「碧いうさぎ」などのヒット曲で知られる歌手で女優の酒井法子さんは、現在どのような活動を行っているのでしょうか。
酒井法子さんは学生時代、どんな生活を送っていたのでしょうか。
今回は、酒井法子さんの経歴や出身学校、現在の活動について調べてみました。
酒井法子は現在何してる?
酒井法子さんは、現在女優や歌手として芸能活動を行っています。
2019年には『THEカラオケ☆バトル』に出演し話題を集めました。
さらに2021年からはYouTubeチャンネルを開設し、YouTuberになりました。
酒井法子の介護の仕事はどうなった?
酒井法子さんは、2009年に覚せい剤を使用・所持の罪で当時の夫と逮捕された際、裁判で「介護の仕事を勉強したい」と発言していました。
その後、創造学園大学に入学し介護の勉強を行っていたものの、大学が閉校になってしまいました。
そのため介護の資格を取ることが難しくなり、勉強を辞めてしまったようです。
酒井法子さんは芸能界に復帰した時、「介護もやりますなんて言ったんですけど、それもなかなか難しくて…」、「本当にこれ(芸能界)が私の生きる道。これしか私にはないんですね」と明かしていました。
酒井法子のプロフィールや経歴
名前:酒井法子
生年月日:1971年2月14日
出身地:福岡県
血液型:B型
身長:157cm
所属事務所:株式会社スマイル
1985年、全国応募総数54,129名のオーディション企画「’86 ミスヘアコロン・イメージガール・コンテスト」に出場した酒井法子さんは、グランプリは逃したものの「BOMB!賞」を受賞しました。
この賞は、芸能事務所サンミュージックの専務が酒井法子さんを見初め、「『彼女の』才能を試してみたい」との希望で急遽用意されたものだったそうです。
その後、酒井法子さんはサンミュージックに所属します。
1986年に雑誌 『Momoco』が開催したイベント「’86 モモコ・パーティー」におけるオーディション『第2回 ミスモモコクラブ』で「ミスVHD賞」を受賞、VHDソフト『YUPPIE』を発売し、本格的にデビューとなりました。
1987年には『男のコになりたい』でアイドル歌手デビュー、第18回 日本歌謡大賞では『ノ・レ・な・いTeen-age』で、最優秀放送音楽新人賞を受賞しています。
「ヤッピー」、「いただきマンモス」、「うれピー」といった独特の言葉の「のりピー語」も話題となり、1990年には当時、日本の芸能界が目を向けていなかった台湾での活動を始め、香港、中国本土など、中国語圏各地においても、日本での評価以上の人気と知名度を獲得しました。
1993年には主演ドラマ 『ひとつ屋根の下』が、1995年には『星の金貨』が立て続けにヒット、ドラマの主題歌となったシングル「碧いうさぎ」は自身初のミリオンセラーの大ヒット曲となり、デビュー9年目にして初めて 『第46回NHK紅白歌合戦』に出場しています。
酒井法子の現在の年収は?
酒井法子さんの年収は公表されていません。
現在は全盛期ほどではないものの、歌手や女優としての活動し、YouTubeも積極的に投稿しています。
そのため年収は数百万円ほどあるのではないかと思います。
酒井法子の学歴
酒井法子さんが通っていた学校について調べてみました。
酒井法子の出身小学校
酒井法子さんは、挟山市立入間小学校(2011年3月に閉校)に入学しました。
そして小学校3年生の時に、狭山市立入間野小学校に転校しました。
この時に入間野小学校が開校され、その地域の小学校に通っていた多くの子どもたちが同校に移ったため、酒井法子さんもこの学校に転校したようですね。
その後、福岡市立大名小学校へ転校しました。
この学校は福岡市内では最古の小学校のうちの一つでしたが、郊外への人口流出や少子化等による児童数減少から2014年3月に閉校しています。
酒井法子の出身中学
小学校卒業後は、福岡市立舞鶴中学校に進学しました。
中学時代はソフトボール部に所属、3年生の夏には、9番右翼手で福岡県大会に出場し、準優勝しました。
当時については「冬はタイヤ引いたり、失敗するとビンタされたり。今ではありえないような…。結構、スポ根だった」とし、「あの時代があったから、人生における基本的体力が付いたというか、おかげで、頑張れた」と明かしていました。
その後、世田谷区立千歳中学校に転校しています。
芸能活動を始めるにあたり上京したことからこちらの学校に転校していますが、3年生の1月のことだったため、通っていたのはたった3ヶ月ほどでした。
酒井法子の出身高校
中学卒業後は、堀越高等学校に進学しました。
こちらの学校の偏差値は、38です。
高校時代は芸能活動もあり、多忙な日々だったようです。
酒井法子の出身大学
高校卒業後は進学していなかった酒井法子さんですが、2010年に創造学園大学に入学しました。
こちらでは、ソーシャルワーク学部ソーシャルワーク学科(偏差値35)に在籍していましたが、2013年3月に学校が閉校となり、中退しています。
まとめ
日本だけではなく海外でも活動し支持を集めていた酒井法子さんは、薬物での逮捕により、一度は芸能界から離れた生活を考えていました。
しかし「自分には芸能界しかない」という思いから、再び歌手や女優としての活動を始めています。
これからは過ちを犯さず、まっすぐに自分の道を歩んでいってほしいですね。