くるよ姉さんに出会った!
気さくに手を振ってもらったいい思い出♡
姉さん、どやさ💕︎💕︎ ありがとう pic.twitter.com/450YZ4UfKc
名前:今くるよ
生年月日:1947年6月17日
出身地:京都府
血液型:A型
身長:160cm
所属事務所:吉本興業
OLとして働いていた今くるよさんは仕事を辞めて、今いくよさんと共に1970年に島田洋之介さん・今喜多代さんに弟子入り、弟子入り3ヶ月目に師匠についていった巡業先で急病で出られなくなった女流のマジシャンの穴埋めで初舞台を踏みました。
その直後のうめだ花月の公演にも出演したもののスポットライトが当たることがなく下積み生活が続き、1980年にようやく『花王名人劇場』に出演するチャンスを得たものの、吉本興業から「これでウケなかったら最後」と通告されていたそうです。
リハーサルやネタ見せの段階では全く受けなかったものの、本番になって今くるよさんがお腹を叩いたところこれが受け、漫才はカットされずに全国放送され翌日よりテレビ、ラジオその他からの出演依頼が殺到しました。
ようやく本格女流漫才師として日の目を見ることとなった今くるよさんは、1984年に上方漫才大賞、1988年には花王名人大賞を受賞しました。
今いくよさんが亡くなってからも今くるよさんはピン芸人として活動、2023年には今いくよさんと共に第26回上方演芸の殿堂入りを果たしています。
今くるよの年収
今くるよさんの年収は公表されていません。
ピン芸人になってからも仕事は続けていたため、数百万円以上あったのではないかと思われます。
まとめ
今くるよさんは、私生活よりも仕事を取り、女性漫才師のレジェンドになりました。
これからも今くるよさんの漫才を大切に残していきたいですね。