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島田洋七は嫁と駆け落ち?自宅が豪邸!年収は?子供なども調べてみた

shimadayoushichi_couple お笑い芸人
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1980年代の漫才ブームのパイオニアと言われる島田洋七さんは、作家としても『佐賀のがばいばあちゃん』で話題を集めました。

そんな島田洋七さんの奥さんはどんな人なのでしょうか。

今回は、島田洋七さんの経歴や奥さん、子供などについて調べてみました。

島田洋七の嫁はどんな人?

島田洋七さんの奥さんは、徳永律子さんと言います。

一般の方ですが、島田洋七さんのインタビューなどで写真が公開されています。

結婚して50年以上になりますが、喧嘩をしたことがないくらい、仲が良いそうですよ。

島田洋七と嫁の馴れ初めは駆け落ちだった?

島田洋七さんと奥さんが出会ったのは、島田洋七さんが芸人になる前のことでした。

大学を中退し祖母の住む佐賀を訪れていた島田洋七さんは、たまたま入った喫茶店で奥さんと鉢合わせし意気投合、結婚することになりました。

しかし当時の島田洋七さんは八百屋でアルバイトをしており正社員ではなかったため、奥さんのお父さんが結婚に反対、島田洋七さんの両親も「ちゃんとした仕事についてからでないとダメだ」と反対したそうです。

唯一島田洋七さんの祖母だけは、「おりたい人とおるのがいちばんいいんじゃないの」と言ってくれたものの、二人は「都会に住みたい」と駆け落ち同然で上京、その後大阪で暮らし始めました。

結婚当時は4畳半のアパートで生活しており、島田洋七さんが芸人活動を始めてからも生活は決して楽ではありませんでした。

数年後、島田洋七さんが芸人として結果を残すようになってから、奥さんのお父さんから「頑張っとるな」と手紙が届き、ここで島田洋七さんは「和解出来た」と感じたと明かしています。

島田洋七の子供

島田洋七さんには、1974年に長女、1977年に長男が誕生したといわれています。

しかし子供たちの情報については全く明かされていないため、現在の姿や職業などは不明です。

島田洋七の自宅は佐賀の豪邸?

島田洋七さんは、現在佐賀県佐賀市内に自宅があります。

芸人になって東京暮らしをしていた島田洋七さんでしたが、「いずれは佐賀に帰ろ」という思いがあり、さらに奥さんのお母さんに介護が必要になったことがきっかけで2001年頃に引っ越しました。

詳しい場所は公開されていませんが、島田洋七さんは移住にあたり、300坪の土地に平屋の日本家屋を建てたのだそうです。

島田洋七のプロフィールや経歴

名前:島田洋七
生年月日:1950年2月10日
出身地:広島県
血液型:O型
身長:164cm
所属事務所:島田オフィス

1970年に先輩の勧めで、なんば花月で笑福亭仁鶴さんの落語や中田カウス・ボタンの漫才を観た島田洋七さんは、中田カウスさんがポルシェ、笑福亭仁鶴さんがベンツで帰るのを見て「15分笑わせるだけでお金が稼げるなんて、こんないい商売があるのか」と、芸人になることを決意したそうです。

そして先輩が吉本興業の関係者と知り合いで紹介してもらい、うめだ花月の進行係として採用され、島田洋之介さんに弟子入りしました。

1972年に初代「B&B」を結成し漫才師としてデビューすると、漫才ブームのパイオニアとなり一気にスターの階段を上っていったものの、時代の流れと共に人気が急降下、1983年秋には「B&B」を解散し個人で活動するも上手くはいかず、1996年に再び「B&B」を復活させています。

その後著者『佐賀のがばいばあちゃん』をきっかけに再び人気が上昇、2002年から5年間の間は『M-1グランプリ』の審査員を担当しました。

『がばいばあちゃん』が大ヒット作に

島田洋七さんの代表作と言えば、『がばいばあちゃん』です。

出版のきっかけはビートたけしさんとのお酒の席でおばあちゃんの話をしたところ、「絶対に本にするべき」と薦められたことで、最初は出版社に持ち込むも書籍化出来ず自費出版しました。

その後三度目の出版で徳間書店から出版させてほしいと話があり口コミで評判が広がると、2007年の時点で総売り上げは20億円超、シリーズ総計では2008年7月に670万部を越え、韓国、台湾、マレーシアなどでも出版されています。

『がばいばあちゃん』は、広島の実家から佐賀のおばあちゃんの家に預けられた島田洋七さんとがばい(すごい)おばあちゃんの貧しくも明るい昭和30年代前半の生活をコミカルに描いた作品で、映画やドラマ化もされました。

島田洋七の所属事務所

島田洋七さんは現在「島田オフィス」に所属しています。

こちらは島田洋七さんの個人事務所で、以前は「吉本興業」に在籍していました。

島田洋七の年収は?

島田洋七さんの全盛期の年収は、8億あったといわれています。

現在は全盛期ほどの勢いはないものの、テレビや講演会などマルチに活動を続けています。

これまでに出版した書籍の印税などもあるため、今でも億越えの年収はあるのかもしれませんね。

まとめ

「すぐにお金を稼げる」という理由で芸人になった島田洋七さんは、コンビとして活躍するも人気が低迷し、仕事が上手くいかない時期もありました。

それでも今も芸能界で活躍することが出来ているのは、奥さんの支えがあったからだと思います。

これからも仕事はもちろんプライベートも、楽しい日々を過ごしてほしいですね。

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