元フィギュアスケート・ペア日本代表の高橋成美さんは、2018年3月に現役を引退し、現在はタレント・解説者として幅広く活躍しています。
2026年3月の「しゃべくり007」出演をきっかけに、偏差値76の難関校出身・慶應義塾大学卒業・7カ国語習得という経歴が改めて大きな話題を集めました。
今回は、高橋成美さんの引退理由や学歴、語学力、現在の活動、家族などについてまとめました。
高橋成美のプロフィールや経歴
1/15は、高橋成美さんのお誕生日。日本のフィギュアスケート選手。ペア競技で活躍。2012年の世界選手権でマーヴィン トラン選手と銅メダル。2014年は木原龍一選手とソチ五輪出場。2018年に現役引退、その後は解説などでも活躍。2022年に「LGBTQのQだと思う」との性自認を公表。https://t.co/yORxM068Er pic.twitter.com/sts4hGOkns
— レインボーアイル (RAINBOW AISLE) (@rainbowaisle) January 15, 2023
名前:高橋成美
生年月日:1992年1月15日
出身地:千葉県
血液型:B型
身長:148cm
所属事務所:松竹芸能
高橋成美さんは、1992年1月15日生まれの元フィギュアスケート選手です。
千葉県松戸市出身で、身長148cm、血液型はB型。
幼少期と実家・家族
高橋成美さんは3歳のとき、お姉さんの影響でフィギュアスケートを始めました。
小児ぜんそくを患っており、医師からスケートを勧められたことも、競技を続けるきっかけのひとつになったといいます。
幼い頃からおてんばな性格で、階段の高いところから飛んだり、年上の選手が跳ぶようなジャンプを決めては周囲を驚かせていたそうです。
小学4年生のときには、お父さんの仕事の都合で中国・北京に移住しています。
インタビューでは「14回ぐらい学校を転校している」と話しており、各地を転々とした少女時代を過ごしました。
高橋成美の学歴
高橋成美さんは、フィギュアスケートの競技生活と並行しながら、難関校への進学を果たした経歴を持っています。
学歴の面でも注目を集めることが多く、2026年3月放送の「しゃべくり007」では出身校や語学力が大きく取り上げられ、話題になりました。
高橋成美の出身小学校
出身小学校は公表されていません。
インタビューでは「14回ぐらい学校を転校している」と話していた高橋成美さんは、小学4年生の時にお父さんの仕事の都合で中国・北京に移住しています。
高橋成美の出身中学
小学校卒業後も中国の学校に通っていた高橋成美さんは、2年生の時に日本に帰国しました。
そして松戸市立新松戸北中学校を卒業しています。
こちらの学校は松戸市立小金中学校と統合し、閉校しました。
中学時代はスケートが出来る場がなく、学校でも帰国子女の「変わった子」に見られていたためとても辛かったそうです。
高橋成美の出身高校
中学校卒業後は、渋谷教育学園幕張高等学校に進学しました。
偏差値は76で、千葉県内の偏差値ランキング1位とも紹介される超難関校です。
創立からの東大合格者数が全国トップ10入りを果たすなど、進学実績でも全国屈指の学校として知られています。
この学校に進学した背景には、ご両親との約束がありました。
スケートを続けることを条件に、難関校への合格が求められていたのだそうです。
苦手だった勉強に向き合い、塾にも通いながら約3ヶ月間猛勉強して合格を勝ち取ったといいます。
高橋成美の出身大学
高校卒業後は、慶應義塾大学総合政策学部(湘南藤沢キャンパス/SFC)に進学しました。
偏差値70の難関学部で、AO入試の面接が決め手になったと高橋成美さんは語っています。
競技との両立を最優先にしていたため、現役時代は長期間の休学を経験しました。
2026年1月公開のインタビューでは「10年かけて大学を卒業した」と本人が語っており、競技生活と学業を両立した末の卒業だったことがわかります。
7カ国語を習得した語学力
高橋成美さんは、日本語を含む7カ国語を話せることでも知られています。
英語・中国語・韓国語・スペイン語・ロシア語・フランス語の習得は、幼少期の中国・北京への移住や、ペア選手として海外のパートナーとともに活動してきた経歴が背景にあるといわれています。
2026年3月のテレビ出演をきっかけに、この語学力が広く注目を集めました。
クイズ番組では全問正解で1000万円を獲得するなど、多才ぶりを改めて印象づけています。
フィギュアスケート選手としての経歴
高橋成美さんは、3歳でスケートを始めてから12歳までは女子シングルの選手として競技に出場していました。
その後ペアに転向し、日本のフィギュアスケート界で数々の歴史的な記録を残してきました。
ペアに転向したきっかけ
高橋成美さんがペアに転向したきっかけは、フラワーガールとして参加したグランプリシリーズ中国杯での出来事でした。
ある男性から「スケートやっているの?ペア?」と聞かれ、高橋成美さんが「シングル」と答えると、隣にいたペア選手の女の子にだけ「すごいね、期待しているよ」と声をかけられたそうです。
その言葉が悔しくて、負けず嫌いな高橋成美さんはペアへの転向を決意したといいます。
転向後は最初に高瑀さんとペアを組み、その後山田孔明さんとペアを結成しました。
2009〜2010シーズンのJGPトルン杯では自身初の優勝を飾り、日本スケート連盟所属のペアとして史上2組目の優勝を記録しています。
ジュニアグランプリファイナルでは2位となり、当時の日本スケート連盟所属ペアとして史上最高成績を達成しました。
2010年の世界ジュニア選手権でも銀メダルを獲得しています。
世界選手権銅メダルとソチ五輪出場
2010〜2011シーズンは、ジュニアとシニアのグランプリシリーズを掛け持ちするという多忙なシーズンを送りました。
ジュニアグランプリシリーズでは2週連続で2位に入り、ジュニアグランプリファイナルでは日本人ペアとして初の優勝を果たしています。
2011年世界ジュニア選手権でも3位に入賞しました。
マーヴィン・トランさんとのペアでは、2012年世界選手権で銅メダルを獲得しています。
2013年からは木原龍一さんとペアを組み、2014年ソチオリンピックに初出場しました。
団体戦では日本代表として総合5位(SP8位・FS5位)という結果を残しています。
その後、ロシア人のアレクサンドル・ザボエフさんとのペア結成を発表しましたが、資金難により解消となりました。
2016年からは柴田嶺さんとペアを組み、2018年3月に現役を引退しています。
高橋成美が引退した理由
高橋成美さんは2018年3月、フィギュアスケートの現役選手としてのキャリアに幕を下ろしました。
引退のタイミングは平昌オリンピック閉幕後で、自身の意思による決断でした。
心身への負担が積み重なった背景
高橋成美さんが引退を決めた背景には、競技生活を通じて積み重なった心身への負担がありました。
2024年7月公開のインタビューでは、過酷な体重管理の影響により26歳まで生理がこなかったことを本人が明かしています。
また、2012年世界選手権で銅メダルを獲得した後に大きな怪我を負い、その回復に長い時間を要したことも語られています。
平昌オリンピックの出場を逃したことも、引退を考えるきっかけのひとつになりました。
競技を続けるなかで大学にもほとんど通えていなかったことへの思いも、引退の決断に影響していたといいます。
引退後の気持ちの変化
高橋成美さんは引退を自分の意思で決めたものの、「人生で初めて虚無感を味わった」と振り返っています。
一方で、平昌五輪閉幕後に「スケートから卒業したような清々しい気持ち」があったとも語っており、長年の競技生活にひとつの区切りをつけた感覚があったようです。
引退後は休学していた慶應義塾大学に復学し、気持ちを切り替えていったと明かしています。
ネット上では「パートナーとの関係悪化」や「協会との確執」を引退理由に挙げる声もみられますが、本人や日本スケート連盟からの公式な説明はなく、現時点では噂の域を出ません。
公式に語られているのは、心身への負担と、自ら下した決断という点です。
引退後の現在の活動
高橋成美さんは引退後、タレント・解説者・スポーツ行政の担い手として、多方面で活躍しています。
競技者としてのキャリアを土台に、現在はさまざまなフィールドで存在感を発揮しています。
松竹芸能所属でタレント・解説者として活躍
2020年から松竹芸能に所属し、タレントとしての活動をスタートさせました。
松竹芸能にとって初の元オリンピック選手出身の所属タレントで、高橋成美さんは「役者さんになって、いろいろな人の人生を体験したい」と当時の抱負を語っていました。
現在はバラエティ番組への出演が増えており、「踊る!さんま御殿!!」「上田と女が吠える夜」「有吉ゼミ」「相席食堂」など、多くの番組に出演しています。
フィギュアスケートの解説者としても活躍しており、2024年世界フィギュアスケート選手権やミラノ・コルティナ冬季五輪のフィギュアスケート種目でテレビ解説を務めました。
2026年3月放送の「しゃべくり007」では、その学歴や語学力が改めて紹介され、大きな反響を呼んでいます。
また、クイズ番組ではM!LKの曽野舜太さんとのコンビで全問正解し、1000万円を獲得するという快挙も話題になりました。
JOCでの役職と社会活動
高橋成美さんはスポーツ行政の分野でも重要な役割を担っています。
2021年には日本オリンピック委員会(JOC)の理事に最年少で就任しました。
その後、2023年6月からはJOC評議員およびJOCアスリート委員(副委員長)に就任しており、現在はこれらの役職を担っています。
また、日本オリンピアンズ協会(OAJ)の理事としても活動しており、競技の枠を超えてスポーツ界全体への貢献を続けています。
アイスホッケーにも転向しており、2019年5月には昭和大学のクラブチーム「ブルーウィンズ」の一員として活動を始めるなど、スケートへの情熱は引退後も形を変えて続いています。
高橋成美の父親・母親・姉について
高橋成美さんの家族は、競技生活を長年にわたって支えてきた存在です。
インタビューやテレビ出演を通じて、家族とのエピソードが度々紹介されています。
高橋成美の父親
高橋成美さんのお父さんは一般人で、名前や職業などの詳細は公表されていません。
フィギュアスケートの経験者ではないことが明かされています。
高橋成美さんがスケートを続ける条件として「難関校への合格」を求めたのはお父さんだったとされており、渋谷教育学園幕張高校への進学もその約束がきっかけでした。
また、小学4年生のときに仕事の都合で家族を中国・北京に連れていったのもお父さんで、高橋成美さんの多国語習得の素地を作った人物ともいえます。
高橋成美の母親
お母さんも一般人で、フィギュアスケートの経験者ではありません。
幼い頃から高橋成美さんの練習を支え続けてきた存在で、送迎や食事のサポートなど献身的なサポートを続けてきたことがテレビで紹介されています。
練習を長年見続けてきたお母さんは、夢の中で自分がジャンプしているのをよく見るそうで、高橋成美さんに「お母さんでも跳べるのに」と言うこともあるといいます。
高橋成美さんは親孝行エピソードも持っており、お母さんへの感謝としてドッグランを130万円でプレゼントしたことがテレビで明かされ、話題になりました。
高橋成美の兄弟や姉妹
高橋成美さんにはお姉さんがいます。
お姉さんもフィギュアスケートをやっており、高橋成美さんがスケートを始めるきっかけになった人物です。
高橋成美さんとは性格が対照的で、お姉さんは周囲に中々心を開かないタイプだと高橋成美さんが話しています。
テレビ番組での2ショット共演が話題になったこともあり、清楚な雰囲気のお姉さんとのコントラストが印象的だったとネット上でも反応を集めました。
なお、実家の詳細な場所や家族のその他の情報については公表されておらず、ネット上には様々な推測が見られますが、現時点では噂の域を出ません。
まとめ
医師に勧められたことをきっかけにスケートを始めた高橋成美さんは、12歳でペアに転向し、世界選手権銅メダルやソチオリンピック出場という輝かしい実績を残しました。
競技生活では心身に大きな負担を抱えながらも、最後まで第一線で活躍し続けた姿は多くのファンの記憶に刻まれています。
引退後は松竹芸能所属のタレント・解説者として活躍の場を広げながら、JOC評議員やオリンピアンズ協会理事としてスポーツ界への貢献も続けています。
偏差値76の難関校出身・慶應義塾大学卒業・7カ国語習得という学歴・語学力の面でも注目を集めており、競技者としてだけにとどまらない多才さが改めて広く知られるようになっています。
これからも高橋成美さんらしい、幅広いフィールドでの活躍が楽しみです。


