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小里泰弘(前農水副大臣)の経歴や高校・大学は?自民党衆議院議員を調査!

巷で話題なこと

 



 

国会議員というのは、重要なポストについた人でも知らない人は多く、小里泰弘さんもそんな議員さんの一人と言えるかもしれません。

こんな紹介の仕方をしてしまいましたが、議員としてはしっかりとキャリアを積んでいる国会議員さんなのです。

 

そんな議員さんが今までどんなポストについて仕事をしてきたのかなどを調べました!

 

今回は、自民党衆議院議員の小里泰弘さんについて、お伝えします!

 

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小里貞利の息子・世襲議員小里泰弘の経歴

 

 

生年月日 1958年9月29日(61歳)
出生地 鹿児島県姶良郡霧島町(現:霧島市)
前職 衆議院議員小里貞利秘書

 

大学卒業後、野村証券への入社を経て、1990年に父の労働大臣就任に伴い大臣秘書官に就任しています。

2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙では父の引退に伴い、鹿児島4区から自由民主党公認で出馬し、初当選しました。

 

小里泰弘さんはいわゆる世襲議員と呼ばれる議員さんです。

一時は世襲議員というものがかなり批判された時期もありましたが、肉親が議員というのは、世襲議員でしか得られない知識などもあるでしょうから、一概に否定されるものではないのかなと個人的には思います。

 

お父さんの小里貞利さんは、衆議院議員(9期)、自由民主党総務会長(第41代)、自由民主党国会対策委員長(第39代)、労働大臣(第55代)、北海道開発庁長官(第61代)・沖縄開発庁長官(第30代)、総務庁長官(第21代)、震災対策担当大臣(初代)、宏池会会長、鹿児島県議会議員(6期)を歴任しています。国政進出以来一貫して整備新幹線事業に携わり、「ミスター新幹線」の異名を取った大物議員です。

 

初当選後は、2005年初当選組で構成される83会及び谷垣派に所属しています。

 

83会(はちさんかい)とは、2005年9月の第44回衆議院議員総選挙で初当選した自由民主党の新人議員によって構成されていた会で、名称は、この選挙で当選した新人議員(小泉チルドレン)の数にちなんでいます。
ちなみにメンバーには杉村太蔵さんもいました。

 

2006年自由民主党総裁選挙では、谷垣禎一さんの推薦人に名を連ねました。

 

2006年7月に北薩地域で豪雨災害が発生し、地元び川内川の治水事業に奔走し、総額1000億円の大治水事業の実現にこぎつけたのです。

 

2009年の第45回衆議院議員総選挙では83会のメンバーの大半が落選をし、再当選したのは、10人だけでした。

この時に自民党は大敗し、政権を譲った時です。

自民党内に設置された政権力委員会(ネクスト・ジャパン)の農林水産副担当に就任しています。

 

2010年10月、政権力委員会の廃止に伴い設置された影の内閣(自由民主党シャドウ・キャビネット)でも引き続き影の農林水産副大臣(農林部門)に就任しています。

 

影の内閣(かげのないかく、英語:Shadow Cabinet)は、野党が設置する政策立案機関です。

 

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、自民党に設置された東日本巨大地震・津波災害法整備等緊急対策プロジェクトチームの座長に就任しました。

緊急対策の立案にあたり避難所対策から復旧対策まで、577項目の対策案を取りまとめ政府に提言しました。

更にがれき処理特別措置法をはじめ、多くの震災関連法案も手掛けたのです。

 

2012年10月に宏池会を脱退し、前自由民主党総裁の谷垣禎一さんによる勉強会「有隣会」に参加しています。

12月の第46回衆議院議員総選挙では、鹿児島4区から出馬し、3選を果たしました。

第2次安倍内閣発足後、自民党農林部会部会長に就任しました。

TPP対応の決議案を作成し、更に農業農村所得倍増目標10ヵ年戦略を取りまとめ、今後10年間の農政指針を示したのです。

 

2013年9月、農林水産大臣政務官に就任しました。

 

2014年9月3日、第2次安倍改造内閣で環境副大臣兼内閣府副大臣に就任します。

12月の第47回衆議院議員総選挙では、鹿児島4区から出馬し、4選を果たしました。

 

2016年1月、衆議院農林水産委員長に就任しました。

2017年10月の第48回衆議院議員総選挙では、鹿児島県内の小選挙区割変更に伴う調整により、鹿児島3区から出馬し、5選目の当選をしたのです。

 

実際に小泉チルドレンと言われた議員さんたちの評判は微妙でしたが、小里議員は着実にキャリアを積んできたという感じですよね。

 

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小里泰弘の通った学校は?

 

これだけのキャリアを積んでいる議員さんの学歴も気になりますよね!

小里泰弘さんの通った学校について調べました!

小学校は地元の霧島町立太田小学校霧島中学校でした。

 

この頃は剣道や新聞配達で心身を鍛えていたそうです。

世襲議員と聞くと、楽な生活をしていたと思われがちですが、かなり厳しいところに身をおいていたようですね。

もしかしたら、政治家を目指すためにお父さんの小里貞利さんが教育の一環で行っていたのかもしれませんね。

 

高校は鹿児島県立鶴丸高等学校

 

小里泰弘さんが通った高校は鹿児島県立鶴丸高等学校です。

中学3年次から親元を離れて鹿児島市内で下宿生活しながら、通っていたそうです。

鶴丸というのは、大河ドラマの『西郷どん』にも出てきた島津家の居城の鶴丸城から由来されているのです。

 

 

偏差値はなんと74とかなりの難関校です。

鹿児島県内では、高校生クイズなどで有名なラサール高校の次につけている学校です。

 

大学は慶應義塾大学法学部

 

高校の偏差値を聞いてしまうと、慶應義塾大学法学部と聞いてもそこまで驚かない感じがしますよね(笑)

しかし、こちらも言わずもがなですが、政治学科が偏差値67.5、法律学科が70とかなりの難関です。

 

政治家として、あれだけの活躍している人だということを考えたら、これだけの才能があっても不思議ではないかもしれませんね。

大学卒業後は野村證券に就職しています。

 

小里泰弘の嫁や家族は?

 

小里泰弘さんのご家族について調べましたが、結婚しているかなどに関しての情報は得られませんでした。

お父さんの小里貞利さんが亡くなられた時に、喪主をお母さんがされていたので、小里さんのお母さんはご存命だということはわかりました。

 

ちなみに選択的夫婦別姓制度導入について、2016年の西日本新聞によるアンケートで、「結婚したら全員が夫婦同姓にすべき」と答えています。

一方、2014年の朝日新聞によるアンケートでは、「どちらとも言えない」としていたのですが、2017年の朝日新聞によるアンケートにおいては、どちらかと言えば賛成、と回答しています。

 

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まとめ

 

世襲議員と聞くと生ぬるく、楽に議員になっているようなイメージで語られることもありますが、小里泰弘さんは小学生の頃から厳しく育てられ、学力もかなりのものでしたね。

もちろん世襲議員としてのメリットはあったでしょうが、そういった立場であってもそこで努力しているのだなというのは感じました。

 

今後政治家としてどのような活動をされるかわかりませんが、今まで以上に国のために活躍してくれることを願いたいですね。

 

トップ画像引用元:Facebook

 

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