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奈良岡朋子は結婚していない!若い頃や自宅・交友関係がすごかった!

naraokatomoko_career 女優

多くのドラマ、映画、そして舞台で活躍した奈良岡朋子さんは、どんな人なのでしょうか。

芸能界では多くの俳優や女優らと交流があったそうです。

今回は、そんな奈良岡朋子さんの経歴や結婚、交友関係について調べてみました。

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奈良岡朋子は結婚していないし子供もいない!その理由は?

奈良岡朋子さんは、生涯独身でした。

未婚で出産したこともなく、子供もいません。

結婚しなかった理由の1つが、劇団「民藝」の師匠だった宇野重吉さんから「結婚すると声がぬかみそ臭くなるからするな」と言われたことだったそうです。

奈良岡朋子の若い頃

奈良岡朋子さんの若い頃の姿はこちらです。

とても綺麗ですね。

芸能界に入る前までは「女優になれなかったら医者になろう」と考えていたそうですよ。

奈良岡朋子のプロフィールや経歴

名前:奈良岡朋子
生年月日:1929年12月1日
出身地:東京都
血液型:AB型
身長:158cm

1948年に民衆芸術劇場付属俳優養成所に1期生で入所した奈良岡朋子さんは、同年の『女子寮記』の寮生役が初舞台となり、女優活動をスタートしました。

これまでに舞台以外でも映画『釣りバカ日誌シリーズ』、『半落ち』、大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』、銀河テレビ小説『ひとりごとの時代』などに出演しています。

またNHK連続テレビ小説『おしん』や『おんなは度胸』、『春よ、来い』、『南極大陸』ではナレーションを務め、声の仕事も積極的に行っていました。

そんな奈良岡朋子さんの活動は、芸術祭賞奨励賞、紀伊国屋演劇賞、第8回放送批評家賞、菊田一夫演劇賞、第10回日本映画批評家大賞功労賞、第25回日本アカデミー賞優秀助演女優賞などで評価されています。

奈良岡朋子の所属事務所

奈良岡朋子さんは、「劇団民藝」に在籍していました。

こちらは1950年に設立された劇団で、1959年に法人化し、奈良岡朋子さんが代表取締役を務めていました。

奈良岡朋子の交友関係がすごかった

奈良岡朋子さんは、芸能界での交友関係がとても広い方でした。

八千草薫さん、池内淳子さん、草笛光子さんとはプライベートで「女の会」というグループを結成、若尾文子さん、森光子さんらとの親交も深かったそうです。

また黒柳徹子さんともデビュー時より長期間親交が深いそうで、黒柳徹子さんの冠番組『徹子の部屋』に奈良岡朋子さんも度々出演していました。

美空ひばりや石原裕次郎との関係

奈良岡朋子さんと美空ひばりさんは、大親友でした。

美空ひばりさんのお母さんも公認の仲だったそうですよ。

さらに石原裕次郎さんとも若い頃からの付き合いで、石原裕次郎さんは奈良岡朋子さんを「最も尊敬する女優」と公言していました。

石原裕次郎さんが自身の主演作『太陽にほえろ!』のボス役を勇退した際、奈良岡朋子さんを女ボスにさせたのは石原裕次郎さんの指名だったからと言われています。

吉永小百合とは親子のような関係だった

映画『すぺてが狂ってる』、『父と娘の歌』などで共演した吉永小百合さんと奈良岡朋子さんは、親子のような関係でした。

15歳だった吉永小百合さんが奈良岡朋子さんの娘役を演じたことがきっかけだったようで、吉永小百合さんは「仕事のこともプライベートなことも何でも相談できる、かけがえのないお母さんでした」と明かしています。

大竹しのぶは養女にしたがっていた?

NHKの連続テレビ小説『水色の時』では大竹しのぶさんと共演、奈良岡朋子さんは大竹しのぶさんのことをとても気に入り、実の娘のように接していたそうです。

奈良岡朋子さんは大竹しのぶさんについて「こういう子を養女にもらいたいと思ってた」と発言したこともあるようですが、実際に養子にしたというわけではありません。

まとめ

デビューから女優として走り続けた奈良岡朋子さんは、2023年3月23日に旅立ちました。

これから奈良岡朋子さんの新しい作品を見ることは出来ませんが、過去の作品はこれからも多くの人の心に残り続けていくと思います。

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