吉田羊さんは、生まれた年を明らかにしていない俳優です。
「何歳なの?」「なぜ年齢を非公開にしているの?」と気になっている人も多いのではないでしょうか。
年齢を明かさない理由は、本人がテレビ番組で語っています。
大学在学中に劇団の募集広告に応募してから、映像作品に本格的に出始めるまでには約10年の下積みがありました。
2026年はNHKドラマ10『会社員』で主演を務め、改めて注目が集まっています。
この記事では、吉田羊さんの年齢非公開の理由や若い頃の経歴、出身大学などの学歴、所属事務所や年収のうわさまで紹介します。
吉田羊の年齢は何歳?年齢非公開の理由と本人の言葉
吉田羊さんは、生まれた年を明らかにしていません。
講談社の著者紹介や近年のインタビューに載るプロフィールも「2月3日生まれ」までで、生年は書かれていません。
ネット上では1974年生まれとする情報が広く出回っていますが、本人がこの生年を正式に発表したことはありません。
「見た目で使ってほしい」と語った年齢非公開の理由
年齢を明かさない理由について、吉田羊さんは2018年5月2日放送の『梅沢富美男のズバッと聞きます!』で語っています。
実年齢にとらわれず、「見た目で使ってほしい」という思いからだそうです。
俳優の仕事では、役の年齢設定がキャスティングに大きく関わります。
年齢の数字が先に知られると、演技や見た目より数字で役が決まってしまうことがあります。
吉田羊さんは、それを避けたいと考えているわけです。
実際に、母親役から大企業の幹部役まで、幅広い年代の役を演じてきました。
2016年には日本ジュエリーベストドレッサー賞の40代部門を受賞しましたが、このときも年齢を明かさない方針は変えなかったとされています。
1974年生まれ説と安住紳一郎との「同じ学年」発言
一方で、吉田羊さん本人が年齢の手がかりを口にしたこともあります。
2024年2月15日放送のTBS『THE TIME,』で、安住紳一郎アナウンサーと共演したときのことです。
吉田羊さんが「同世代なので」と話すと、安住アナから事務所の方針を気にするツッコミが入りました。
それでも吉田羊さんは「ほぼほぼ同じ学年」と答え、「もう、引っ込みがつかなくなりました」と笑っていました。
安住アナは1973年8月生まれです。
ネット上の説どおり1974年2月生まれなら早生まれになるため、安住アナとちょうど同じ学年になります。

それ、ほぼ答えでは!?

それでも生年は明かしていません。
同じ年の4月28日放送の『日曜日の初耳学』では、年齢の話題に「調べたらすぐ分かりますから」と応じていました。
年齢の話題そのものを避けているわけではなく、笑いに変えて受け止めている様子がうかがえます。
SNSでも、年齢を明かさないことを否定的に見る声はほとんどありません。
むしろ、年齢を重ねるほど凛とした魅力が増しているという投稿が目立ちます。
吉田羊の若い頃|劇団の募集広告から連ドラデビューまで
吉田羊さんが映像作品に本格的に出始めたのは、2007年のことです。
それまでの約10年間は、小劇場の舞台を中心に活動していました。
大学3年で『ぴあ』の募集に応募し、1997年に小劇場デビュー
女優を目指すきっかけは、大学3年生のときに訪れました。
周りが就職活動を始めるなか、毎日満員電車で通勤する会社員には向いていないと感じたそうです。
そこで目に留まったのが、情報誌『ぴあ』に載っていた「3か月後の公演に出演する女優募集」という三行広告でした。
応募して立ったのは、下北沢の小劇場です。
2024年の『日曜日の初耳学』では、初舞台の演技には納得がいかなかったと振り返っています。
それでも、カーテンコールで照明を浴びたときの気持ちよさは、今も忘れられないそうです。
俳優としてのデビューは1997年で、デビュー作は舞台『サトウ ヨウコ R』とされています。
2001年に東京スウィカを旗揚げし看板女優に
2001年、吉田羊さんはワークショップで出会った比佐廉さん、石津陽子さんと演劇プロデュース集団「東京スウィカ」を旗揚げしました。
比佐廉さんが作・演出、石津陽子さんが制作、吉田羊さんが俳優という役割分担です。
比佐廉さんは「羊ちゃんが主演女優をやってくれるなら、私は脚本と演出をやりたい」と語っていました。
吉田羊さんの存在が、劇団を立ち上げる理由そのものだったことが分かります。
看板女優として舞台に立つ一方、生活のために引越業者や葬儀屋、コンパニオンなどのアルバイトも経験したと紹介されています。
当時を知る人からは、若い頃から落ち着いた雰囲気をまとっていたという声も聞かれます。
本名「吉田羊右子」から芸名「吉田羊」へ
吉田羊さんの本名は、吉田羊右子(よしだ ようこ)さんです。
本名から「右子」を外して、芸名を「吉田羊」にしました。
きっかけは、先輩から「吉田羊」は文字が左右対称で運気が上がると言われたことでした。
本人は、この芸名にしてからさまざまな仕事に恵まれ、「人生が拓けてきたのかなと感じます」と語っています。
吉田羊って本名右子端折っただけなんか pic.twitter.com/VkpA5WzQ74
— 何かしらの師匠ノフ (@ff_hibagon) December 6, 2015
ちなみに「羊右子」という名前については、牧師のお父さんが聖書の「羊を右に分ける」という記述から名付けたという説もあります。
ただし、本人がこの由来を語ったことはなく、ネット上で言われている説のひとつです。
2007年に劇団を卒業し『愛の迷宮』で連ドラデビュー
2007年、吉田羊さんは東京スウィカを卒業し、映像の仕事を本格的に始めました。
同じ年に昼ドラ『愛の迷宮』で沢木祐子を演じ、これが連続ドラマのデビュー作とされています。
ただ、映像作品への出演はこれが初めてではありません。
1999年のドラマ『恋愛詐欺師』第1話に、本名の「吉田羊右子」名義で出演した記録が残っています。

昼ドラからのスタートなんだ!

舞台中心の下積みが約10年です。
そーいや、この前吉田羊さんが出たバナナマンのバラエティ番組で、案の定ドラマデビュー作の昼ドラ「愛の迷宮」が紹介されてて嬉しかったー!録画して正解。昼ドラからの月9レギュラーなんて本当すごいよな〜 pic.twitter.com/xNE6cgETus
— ちゅんちゅん (@k_chunmasa) August 31, 2014
舞台で鍛えた声の通り方や所作は、映像作品に移ってからも強みになりました。
SNSでも、舞台出身ならではの声が好きだという声が今も見られます。
吉田羊の学歴|出身小学校・中学・高校・大学
吉田羊さんは福岡県久留米市の出身で、高校までを地元で過ごしました。
学校ごとのエピソードをたどると、小さい頃から人前で演じることが好きだったことが分かります。
吉田羊の出身小学校
吉田羊さんの出身小学校は、久留米市立西国分小学校とされています。
子どもの頃から歌や芝居のまねごとが好きで、人前で披露することも多かったそうです。
家庭では家族で賛美歌を歌う習慣があり、自然と表現力が磨かれていったのかもしれません。
一方で、小学生の頃は卵アレルギーがあり、ゆで卵を食べて顔に蕁麻疹が出たこともあったと、著書『ヒツジメシ』で明かしています。
吉田羊の出身中学
中学校は、久留米市立諏訪中学校に進学したとされています。
中学1年生の頃には、友達とトイレで即興芝居をしていたと本人が語っています。
演目は「1人の男の子を取り合う2人の女の子」で、身近な場所で日常的に演じることを楽しんでいたようです。
吉田羊の出身高校
高校は、久留米信愛女学院高等学校(現・久留米信愛高等学校)です。
カトリック系の学校で、偏差値は51前後とされています。
学校の公式サイトには、卒業生として吉田羊さん本人のメッセージが掲載されています。
そこで女優を選んだ原体験として挙げているのが、高校3年生で任された体育祭の応援団長です。
仲間と力を合わせ、演舞や衣装をゼロから作り上げたことで、ものづくりの面白さを知りました。
さらに後輩から慕われたことで、人に評価される嬉しさも味わったそうです。
2024年の『日曜日の初耳学』でも、高校時代にファンが続出したという伝説が紹介されました。

高校でファンが続出って!

応援団長が女優の原点です。
お父さんは牧師で、吉田羊さんはキリスト教が身近にある家庭で育ちました。
実家や家族構成については、吉田羊の実家は久留米?生い立ちや父親と母親・兄弟など家族構成もで詳しく紹介しています。
吉田羊の出身大学
吉田羊さんの出身大学は、東京都町田市にある桜美林大学とされています。
根拠のひとつが、2010年1月30日の本人ブログです。
お笑いコンビ「どきどきキャンプ」の佐藤満春さんを「大学の後輩」と紹介していました。
佐藤満春さんは桜美林大学の出身で、2001年の西日本新聞にも吉田羊さんを「桜美林大学卒」とする記事が載ったと紹介されています。
学部や入学・卒業の年は、本人の口から語られていません。
高校卒業後は喫茶店でアルバイトをしてから大学に進んだとされ、大学3年生のときに劇団の募集広告に応募して舞台の道に進みました。
小学校から中学で演じる楽しさを知り、高校で人前に立つ喜びを味わい、大学で女優の道に踏み出したことになります。
吉田羊のブレイクのきっかけ|『瞳』から『HERO』まで
吉田羊さんがブレイクしたのは、2014年の『HERO』第2シリーズです。
ただ、その流れは6年前の2008年に始まっていました。
2008年『瞳』で中井貴一の目に留まり三谷幸喜作品へ
最初の転機は、2008年のNHK連続テレビ小説『瞳』です。
吉田羊さんは看護師役で出演しました。
その演技が、俳優の中井貴一さんの目に留まります。
当時主演していたドラマ『風のガーデン』に、吉田羊さんの役を作ってほしいとプロデューサーに頼んだとも言われています。
さらに中井貴一さんは、脚本家の三谷幸喜さんにも吉田羊さんを紹介しました。
2008年に三谷幸喜さん作・演出の舞台『グッドナイト スリイプタイト』に出演し、翌2009年には東京サンシャインボーイズの復活公演『returns』に抜擢されます。
その後も舞台『国民の映画』(2011年・2014年)に出演し、三谷作品の常連となっていきました。
映像でも、2009年に映画『20世紀少年〈第2章〉最後の希望』、2011年にNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』と出演が続きます。
『純と愛』から『HERO』馬場礼子でブレイク(2012〜2014年)
2012年からは、NHK連続テレビ小説『純と愛』に桐野富士子役で出演しました。
朝ドラへの2度目の出演で、視聴者にも顔と名前が知られるようになります。
そして2014年7月期、木村拓哉さん主演の月9ドラマ『HERO』第2シリーズで、検事の馬場礼子に抜擢されました。
この役で一気に注目を集め、昼ドラでの連ドラデビューから7年で月9のレギュラーをつかんだことになります。
同じ年にはバラエティ番組『オモクリ監督』で初のレギュラー出演を果たし、映画『魔女の宅急便』にも出演しました。
翌2015年、『HERO』の演技で東京ドラマアウォード2015の助演女優賞を受賞します。
吉田羊さんは、これが自分の女優人生で初めての女優賞だと喜びを語りました。
『瞳』で業界内に知られ、『純と愛』で視聴者に知られ、『HERO』で全国区になったという3段階の歩みです。
吉田羊の主な出演作と受賞歴(2015〜2026年)
『HERO』でブレイクして以降、吉田羊さんはドラマ・映画・舞台のすべてで出演作を重ねてきました。
ここからは、年ごとの代表作と役名、受賞歴を紹介します。
2015〜2016年:『ビリギャル』『真田丸』と助演女優賞の連続受賞
2015年は映画の出演が一気に増えた年です。
『映画 ビリギャル』では、主人公を信じて支え続けるお母さん、工藤あかりを演じました。
ほかにも『脳内ポイズンベリー』『愛を積むひと』、映画版『HERO』に出演しています。
ドラマでは『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『ドS刑事』『恋仲』『コウノドリ』と、連続して話題作に出演しました。
この年の映画出演が評価され、第40回報知映画賞の助演女優賞を受賞します。
翌2016年には、第39回日本アカデミー賞で『映画 ビリギャル』により優秀助演女優賞、第58回ブルーリボン賞で助演女優賞を受けました。
同じ年にエランドール賞新人賞と橋田賞新人賞も受賞しており、受賞が続いた時期です。
2016年のNHK大河ドラマ『真田丸』では、本多忠勝の娘で真田信之に嫁ぐ稲(小松姫)を演じました。
WOWOWの『コールドケース~真実の扉~』で連続ドラマに初主演し、映画『嫌な女』でも主演を務めています。
舞台では三谷幸喜さん作・演出の『エノケソ一代記』に出演し、第24回読売演劇大賞の優秀女優賞を受賞しました。
2017〜2020年:『コールドケース』シリーズ主演と『中学聖日記』
2017年は『コウノドリ』第2シリーズで、前作に続き小松留美子を演じました。
2018年には、映画『ラブ×ドック』『ハナレイ・ベイ』で主演を務めます。
ドラマ『中学聖日記』では、教師と生徒の恋に揺れる中学生の母親、原口律を演じました。
この役で、第99回ザテレビジョンドラマアカデミー賞の助演女優賞を受賞しています。
2018年の『コールドケース2』、2020年の『コールドケース3』と、主演シリーズも続きました。
2019年は『凪のお暇』の白石みすず、『まだ結婚できない男』の吉山まどかを演じ、映画『記憶にございません!』にも出演しています。
2020年は『2020年 五月の恋』で主演を務め、『恋する母たち』では林優子を演じました。
2021〜2024年:『ジュリアス・シーザー』から『光る君へ』まで
2021年は舞台『ジュリアス・シーザー』で主演し、男性の役であるブルータスを演じました。
この演技で、第56回紀伊國屋演劇賞の個人賞を受賞しています。
同じ年には、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』でも主演を務めました。
2022年はドラマ『妻、小学生になる。』の白石千嘉、配信ドラマ『仮面ライダーBLACK SUN』の大神官ビシュムを演じました。
映画『沈黙のパレード』『マイ・ブロークン・マリコ』に出演し、舞台『ザ・ウェルキン』では主演を務めています。
2023年は『ラストマン-全盲の捜査官-』で佐久良円花を演じ、映画『Winny』『映画 イチケイのカラス』にも出演しました。
2024年はNHK大河ドラマ『光る君へ』で、一条天皇の母、藤原詮子を演じます。
同じ年に『不適切にもほどがある!』の向坂サカエ、『侵入者たちの晩餐』の江藤香奈恵を演じ、舞台『ハムレットQ1』ではハムレット役で主演しました。
2025〜2026年:『会社員』主演と『リチャード三世』
2025年は、映画『遠い山なみの光』で1980年代の悦子を演じました。
舞台では、東京サンシャインボーイズの復活公演『蒙古が襲来』に劇団の「研究生」として参加しています。
年末には『映画ラストマン -FIRST LOVE-』とスペシャルドラマ『ラストマン-全盲の捜査官- FAKE/TRUTH』で、再び佐久良円花を演じました。
2026年は1月のスペシャルドラマ『新年早々 不適切にもほどがある!』で幕を開けます。
5月から6月には舞台『リチャード三世』で主演し、タイトルロールのリチャード三世を演じました。
森新太郎さん演出・吉田羊さん主演のシェイクスピア作品は、『ジュリアス・シーザー』『ハムレットQ1』に続く3作目です。
この舞台で、第34回読売演劇大賞の中間選考会で女優賞のベスト5に選ばれました。
9月以降は映画の公開が続き、『白鳥とコウモリ』で殺害された弁護士の妻・白石綾子、『さとこはいつも』でミステリアスな国語教師・寺尾千穂を演じています。
10月13日からは、NHKドラマ10『会社員』で主演を務めています。
演じるのは、大手企業のコーポレートデザイン本部長、宮木英理子です。
取締役への昇進を目前にした、勝ち気で完璧主義の50歳という設定です。
50歳は役の年齢で、吉田羊さん本人の年齢とは関係ありません。
『会社員』の出演者や人物の関係は、会社員のキャスト・相関図の記事で紹介しています。
10月16日公開の映画『わたしの知らない子どもたち』では、戦争孤児を迎え入れる施設の館長、鷹間乃生を演じました。
10月22日に配信が始まったNetflixシリーズ『俺のこと、なんか言ってた?』では、役所広司さん演じる高瀬川玄の元妻で、芸能事務所の社長、野々村ヨウコを演じています。

この秋だけで新作4本!

11月にはもう1本公開されます。
11月20日には、映画『日曜のあと』の公開も控えています。
吉田羊の年収は?CM起用社数1位になった2016年と下積み時代の借金
吉田羊さんの年収は、本人も事務所も明らかにしていません。
ただ、どれだけCMに起用されてきたかは、調査会社のデータで分かります。
2016年にCM起用社数で男女総合1位に
ニホンモニターが毎年発表しているタレントCM起用社数ランキングに、吉田羊さんが初めて登場したのは2015年です。
『HERO』でブレイクした翌年に、いきなり9社に起用されました。
2016年には13社に伸ばし、男女を合わせた単独トップに立っています。
ニホンモニターは総評で、キャリアウーマンから飲食店の店主、友達のような親子まで演じ分けられる役柄の幅が、起用社数の伸びにつながったと分析しました。
同じ時期の報道でも、生活用品から食品、車まで幅広い商品に起用できる点が強みとされ、上戸彩さんに代わるCM女王が確実視されていました。
大塚製薬のポカリスエットのCMでは、鈴木梨央さんと親子役で共演し、歌声も披露しています。
ネットで言われる年収は1億2000万円?
ネット上では、吉田羊さんの年収を1億2000万円とする数字が出回っています。
海外の芸能メディアが女優の年収ランキングとして紹介したもので、新垣結衣さんや石原さとみさんを上回ったとされていました。
ただし、この数字の元になった日本の資料は分かっていません。
ほかにも、CM出演の多さから「数千万円から1億円近く」という幅で語られることがあります。
いずれもCM女王と呼ばれた時期を中心にした推測で、正確な金額ではありません。
その後もドラマ・映画・舞台で主演が続いていることを考えると、第一線の俳優として安定した収入を得ているとみられます。
『HERO』の直前まで事務所に借金をしていた時代
今では高収入とみられる吉田羊さんですが、ブレイク前は苦しい時期が続きました。
2007年に劇団を卒業すると、大手芸能事務所を辞めたマネージャーと2人で事務所を立ち上げます。
この事務所には、女優業に専念するためアルバイトを禁止するという方針がありました。
そのため吉田羊さんは、『HERO』に出演する直前まで事務所に借金をして生活していたと紹介されています。
借金をしながら映像の仕事を続けた7年間を経て、2年後にはCM起用社数で日本一になったことになります。

借金からCM女王に!

13社は男女総合で1位です。
吉田羊のプロフィール|身長・出身地・所属事務所
吉田羊さんの基本的なプロフィールは、次のとおりです。
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名前:吉田羊(よしだ よう)
本名:吉田羊右子(よしだ ようこ)
生年月日:2月3日(生年は非公開、1974年生まれ説あり)
出身地:福岡県久留米市
血液型:O型
身長:163cm
デビュー:1997年(舞台)
趣味:食べ歩き、スキューバダイビング、着物
特技:ピアノ、博多弁、動物の鳴き真似
所属事務所:2018年までORANKU
身長は163cmで、舞台では男性の役も演じてきました。
趣味の食べ歩きは仕事にもなっていて、2015年からグルメ雑誌『おとなの週末』で「ヒツジメシ」を連載しています。
2022年には連載をまとめた初の単行本『ヒツジメシ』を出版しました。
着物も好きで、2024年の『日曜日の初耳学』には趣味の着物姿で登場しています。
所属事務所ORANKUからの退所と現在
吉田羊さんは劇団時代、事務所に所属せずに活動していました。
30代になるまでフリーで舞台に立ち続けたことから、「最後のフリー女優」と呼ばれたこともあります。
2007年からは、マネージャーと2人で立ち上げた事務所ORANKU(おらんく)に所属しました。
『HERO』でのブレイクも、CM女王と呼ばれた時期も、ORANKUの看板女優としての活躍です。
しかし2018年12月31日、ORANKUとの所属契約が終了しました。
吉田羊さんは自身のInstagramで、マネージャーとお互い誠実に向かい合い、今後のことをよく話し合った結果だと説明しています。
仕事のパートナーではなくなっても、友人としての関係は続けるとつづっていました。
一方、退所前の2018年には女性週刊誌が、社長との対立や独立の準備を関係者の話として報じています。
ただ、これは週刊誌の報道で、本人の説明は円満な話し合いによるものでした。
同じ頃には「海外留学のために活動を休止する」という説も流れましたが、吉田羊さんは「来年も日本でがんばります」と発信し、これを否定しています。
退所後の所属先について、事務所の名前を明らかにした発表は見当たりません。
それでも、ドラマ・映画・舞台での主演が途切れることなく続いています。
自宅とプライベートの過ごし方
吉田羊さんは自宅の場所を明らかにしていませんが、仕事の拠点が東京のため都内に住んでいるとみられます。
自宅の様子がうかがえるのが、2014年8月のブログです。
冷蔵庫のドアが勝手に開いてしまうため、いたずら防止のロックを付けたとつづっていました。
「独身の我が家」にこれを買う日が来るとは、とお笑いトリオ「我が家」のネタも交えて報告しています。
2024年の『日曜日の初耳学』では、俳優の松岡茉優さんと家を行き来し合う仲だと紹介されました。
雑誌のインタビューでは、自宅が一番リラックスできる場所で、ソファに横になって手の届く範囲に本や音楽を置いて過ごすのが好きだと語ったとされています。
ネット上では、自宅でキャンドルや間接照明を楽しんでいるとも言われています。
2025年1月発売の『暮らしのおへそ Vol.39』の巻頭インタビューでは、このペースでは体がもたないと気づき、ちゃんと休むことにしたと明かしました。
仕事の量が増えるなかで、休み方を意識して変えたことが分かります。
まとめ
吉田羊さんは、生まれた年を明らかにしていません。
理由は、実年齢にとらわれず「見た目で使ってほしい」という思いからです。
ネット上では1974年生まれ説が広まっており、本人も安住紳一郎アナと「ほぼほぼ同じ学年」だと笑って話しています。
若い頃は、大学3年生で『ぴあ』の募集広告に応募して1997年に舞台デビューしました。
2001年に旗揚げした東京スウィカで看板女優を務め、2007年の『愛の迷宮』から映像の仕事を本格的に始めています。
学歴は、地元の久留米信愛女学院高校で応援団長を務めた経験が、女優を選ぶ原点になりました。
大学は桜美林大学とされています。
2008年の『瞳』で中井貴一さんの目に留まり、2014年の『HERO』でブレイクしてからは、2016年にCM起用社数で男女総合1位にもなりました。
2026年もNHKドラマ10『会社員』での主演や、舞台『リチャード三世』での高い評価と、第一線での活躍が続いています。
吉田羊さんは、迷ったら困難な方を選ぶという言葉を大切にしていると、雑誌のインタビューで語っています。
年齢にとらわれず挑戦を続ける吉田羊さんが、これからどんな役を見せてくれるのか楽しみですね。
んな作品に登場し、どのように新しい魅力を見せてくれるのか、引き続き楽しみにしていたいですね。
