サッカー日本代表の主将を務めた板倉滉さんですが、出身高校はどこなのでしょうか。
大学には進学しているのかも気になるところです。
さらに現在は、移籍の話題でも注目を集めています。
今回は、板倉滉さんの出身高校や大学、経歴や年俸について調査しました。
板倉滉の出身高校は?
板倉滉さんの出身高校は、神奈川県立川崎北高校だとされています。
1974年に開校した県立の共学校です。
部活動が盛んな学校として知られていますが、サッカーの全国的な強豪校ではありません。
日本代表の主将を務めた選手の出身校としては、少し意外に感じるかもしれませんね。
公立高校とクラブユースの両立
板倉滉さんは、高校のサッカー部には所属していません。
中学時代から在籍していた川崎フロンターレの下部組織で、そのままプレーを続けています。
高校進学と同時に、川崎フロンターレU-18へ昇格しました。
青森山田高校や市立船橋高校のような強豪校でプレーする道もある中で、板倉滉さんが選んだのはクラブユースでした。
平日は学校に通い、放課後はクラブの練習へ向かうという生活を3年間続けたことになります。
公立高校に通いながらプロを目指すという点で、やや珍しいキャリアの持ち主です。
高校1年生の時点でU-18の試合に出場しており、早くから期待を集めていたことがわかります。
高校時代に乗り越えた壁
順調に見えるキャリアですが、高校時代には苦しんだ時期もありました。
中学3年生のころ、板倉滉さんの身長は一気に180センチを超えます。
急激に体が大きくなったことで身体のバランスが崩れ、思うように動けなくなったそうです。
成長期の選手によく起こる現象で、クラムジーと呼ばれています。
本人も当時を振り返り、練習に気が乗らない時期があったと語っていました。
U-18へ上がれるかどうかもわからないと感じていたそうです。
それでもサッカーを辞めなくてよかった、という言葉も残しています。
高校2年生の時には、Jユースカップの準決勝で自身のミスが敗因になったこともありました。
サッカー人生で一番悔しかった試合だったと語っています。
その後はU-18でキャプテンを任されるまでになりました。
高校3年生の春にはトップチームの宮崎キャンプに参加し、同年6月からはトップチームの練習にも加わっています。
壁にぶつかりながら実力をつけていった3年間だったんですね。
板倉滉の出身中学や小学校は?
板倉滉さんの出身小学校は、横浜市青葉区にある荏子田小学校だとされています。
中学校は同じく青葉区のすすき野中学校で、どちらも地元の公立校です。
幼少期は一時期、兵庫県西宮市で過ごしていたと伝えられています。
その後、小学校に上がるタイミングで横浜市へ戻りました。
サッカーを始めたきっかけ
板倉滉さんが最初に打ち込んだ競技は、サッカーではありませんでした。
お父さんの影響で、幼いころは野球に熱中していたそうです。
転機が訪れたのは、小学1年生のときでした。
学校のサッカー大会で賞状をもらったことをきっかけに、サッカーを始めることになります。
ちょっとした成功体験が、その後の人生を大きく変えたことになりますね。
小学4年でセレクションに合格
小学生時代の板倉滉さんは、地元のさぎぬまSCに所属していました。
このクラブは、日本代表選手を何人も輩出していることで知られています。
権田修一さん、三笘薫さん、田中碧さんも、同じクラブの出身です。
そして小学4年生のとき、川崎フロンターレU-12のセレクションを受けて合格しました。
Jリーグクラブのアカデミーは、狭き門として知られています。
小学4年生でその関門を突破したことになりますね。
中学に進学すると、そのまま川崎フロンターレU-15へ昇格しています。
学校の部活動ではなく、クラブチームでサッカーに打ち込んだ中学時代でした。
小学4年生から高校卒業まで、9年間を同じクラブで過ごしています。
川崎フロンターレ一筋で育った、生え抜きの選手です。
板倉滉は大学に進学しているの?
板倉滉さんは、大学には進学していません。
川崎北高校を卒業すると同時に、川崎フロンターレのトップチームへ昇格しています。
2015年、18歳でプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせました。
同じタイミングでトップ昇格を果たしたのが、三好康児さんです。
2人は同期としてプロの世界へ足を踏み入れました。
近年は大学サッカーを経てプロ入りする選手も増えています。
その中で板倉滉さんは、下部組織からそのままトップチームへ上がるという道を歩みました。
クラブのアカデミーで育った選手にとっては、最も理想的なコースだといえます。
高校3年生の時点でトップチームの練習に参加していたことを考えると、自然な流れだったのでしょう。
ここで、板倉滉さんの基本情報をまとめておきます。
- 名前:板倉滉(いたくら こう)
- 生年月日:1997年1月27日
- 出身地:神奈川県横浜市青葉区
- 身長:188センチ
- 利き足:右足
- ポジション:DF(センターバック)
- 出身校:神奈川県立川崎北高校
- ユース:川崎フロンターレU-12/U-15/U-18
- プロ入り:2015年 川崎フロンターレ
- 所属クラブ:アヤックス・アムステルダム
- 日本代表:2026年ワールドカップで主将
センターバックが本職ですが、守備的ミッドフィルダーとしてプレーすることもあります。
188センチという体格を生かした空中戦の強さが持ち味です。
なお板倉滉さんは、2026年7月に女優の川口春奈さんとの熱愛と結婚が報じられました。
交際の経緯や好きなタイプについては、別の記事で詳しくお伝えしています。
板倉滉の熱愛彼女は川口春奈|好きなタイプや歴代彼女についても調査
板倉滉の経歴
板倉滉さんは、日本とヨーロッパで着実にステップを重ねてきた選手です。
華々しいデビューを飾ったタイプではありません。
出場機会をつかみ取りながら評価を上げてきた歩みを、順に見ていきます。
川崎フロンターレでのプロデビュー
2015年にトップチームへ昇格した板倉滉さんですが、すぐに出番が回ってきたわけではありませんでした。
1年目は実力差を痛感する日々が続いたといいます。
J1リーグでのデビューを飾ったのは、2016年8月6日のヴァンフォーレ甲府戦でした。
後半から途中出場するかたちで、ようやくピッチに立っています。
プロ初得点は、翌2017年3月1日のAFCチャンピオンズリーグでした。
同じ年にはU-20ワールドカップの日本代表にも選ばれています。
ただし川崎フロンターレはタイトルを争う強豪クラブで、センターバックの層も厚い状況でした。
けがにも悩まされ、レギュラーの座をつかみきれない時期が続きます。
ベガルタ仙台での飛躍
転機となったのは、プロ4年目の2018年でした。
ベガルタ仙台へ期限付き移籍すると、ここで一気に才能が開花します。
この年は自己最多となる24試合に出場し、主力として計算される存在になりました。
試合に出続けることで、経験値が一気に積み上がったかたちですね。
この1年の実績が、その後のキャリアを大きく動かすことになります。
ヨーロッパでの挑戦
2019年、板倉滉さんはイングランドの強豪マンチェスター・シティへ移籍しました。
ただしすぐにイングランドでプレーしたわけではなく、オランダのフローニンゲンへ期限付きで加入しています。
ここで結果を残したことが、その後の道を開きました。
2021年には、クラブの年間最優秀選手に選ばれています。
続いてドイツのシャルケ04へ期限付き移籍し、ブンデスリーガの舞台へ進みました。
そして2022年7月、ボルシア・メンヒェングラートバッハへ完全移籍します。
ドイツでは主力として3シーズンにわたってプレーを続けました。
2025年8月には、オランダの名門アヤックス・アムステルダムへ完全移籍しています。
この移籍で、板倉滉さんはアヤックス初の日本人選手となりました。
獲得にはPSVアイントホーフェンやフェイエノールトも関心を示していたと報じられています。
ヨーロッパの複数のリーグで主力を張り続けてきたことが、評価の高さを物語っていますね。
出典:サカノワ
板倉滉の日本代表での歩み
板倉滉さんは、年代別の代表から着実に段階を上がってきた選手です。
そして2026年、ついに日本代表の主将という立場にたどり着きました。
年代別代表からA代表へ
最初に大きな舞台を経験したのは、2017年のU-20ワールドカップでした。
プロ3年目という時期に、世界大会のメンバーへ選ばれています。
A代表デビューを果たしたのは、2019年に開催されたコパ・アメリカです。
南米の強豪と戦う大会で、若手中心の編成に名を連ねました。
その後は2021年の東京オリンピックにも出場しています。
2022年のカタールワールドカップでは、本大会のメンバーとしてピッチに立ちました。
この頃には、日本代表の守備を支える存在として定着しています。
センターバックとしての安定感に加え、状況に応じて中盤もこなせる点が重宝されてきました。
2026年ワールドカップで主将に
2026年の北中米ワールドカップで、板倉滉さんは日本代表の主将を務めました。
就任は大会直前という、極めて異例のタイミングだったと報じられています。
初戦を目前に控えた状況で、チームをまとめる役割を引き受けたことになります。
板倉滉さんは初戦の前に自ら選手ミーティングを開いたと伝えられました。
急な就任にもかかわらず、すぐに主将としての動きを見せていたことがわかります。
大会では強豪ブラジルとの対戦もありました。
逆転負けを喫した試合後、板倉滉さんは涙を見せながら取材に応じています。
その姿は多くのファンの記憶に残りました。
普段は穏やかな人柄で知られる選手だけに、感情をあらわにした場面は印象的だったようです。
川崎フロンターレの下部組織で9年を過ごし、ヨーロッパで実績を積み、日本代表の主将にたどり着きました。
一歩ずつ積み上げてきたキャリアだといえますね。
板倉滉の年俸は?
板倉滉さんの年俸について、クラブからの正式な発表はありません。
ただし2026年4月、オランダのメディアが公開した給与データが日本でも報じられました。
それによると、板倉滉さんの基本給はおよそ350万ユーロだとされています。
日本円に換算すると、約6億5500万円です。
さらにボーナスを含めた総額では、約400万ユーロにのぼると伝えられました。
こちらは日本円でおよそ7億3500万円という水準になります。
驚くのは、この金額がアヤックスの選手の中でも上位に入るという点です。
報道によれば、チーム内では2番目に高い待遇だったとされています。
板倉滉さんを上回っていたのは、総額440万ユーロとされるドルベリ選手だけでした。
オランダの名門クラブで、それだけの評価を受けていたことになります。
なおこれらの数字はメディアが報じた推定値です。
クラブや本人が明らかにした金額ではない点は、頭に入れておきたいところですね。
アヤックス加入時の移籍金
年俸とあわせて注目されたのが、アヤックス加入時の移籍金です。
2025年夏、板倉滉さんはボルシア・メンヒェングラートバッハからアヤックスへ完全移籍しました。
このとき動いた移籍金は、1050万ユーロだと報じられています。
日本円にすると、およそ18億円です。
成績に応じた上乗せを含めると、最大で21億円規模になるとする報道もありました。
この金額は、アヤックスにとっても大型の補強にあたります。
移籍が報じられた時点では、年俸は5億円以上になるという見方が出ていました。
実際に報じられた金額は、その予想をさらに上回るものでした。
獲得にはPSVアイントホーフェンやフェイエノールトも動いていたとされています。
複数のクラブが競い合った結果としての条件だったのでしょう。
日本代表のディフェンダーとして、ヨーロッパでの評価がそのまま数字に表れたかたちですね。
板倉滉の移籍をめぐる現在の状況
2026年7月時点で、板倉滉さんの所属クラブはアヤックス・アムステルダムです。
ただし退団の可能性が繰り返し報じられており、去就が注目されている状況にあります。
起用法をめぐる監督との意見の食い違い
板倉滉さんは2025年夏にアヤックスへ加入し、2025-26シーズンは26試合に出場しました。
シーズン序盤は本職のセンターバックでプレーしています。
ところが途中から守備的ミッドフィルダーで起用される機会が増えていきました。
オランダのメディアは、この起用法に板倉滉さんが不満を抱いていたと報じています。
本人が監督に直接意見をぶつけたという内容も伝えられました。
2026年4月には監督自身も、板倉滉さんが守備的ミッドフィルダーで良い感触を得ていないと認めています。
キャリアの充実期にある選手にとって、本職以外での起用が続く状況は簡単に受け入れられるものではないのでしょう。
退団報道と関心を示すクラブ
アヤックスは2026年夏、大規模な戦力の入れ替えを進める方針だと報じられています。
給与体系の見直しも並行して行われる見通しだとされています。
チーム内で2番目に高い待遇だった板倉滉さんは、放出候補として名前が挙がりました。
2026年7月には、トップチームでの居場所が保証されていないという報道も出ています。
移籍先として取り沙汰されているのが、古巣であるボルシア・メンヒェングラートバッハです。
ドイツのメディアが6月にクラブ側の関心を報じました。
ただし補強予算の制約が復帰の障害になるとみられています。
2026年7月中旬の報道では、複数のクラブが関心を示しているとされました。
アヤックス側も退団を容認する方針だと伝えられています。
2026年7月時点では、移籍先はまだ決まっていません。
川口春奈さんとの結婚が報じられた時期と、去就の話題が重なるかたちになりました。
公私ともに大きな節目を迎えているといえそうですね。
まとめ
板倉滉さんの出身高校は、神奈川県立川崎北高校だとされています。
全国的なサッカー強豪校ではなく、公立高校に通いながら川崎フロンターレの下部組織でプレーを続けてきました。
大学には進学せず、高校卒業と同時にトップチームへ昇格しています。
小学4年生でセレクションに合格してから、9年間を同じクラブで過ごした生え抜きの選手です。
ベガルタ仙台での飛躍をきっかけにヨーロッパへ渡り、オランダとドイツで実績を重ねました。
年俸はボーナスを含めて約7億3500万円と報じられ、移籍金は約18億円だとされています。
2026年のワールドカップでは日本代表の主将を務めました。
移籍の話題と結婚の報道が同時に動いている今、板倉滉さんから目が離せませんね。
