タレントとして活躍しながら、3児の母としても奮闘する小倉優子さん。
そんな彼女が大学受験に挑戦していたことをご存じでしょうか?
30代後半での受験というチャレンジに、多くの人が驚きと応援の声を寄せました。
しかし、「受験結果はどうなったの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
小倉優子さんはもともと高校卒業後に芸能界入りしており、大学には進学していませんでした。
しかし、子育てをする中で教育への関心が高まり、大学進学を目指すことを決意。
育児や仕事と両立しながら勉強を続ける姿勢は、多くの人に勇気を与えました。
そこで今回は、小倉優子さんの大学受験の結果、学歴やこれまでの経歴、所属事務所や年収についても詳しく調査しました!
彼女の努力の軌跡を振り返りながら、今後の活動についても考察していきます。
小倉優子の大学受験の結果は?早稲田は不合格だった
小倉優子さんの大学受験は、2023年に結果が明らかになりました。
第一志望としていた早稲田大学教育学部教育学科は不合格でした。
一方で、白百合女子大学には合格し、2023年4月に入学しています。
「小倉優子 早稲田 合格」という言葉で検索されることが多いのですが、早稲田大学に合格した事実はありません。
受験に挑戦する姿がテレビの企画として長く伝えられていたため、結果の部分だけが曖昧なまま広まってしまったのかもしれませんね。
早稲田に受かったと思ってた!
合格したのは白百合女子大学です
411日間で2102時間に及んだ受験勉強
小倉優子さんが受験勉強を始めたのは2022年のことでした。
報道によると、勉強を始めてから受験本番までの期間は411日間です。
その間に積み重ねた勉強時間は、合計で2102時間にのぼったと伝えられています。
単純に割ると、1日あたり5時間前後を勉強にあてていた計算になります。
当時の小倉優子さんは3人のお子さんを育てながら、仕事も続けていました。
その状況でこれだけの時間を確保していたことになります。
ネット上では、お子さんの勉強に付き合う中で自分も学び直したいと感じたことがきっかけだったと語られています。
合格した大学と不合格だった大学
小倉優子さんが受験したのは、1校だけではありませんでした。
報道された結果の内訳は、次の通りです。
- 白百合女子大学 合格
- 学習院女子大学 補欠合格
- 早稲田大学教育学部 不合格
- 津田塾大学 不合格
- 学習院大学 不合格
- 成蹊大学 不合格
合格したのは白百合女子大学の1校で、学習院女子大学は補欠合格という結果でした。
一般入試での挑戦だったこともあり、決して簡単な道のりではなかったことが分かります。
この結果を受けて、小倉優子さんは白百合女子大学へ進むことになりました。
2023年4月に白百合女子大学へ入学
小倉優子さんが白百合女子大学に入学したのは、2023年4月です。
入学式にも出席し、正式に大学生としての生活をスタートさせました。
入学した学科は児童文化学科です。
児童文化学科は、子どもの文化や発達、絵本や児童文学などを扱う分野になります。
子育てをしながら学び直しを決めた小倉優子さんにとって、関心の近い領域だったとみられます。
子どもに関わる学科なんだ!
この選択が後の判断につながります
入学当時、小倉優子さんは39歳でした。
3人のお子さんを育てながら、仕事も続けたうえでの大学生活です。
同世代からは、自分にはできないという驚きとともに応援の声が寄せられていました。
ネット上でも、年齢を理由に諦めなくてもいいのだと勇気づけられたという感想が多く見られます。
ただし、通学を伴う大学生活と、子育てや仕事を並行させることの負担は小さくありません。
この点が、後の進路の判断につながっていくことになります。
2025年に日本女子大学の通信教育課程へ編入
白百合女子大学への入学から約2年後、小倉優子さんの学び方が変わります。
2025年5月18日、小倉優子さんは自身のブログで大学を編入したことを報告しました。
移った先は日本女子大学の通信教育課程です。
受験の話題が大きく取り上げられた一方で、この編入は見落とされていることも多いようです。
編入した学部と学科
編入先の学科は、日本女子大学通信教育課程の食科学部食科学科です。
報道によっては食物学科と表記されることもありますが、大学の公式サイトでの名称は食科学科となっています。
白百合女子大学では子どもの文化を学ぶ児童文化学科に在籍していました。
つまり、学ぶ分野そのものが子どもから食へと切り替わったことになります。
通信教育課程は、決まった時間に通学する必要がなく、自分のペースで学習を進められる仕組みです。
学ぶ分野ごと変えたんだ!
理由は本人が説明しています。
編入を決めた理由
編入の理由について、小倉優子さんはブログで自分の言葉で説明しています。
挙げられていたのは、子育てと仕事との両立でした。
今の生活環境により適した形で学びを続けるための選択だった、という趣旨がつづられています。
あわせて、食のベースとなる知識を深めたいという意向も示していました。
小倉優子さんは料理本を出版し、料理をテーマにした発信を続けてきた方です。
食の分野を学び直すという選択は、これまでの活動の延長線上にあるものだといえます。
大学をやめたのではなく、学ぶ場所と分野を変えて続けている、というのがこの編入の内容です。
小倉優子は大学を卒業したのか
結論から書くと、小倉優子さんが大学を卒業したという発表はありません。
同時に、学業をやめたという発表もありません。
2025年5月の報告は、あくまで白百合女子大学から日本女子大学へ編入したという内容でした。
編入は在籍する大学を移ることであり、前の大学を卒業したことを意味するものではありません。
そのため、白百合女子大学を卒業したという書き方は正確ではないことになります。
また、編入先である日本女子大学についても、卒業や修了を伝える発信は見当たりません。
じゃあ今はどうなっている?
続いてるかどうかの発信はありません。
編入後、小倉優子さんが学業の進み具合について詳しく語る機会はほとんどありませんでした。
受験期には勉強の様子が頻繁に伝えられていただけに、その差が目立つ形になっています。
そのため、ネット上では学業を諦めてしまったのではないか、という見方も出ています。
ただし、これは近況が語られないことから生まれた推測で、本人が断念を伝えた事実はありません。
通信教育課程は、自分のペースで学習を進める仕組みです。
通学する大学生活とは違い、日々の様子が発信されにくいという事情も考えられます。
現時点ではっきりしているのは、編入という選択をしたところまでです。
なお、小倉優子さんは2度の離婚を経験しており、3人のお子さんを育てながらの学び直しでした(小倉優子の離婚歴は2回!元旦那たちとの馴れ初めや離婚した理由)。
小倉優子の小学校・中学校・高校
大学に進むまでの学歴も見ていきます。
小倉優子さんは千葉県茂原市の出身で、小学校から高校までを地元で過ごしました。
- 小学校 茂原市立萩原小学校
- 中学校 茂原市立茂原中学校
- 高校 千葉県立東金高等学校
出身小学校は茂原市立萩原小学校
小倉優子さんの出身小学校は、茂原市立萩原小学校です。
幼少期は、かなりの数の習い事に通っていたと語られています。
ネット上で挙げられているのは、ピアノ、英語、習字、フルート、声楽です。
音楽系だけでピアノ、フルート、声楽の3つがあり、音に触れる時間が長い子ども時代だったことがうかがえます。
この習い事の内容から、ネット上では「実はお嬢様なのではないか」と言われることもあります。
そして、ここで身につけたフルートが、中学以降の部活動につながっていきました。
出身中学校は茂原市立茂原中学校
中学校は、地元の茂原市立茂原中学校に進学しています。
中学時代に所属していたのは吹奏楽部でした。
担当していた楽器は、小学生のころから習っていたフルートです。
習い事で触れてきた楽器をそのまま部活で続けた形になります。
そして、この中学時代にはすでに「ゆうこりん」と呼ばれていたそうです。
芸能界に入ってから付けられた愛称だと思っていた方も多いのではないでしょうか。
あだ名は芸名じゃなかったんだ!
中学からの呼び名だそうです。
出身高校は千葉県立東金高等学校
高校は千葉県立東金高等学校に進学しました。
茂原市の隣にあたる東金市の高校で、自宅からは通学に時間がかかる距離です。
高校でも吹奏楽部を続けており、小学生からの音楽との関わりは9年以上に及んだことになります。
その高校時代に、芸能事務所からスカウトを受けました。
そして高校卒業後は進学せず、そのまま芸能界へ進んでいます。
大学に進学しなかったのは、この進路の選択があったからです。
それからおよそ20年を経て、小倉優子さんは大学受験に挑戦することになりました。だ背景には、この経歴があります。
小倉優子のプロフィールと経歴
名前:小倉優子(おぐら ゆうこ)
生年月日:1983年11月1日
出身地:千葉県
身長:162cm
血液型:B型
特技:料理、パン作り
所属事務所:プラチナムプロダクション
小倉優子さんは1983年11月1日生まれで、千葉県の出身です。
高校時代にスカウトを受けて芸能界に入り、20年以上のキャリアを重ねてきました。
所属事務所はプラチナムプロダクションです。
菜々緒さんや中村アンさんなども在籍している事務所になります。
事務所の公式プロフィールでは、3人の男の子を育てるママタレントとして紹介されています。
特技には料理とパン作りが挙げられており、現在の活動とも重なる部分です。
作品への出演としては、2024年のNHKドラマ『未来の私にブッかまされる!?』があります。
こりん星でブレイクした時代
小倉優子さんの名前が広く知られるきっかけになったのが、「こりん星」という設定でした。
こりん星から来たお姫様という独特のキャラクターで、一気に注目を集めています。
本人は後年、この設定があったからこそ仕事の場に立ちやすかったと振り返っていました。
一方で、設定を続けることへの迷いも抱えていたと語られています。
ネット上では、有吉弘行さんにつけられたあだ名がきっかけで設定を手放すことができた、という話が広く知られています。
現在の落ち着いた印象からは想像しにくい、キャリア初期の姿です。
焼肉店もやってたの?
経営者ではなかったようです。
「焼肉 小倉優子」は経営ではなくイメージキャラクター
かつて「焼肉 小倉優子」という名前の店舗が各地に展開されていました。
ネット上では、関西の居酒屋チェーンとの提携によるもので、最多で17店舗ほどあったと言われています。
店名に名前が入っていたため、小倉優子さんが経営者だと受け取られることも多かったようです。
ただし、実際にはイメージキャラクターとしての起用で、経営には関わっていなかったとされています。
店舗はその後、順次閉店していきました。
現在も小倉優子さんが飲食店を経営しているという情報は見当たりません。
小倉優子の年収と収入源
小倉優子さんの年収について、本人からも所属事務所からも金額の発表はありません。
ネット上では5000万円以上といった金額が語られることもあります。
ただし、こうした数字は算出の根拠が示されていないものがほとんどです。
サイトによって金額に大きな幅があることからも、推計の域を出ないことが分かります。
金額そのものより、どこから収入を得ているのかを見たほうが実態に近づけそうです。
金額はわからないんだね!
収入の柱はいくつもあります。
小倉優子さんの収入源は、ひとつではありません。
まず、テレビの仕事が長く活動の中心にあります。
次に、企業の広告やアンバサダーの仕事です。
事務所の公式プロフィールには、教材や調理器具、自動車関連、食品など複数の企業名が掲載されています。
化粧品会社や証券会社のアンバサダーとしての記載もあり、分野は幅広くなっています。
3つ目が、料理を軸にした仕事です。
料理本を複数出版しており、書籍の印税も収入のひとつとみられます。
さらに、「ゆうこりんのお料理部」という月額制のオンラインサロンも運営しています。
家庭料理やお菓子作りを楽しむコミュニティで、料理のトークライブや質問への回答などが行われる仕組みです。
4つ目が、自身のYouTubeチャンネルでの発信になります。
こうして並べると、テレビの仕事に依存しない形が作られていることが分かります。
特技である料理を、書籍とオンラインの両方で収入につなげている点が特徴です。
食の分野を大学で学び直すという選択も、この流れの延長にあるものといえます。
まとめ
今回は、小倉優子さんの大学受験の結果と学歴、経歴や年収について見てきました。
2023年の受験では、第一志望だった早稲田大学教育学部は不合格でした。
合格したのは白百合女子大学で、2023年4月に児童文化学科へ入学しています。
その後、2025年5月に日本女子大学通信教育課程の食科学部食科学科へ編入しました。
編入の理由として本人が挙げていたのは、子育てと仕事との両立です。
卒業や学業をやめたことを伝える発表はなく、学ぶ場所と分野を変えて続けているというのが現在分かっている範囲になります。
年収については金額の発表がなく、テレビの仕事、広告、料理本、オンラインサロンなど複数の収入源を持っています。
高校卒業後に芸能界へ進んだ方が、20年を経て学び直しに挑んだ歩みです。
これからの小倉優子さんの活動にも注目していきたいですね。
