人間国宝と言われるジャズクラリネット奏者の北村英治さんは、どんな経歴なのでしょうか。
今回は、北村英治さんの学歴や経歴などについても調べてみました。
北村英治は人間国宝?
北村英治さんは「人間国宝」と呼ばれることがよくあります。
それはなぜなのでしょうか?
人間国宝というのは俗名で、そう呼ばれる人の多くは文部科学省から認定される重要無形文化財の各個認定の保持者のことを指すことが多いのです。
重要無形文化財は伝統芸能が認定されることがほとんどで、ジャズなどのジャンルでの認定というのはこれまでなく、北村英治さんも重要無形文化財の認定を受けていません。
そのような認定などは受けていませんが、2007年4月に旭日小綬章を受章しています。
北村英治さんが人間国宝と呼ばれるのは、文科省の認定を受けたなどの理由ではなく、世界的な活躍や演奏技術、90歳を超えても活躍していることから、そのように呼ばれているのです。
テレビ東京の『YOUは何しに日本へ?』では、海外から北村英治さんに会うために日本へ訪れた人がインタビューされていました。
これも北村英治さんが人間国宝と呼ばれている所以だと言えますね。
北村英治のプロフィールや経歴
幼い頃からジャズを聞き、ベニー・グッドマンに憧れていました。
慶應義塾大学在学中に南部三郎さんからプロになりバンドへの加入を誘われたことを、慶應義塾商工学校の担任だった池田彌三郎さんに相談します。
給料が当時、サラリーマンの初任給が数千円の時代に月給三万円であることを伝えると、「学校辞めて、プロになっちまえ」という後押しをされて、プロの音楽の世界へ進むことになったのです。
南部三郎さんのバンドを辞め、自分のバンドを組んだのですがマネージャーに出演料を持ち逃げされ、バンドメンバーへの出演料なども払えなくなってしまいました。
そんなところを大橋巨泉さんに助けてもらいます。
当時の大橋巨泉さんは、まだ早稲田大学の学生でありながら銀座のテネシー(ジャズ喫茶)で解説と司会の仕事をしていたのです。
バンドメンバーへの返済が済んだころ、歌手の美空ひばりさんと親しい小野満さんから声をかけられ、「小野満とシックスブラザーズ」を結成し、美空ひばりさんがジャズを歌うときの伴奏を務めました。
世界最大級のジャズの祭典であるモンタレー・ジャズ・フェスティバルに、合計で19回も出演しており、アメリカでの人気があることもこのことからわかります。
この出演をキッカケに、ヨーロッパやオーストラリアなどのジャズの祭典にも呼ばれるようになったのです。
51歳のときに、「生涯現役であるならば音の幅を広げなければ」と一回り年下であるクラシッククラリネット奏者村井祐児さんに師事しています。
音楽以外では、日本テレビの『午後は○○おもいッきりテレビ』のゲストコメンテーターも務めていました。
2007年4月には、旭日小綬章受章しました。
2012年に心筋梗塞で倒れてしまいますが幸いにも一命をとりとめ、その後も健康に音楽活動を続けて、90歳を超えても活躍する姿や海外での功績などを称えて、「人間国宝」と呼ばれています。
銀座スウィングや大阪ロイヤルホース、横浜BarBarBarで、現在も定期的に演奏しており、まさに現役のクラリネット奏者です。
北村英治の年収
北村英治さんは年収を公表していません。
演奏家として活躍している北村英治さんは作曲なども手掛けておりますが、ジャズは歌謡曲などのようにカラオケで歌われるなども少ないので、印税などはなさそうですね。
90歳を超えた今も現役でライブ活動をされているので、数百万円くらいの年収はあることが予想されます。
北村英治の学歴
世界的な活躍をされている北村英治さんは、どんな学生生活だったのでしょうか?
北村英治さんが通った学校について調べてみました。
北村英治の出身小学校
北村英治さんの出身小学校は、渋谷区大向小学校です。
現在は、渋谷区立神南小学校となっています。
神南小学校となる前の大向小学校の所在地は移動した場所で、北村英治さんが通っていた頃の大向小学校は、現在工事中の東急百貨店本店やBunkamuraがあった場所にありました。
北村英治の中学・高校・大学は慶應義塾
北村英治さんは、中学から慶應義塾商工学校に通い、高校は慶應義塾大学予科、大学は慶應義塾大学へと進学しました。
第二次世界大戦は、小学生のころから中学生のころのことです。
クラシック音楽のレコードが家にはたくさんありましたが、世界的なジャズクラリネット奏者のベニー・グッドマンのレコードが一枚だけあり、それを聴いたことがジャズクラリネットを演奏するキッカケになったといいます。
当時はアメリカの音楽を聞くことも禁じられていたため、押し入れの中で汗をびっしょりかきながらレコードを聞いていました。
慶應義塾大学予科に通っていたときの担任は、のちに国文学で有名になる池田彌三郎さんでプロへの道に進む際は背中を押してくれたのでした。
まとめ
『人間国宝』というのは本来は国から認定されるものですが、北村英治さんは多くのジャズファンから人間国宝だと形容されるのは、ただ90歳超えての演奏しているだけでなく、演奏への探究心などの賜物だといえるでしょう。
戦時下でも隠れてレコードを聞くなど、音楽への情熱があるからこそ、今までの活躍を見せてくれているといっても良いのかもしれません。
これからの北村英治さんの活躍にも期待していきたいですね