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神田伯山の本名や実家は?父親の死因や母親と兄弟・先祖についても調査

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六代目・神田伯山さんは、どんな両親の元で育ったのでしょうか。

実家はどこにあり、先祖にはどんな方がいるのでしょうか。

今回は、神田伯山さんの実家や両親、兄弟、先祖などについて調べてみました。

神田伯山の本名

神田伯山さんの本名は、「古舘 克彦 (ふるたちかつひこ)」さんと言います。

2020年に「六代目神田伯山」を襲名するまでは、「神田松之丞」として活動していました。

神田伯山の実家

神田伯山さんは、東京都豊島区池袋出身です。

実家の詳しい場所は公表されていませんが、豊島区立池袋第三小学校、豊島区立道和中学校(現・豊島区立西池袋中学校)出身ということで、2つの学校の学区内にあるのではないかと思われます。

神田伯山の先祖がすごい!家系図は?

神田伯山さんの本名である「古舘家」のルーツは、佐賀県唐津市の名護屋地帯です。

フリーアナウンサーとして活動している古舘伊知郎さんも祖先が同じ集落の出身で、ルーツがつながっているそうですよ。

そして神田伯山さんの高祖父は福岡庄太郎さんと言い、パラグアイで柔術家として成功し、地元の英雄となった人物でした。

曽祖父である古舘清太郎さんも、出版社「春秋社」を立ち上げ、「トルストイ全集」を翻訳した方です。

神田伯山の父親の死因がやばい?

神田伯山さんのお父さんは、古舘豊さんと言います。

お父さんは、中学の頃に柔道で地域で優勝するほどの実力を持っていました。

大学を卒業した後は貿易会社に就職し、当時はまだなかった有機栽培のバナナを他社に先駆けて作ろうとしていたそうです。

しかし神田伯山さんが小学4年生の時、お父さんは42歳で自らの命を絶ちました。

神田伯山さんは突然のお父さんとの別れに、大きなショックを受けました。

神田伯山の生い立ち

1983年6月4日に誕生した神田伯山さんは、2歳の頃からお父さんの仕事の都合で、ブラジルに3年ほどいました。

小学生の時にお父さんを亡くし、以降はお母さん、祖父母、お兄さんと暮らしていたそうです。

高校2年生のときにラジオで偶然、6代目三遊亭圓生さんの御神酒徳利を聞いて感銘を受け神田伯山さんは、高校卒業後の浪人生時代に所沢市で行われた立川談志さん独演会の高座を見て、立川談志さんのファンになりました。

そして講談師になることを決め、2007年11月に三代目神田松鯉さんに入門、2012年には二ツ目に昇進しました。

神田伯山の母親

神田伯山さんのお母さんは、古館ミエ子さんと言います。

お母さんの実家は埼玉県幸手市で大規模な新田開発をしており、3600坪もの広大な土地を持っているそうです。

神田伯山の兄弟や姉妹

神田伯山さんには、お兄さんが1人います。

しかしお兄さんは一般人のため、名前や職業、顔写真などは公開されていません。

まとめ

小学生の時にお父さんを亡くした神田伯山さんですが、お母さん、お兄さん、そして祖父母と生活を共にし、講談師への道に進みました。

空の上で見守ってくれているお父さんに届くよう、今後も講談師として頑張ってほしいですね。

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