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古坂大魔王は喧嘩が強い?コンビ解散や元相方・本名や性格なども調査

古坂大魔王は喧嘩が強い?コンビ解散や元相方・本名や性格なども調査 お笑い芸人
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お笑いタレントの古坂大魔王さんは喧嘩が強いと言われ、本当なのか気になりますね。

昔はコンビで活動していた古坂大魔王さんですが、解散の理由は何だったのでしょうか。

そこで今回は、古坂大魔王さんの喧嘩が強いという噂、コンビ解散の理由、本名や性格について調べていきたいと思います。

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古坂大魔王は喧嘩が強い?

古坂大魔王さんの喧嘩が強いという噂は事実のようです。

お笑いコンビ・ドランクドラゴンの鈴木拓さんは、長年ブラジリアン柔術を習っており、格闘技の実力は折り紙つき。

そんな鈴木拓さんが勝てないと思う芸能人を聞かれ、『古坂大魔王さんはめっちゃ強い。スパーリングしたときはすごく強かった。』と明かしていました。

古坂大魔王さんは長身の上、体格も良いです。

打撃力とキック力が相当強く、柔道は初段を持っており、寝技にも対応できるのだそう。

普通に殴り合いの喧嘩をしたら相手はただのケガでは済まないかもしれませんね。

古坂大魔王は格闘技好き

古坂大魔王さんは芸能界きっての格闘技好きと知られています。

幼少期からプロレス愛が強く、プロレスラーのアントニオ猪木さんに弟子入りを志願したというエピソードがある古坂大魔王さん。

高校時代は格闘技好きが高じて『総合格闘技同好会』を作ってしまったくらいです。

アメリカの人気総合格闘技大会『UFC236』の放送で、古坂大魔王さんはゲストとして出演。

その時に古坂大魔王さんは『寝技に注目している』ことを明かし、『足技を極めている人はすごい。関節技が決まると盛り上がる。』と話していました。

やはり柔道経験者として関節技に目がいくのかもしれません。

また、プロレスマスクを集めるのが趣味の古坂大魔王さんは、上京したての頃に初めて買ったプロレスマスクを生活のために売ってしまったことがあるそうです。

売値は3万5000円だったそうですが、この時の悔しさが芸人として成功してやるという原動力にもなったと明かしていました。

格闘技愛が強く、自身も強い古坂大魔王さんは筋金入りの格闘技マニアなことがわかりますね。

古坂大魔王の昔のコンビ名は底ぬけAIR-LINE

古坂大魔王さんは、かつてお笑いコンビ・底抜けAIR-LINEとして活動していました。

底抜けAIR-LINEは、1992年に日本映画学校の同級生だった古坂大魔王さん、小島忍さん、村島亮さんで結成され、初期はトリオだったのです。

プロのお笑い芸人として活動するため日本映画学校を中退し、人気お笑い番組『ボキャブラ天国』などに出演していました。

1997年頃に村島亮さんが脱退することとなり、コンビとなっています。

底ぬけAIR-LINEが解散した理由

お笑いコンビ・底抜けAIR-LINEは、2003年9月でお笑いの活動を休止しました。

その後は古坂大魔王さんと小島忍さんでテクノユニット『NO BOTTOM!』を結成し、音楽活動に重点を置いて活動していくことに。

古坂大魔王さんが音楽のリミックスなどを手がけ、小島忍さんは主に映像を担当していました。

そうしていくうちにお笑い芸人としてテレビ番組に出演することより、音楽や映像という裏方的な活動となってしまったことが解散した理由だと言われています。

また、底抜けAIR-LINEがボキャブラ天国に出演していた頃は、『爆笑問題』『ネプチューン』『海砂利水魚』など実力者揃いだったことも解散理由のひとつかもしれません。

上には上がいるというのはどの世界で生きていても感じることはありますが、『お笑い』という世界ではなお一層厳しく感じてしまうのではないでしょうか。

とはいえ、お笑いコンビ・底抜けAIR-LINEも十分人気コンビだったので、実力者だったのは間違いありません。

古坂大魔王の元相方は小島忍

古坂大魔王さんの元相方は小島忍さんです。

小島忍さんは古坂大魔王さんと同い年でトリオ時代はボケ、コンビ時代はツッコミを担当していました。

『底抜けAIR-LINE』解散後は、映像業界にて力を発揮していくことになります。

CGやソフトウェアの制作をしている『株式会社アニマ』でプロデューサーとして様々な商品の開発に参加。

2007年発売のPlayStation2版『のだめカンタービレ』にも関わっていたそうです。

『底抜けAIR-LINE』やテクノユニット『NO BOTTOM!』での経験があったからこそ、現在の小島忍さんがいるのではないでしょうか。

古坂大魔王のプロフィールや経歴

名前:古坂大魔王
生年月日:1973年7月17日 51歳
血液型:A型
身長:186cm
出身地:青森県

古坂大魔王さんはお笑いコンビ・底抜けAIR-LINEやテクノユニット・NO BOTTOM!での活動を経て、2008年以降はピン芸人に。

コンビ時代は人気番組『ボキャブラ天国』に出演していたものの、ブレイクするには至らず。

しかし、お笑いコンビ・くりぃむしちゅーの上田晋也さんや爆笑問題の田中裕二さんは、古坂大魔王さんのお笑い芸人としての実力を高く評価していました。

ピン芸人となって初の単独ライブ『いいえ!昔っからメンドクサイ男です!』を2010年に開催し、翌年にも単独ライブを行いピコ太郎を初披露しています。

2011年は故郷・青森の青森市観光大使に就任するなど、お笑い以外での活躍の場を広げました。

そして古坂大魔王さんにとって最大のターニングポイントとなったピコ太郎の『PPAP』の動画を投稿。

世界的歌手のジャスティン・ビーバーさんも『PPAP』のファンであることを発言し、瞬く間に世界中で人気となりました。

その後は勢いそのままに日本武道館でのライブ、アメリカのグラミー賞で公式リポーターを務めるなど大活躍。

コロナ禍の2020年には、手洗い動画『PPAP 2020』をアップして話題となっています。

古坂大魔王さんはテレビやラジオ出演、Youtubeチャンネルなど幅広く活躍中です。

古坂大魔王の本名

古坂大魔王さんの本名は『古坂和仁(かずひと)』さんといいます。

基本的にお笑い芸人として活動する際は『古坂大魔王』となり、他にも『ピコ太郎』というキャラもあるので古坂大魔王さんは忙しいですよね。

ちなみにピコ太郎はアニメ『ドラゴンボール』のピッコロ大魔王が由来ではと言われています。

大魔王も入っていますし、信ぴょう性がありそうだなと思いました。

古坂大魔王の性格

古坂大魔王さんは自身の性格について、ひねくれ者であまのじゃくだと語っています。

そもそも母親から『公務員になれ』と言われ、反発心からお笑い芸人を目指したという部分もあったそうです。

方言が強い青森出身でお笑い芸人になることは難しいと言われる中、本当にお笑い芸人になってしまう『強さ』も性格のひとつではないでしょうか。

ブレイクまで時間がかかった古坂大魔王さんですし、忍耐力もあるのかもしれませんね。

古坂大魔王の所属事務所はエイベックス

古坂大魔王さんは芸能事務所『エイベックス』に所属しています。

おもにアーティストが所属しているイメージが強いエイベックスですが、俳優やタレント、クリエイターなど所属者の肩書は様々。

古坂大魔王さんもお笑いタレント、歌手、プロデューサーと多くの肩書を持っています。

まとめ

古坂大魔王さんは喧嘩が強いのは事実で柔道経験者というのも強さの秘密のようです。

ピコ太郎としてブレイクするまで様々な道を通って来たこともわかりました。

これからも強靭な肉体と精神を武器に古坂大魔王さんらしく活躍して欲しいですね。

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