「横山パンチ」の芸名でも活動していた元タレントの上岡龍太郎さんは、人気お笑いコンビ「ミキ」の伯父さんであることでも知られていますが、何故引退してしまったのでしょうか。
引退後はどんな生活を送っていたのでしょうか。
今回は、上岡龍太郎さんの経歴や家族、引退の理由について調べてみました。
上岡龍太郎の甥っ子はミキ!
ミキって上岡龍太郎の親戚なんだ笑
— YUTA.S CR7 (@shunhima826) March 26, 2018
すげーなー#ミキ pic.twitter.com/h58gYp99QG
上岡龍太郎さんの甥っ子は、お笑いコンビ「ミキ」の昴生さんと亜生さんです。
ただ「ミキ」の二人曰く上岡龍太郎さんとは幼い頃にあったことがあるだけで、漫才師として活動するようになってからはあったことがなく、連絡先も知らなかったそうです。
上岡龍太郎さんは「ミキ」がブレイクする前に引退してしまったということもあり、三人の共演はありませんでした。
ただ上岡龍太郎さんはミキの漫才に対し「漫才の型としては安定している」と評価、交流のある笑福亭鶴瓶さんに「ミキをよろしゅう頼むわな」と話したそうですよ。
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ミキの母親が上岡龍太郎の妹
「ミキ」の二人のお母さんは、上岡龍太郎さんの異母妹です。
上岡龍太郎さんのお母さんが10歳の時に亡くなり、お父さんがその後再婚して誕生したのが「ミキ」のお母さんでした。
上岡龍太郎さんにはお姉さんもいますが、母親違いなのは妹さんだけです。
上岡龍太郎が引退した理由
2000年4月、上岡龍太郎さんは芸能界を引退しました。
引退前の1997年に出演していた番組で「2000年に芸能界デビュー40周年を迎える。ボクの芸は20世紀で終わり。21世紀には新しい人生を歩みたい」と引退の理由について明かしていました。
それ以上は多くを語っていなかった上岡龍太郎さんですが、自分が衰えた姿をテレビで晒されたくないという思いがあったのではないかと言われています。
上岡龍太郎は引退して何をしていた?
芸能界を引退いした上岡龍太郎さんは、一般人として生活していました。
知人の芸能人のパーティーやゴルフ大会、冠婚葬祭などに顔を出すことはあったものの、テレビやラジオなどに出演することはありませんでした。
ずっと芸能界で活躍し続けていたため、働かなくても普通の生活が送れていたようですね。
上岡龍太郎のプロフィールや経歴
〜勝手に祝福〜
— 祝福王子 (@ryusen369) March 20, 2022
上岡龍太郎さん、お誕生日🎂🎂🎂おめでとうございます㊗️㊗️
鶴瓶師匠との「鶴瓶・上岡パペポTV」毎週楽しみでした。
タバコをふかしながら🚬トークをする姿はカッコ良かったな〜 pic.twitter.com/zJv5ozFgpR
名前:上岡龍太郎
生年月日:1942年3月20日
出身地:京都府
血液型:AB型
身長:165cm
1959年に浜村淳さんの紹介でロカビリーバンド「田川元祥&リズムワゴンボーイズ」に加入した上岡龍太郎さんは、1960年に横山ノックさんの誘いにより、「横山パンチ」の芸名で横山フックさんと共に漫画トリオを結成しました。
その後1970年代には近畿放送、朝日放送、ラジオ大阪といった近畿圏の放送局でレギュラーを獲得し、中部日本放送でもレギュラー番組を持つなど、関西を代表するタレントになりました。
長年「俺は絶対に東京に行かへん!」と語っていた上岡龍太郎さんでしたが、1984年に『森田一義アワー 笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに出演、1987年には『鶴瓶上岡パペポTV』が放送、キー局の日本テレビでも放送開始されたことで東京に進出しています。
1988年には代表番組となる『探偵!ナイトスクープ』が放送を開始、1990年代には上岡演劇祭なる小劇場系の演劇賞を主宰していました。
上岡龍太郎の年収・自宅や資産
上岡龍太郎さんの年収は公表されていません。
芸能界で活躍していた頃は、数千万円以上の年収だったのではないかと思われます。
自宅は大阪府大阪市で、詳しい場所はわかりませんが、大阪城の近くでジョギングをしている姿が目撃されていました。
資産についても情報はなく、不明です。
上岡龍太郎の嫁
上岡龍太郎さんは、1969年に結婚しました。
奥さんは友岐子さんという、一般の方です。
初めて会った時、上岡龍太郎さんは21歳、奥さんは13歳でしたが、上岡龍太郎さんは「僕はこの子と結婚するな」と直感し、「君は僕と結婚する」、「君は僕の女房になる」などと口説き続けていたそうです。
奥さんは上岡龍太郎さんとの結婚後にメディアに出演することはあったものの、基本は主婦と上岡龍太郎さんが所属していた「上岡プロモーション」の社長業を務めていました。
上岡龍太郎の息子は小林聖太郎
小林聖太郎も白髪になったらほぼ上岡龍太郎ではないだろうか pic.twitter.com/zpsEsHZI2U
— ピーキー・オヤナギ (@kenthekiller) July 22, 2018
上岡龍太郎さんの息子さんは、映画監督の小林聖太郎さんです。
小林聖太郎さんは、1994年に関西大学法学部政治学科を卒業後、ジャーナリスト・今井一さんの助手を務め、1996年にドキュメンタリー映画監督の原一男さんが主宰する「CINEMA塾」に参加しました。
その後1998年からは劇映画の助監督として幅広く活躍、2006年に大阪・十三の映画館第七藝術劇場の復活記念DV作品『かぞくのひけつ』で劇場公開作デビューを果たしました。
この作品で、2006年度日本映画監督協会新人賞、2008年11月に新藤兼人賞2008を受賞しています。
他にも映画『毎日かあさん』では、第14回上海国際映画祭アジア新人賞部門で作品賞を獲得しました。
まとめ
2023年5月19日、上岡龍太郎さんは肺癌と間質性肺炎のため亡くなりました。
これからは空の上で「ミキ」や息子さんらの活躍を見守ってほしいと思います。