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池江璃花子の白血病は治った?完全寛解後の現在とロス五輪で引退といわれる理由

池江璃花子の白血病は治った?完全寛解後の現在とロス五輪で引退といわれる理由 スポーツ

競泳の池江璃花子さんは、2019年2月に急性リンパ性白血病と診断されたことを明かしました。

約10か月の入院治療を経て競技に復帰し、2024年9月には本人が「完全寛解」を報告しています。

では、白血病は治ったと言えるのでしょうか。

2026年の現在はどんな成績を残し、ロス五輪で引退するという話はどこまで本当なのでしょうか。

この記事では、白血病の診断から完全寛解までの歩みと現在の成績、引退について本人が語った言葉を紹介します。

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池江璃花子の白血病は治った?2024年9月に完全寛解を報告

池江璃花子さんは2024年9月25日、自身のInstagramで急性リンパ性白血病の「完全寛解」を報告しました。

投稿は「移植後5年が経ち、本日完全寛解を迎えました!」という言葉で始まっています。

2019年2月に白血病と診断されたことを明かしてから、およそ5年7か月後の報告でした。

完全寛解とは、検査で白血病の異常が見られなくなり、体の機能が回復した状態を指します。

「白血病は治ったの?」という疑問に本人の言葉で答えるなら、「完全寛解を迎えた」ということになります。

報告の中で池江さんは、退院後の生活が想像以上に大変だったことを振り返っています。

退院後にも別の大きな病気を経験し、精神的に苦しい時期もあったそうです。

一方で、この5年の間に2度のオリンピックに出場できたことを喜び、医療関係者や家族への感謝もつづりました。

投稿の最後には、自分に逃げるという選択肢はないとして、これからも全力で競技と向き合う決意が記されています。

モモ
モモ

完全寛解って、完全に治ったってこと?

ナギ
ナギ

本人が使ったのは「完全寛解」という言葉です。「完治」とは少し意味が違うんですよ。

「完治」ではなく「完全寛解」と言われる理由

白血病のような血液のがんでは、医療の現場で「完治」よりも「寛解」という言葉が使われることが多いとされています。

治療によって病気の所見が消えたあとも、長い期間をかけて経過を見守る必要があるためです。

池江さんも、2019年12月に退院した時点ですでに寛解の状態にありました。

その後も通院での治療を続けながら、競技復帰への道を歩んでいます。

2022年12月、退院から3年を迎えた日の投稿では、完全寛解まで「あと2年」と書いていました。

当時の投稿からは、池江さん自身が5年という区切りを強く意識していたことがうかがえます。

一般に、がんの治療では5年という期間がひとつの大きな目安とされています。

そして2024年9月、移植から5年を迎えた日に、池江さんは完全寛解を報告しました。

ネット上では「完治」と表現する記事や投稿に対し、「寛解」と書くべきだと指摘する声も見られます。

完全寛解の報告以降、病状に関する新たな発表は出ていません。

2026年9月現在も、池江さんは日本代表として競技を続けています。

参考:日本経済新聞/池江璃花子公式サイト(退院のご報告)

白血病の診断から完全寛解までの5年7か月

池江璃花子さんが白血病と診断されてから完全寛解を報告するまでには、5年7か月の時間がかかりました。

その間には、入院治療、競技への復帰、2度のオリンピック出場がありました。

主な出来事を時系列で並べると、次のとおりです。

時期出来事出典
2019年2月オーストラリア合宿中に体調を崩し、帰国後の検査で急性リンパ性白血病と診断される。12日に自身のSNSで病気を明かす日テレNEWS
2019年化学療法の途中で合併症を起こし、造血幹細胞移植を受ける公式サイト
2019年12月寛解の状態を保ち、体調も安定したため退院公式サイト
2020年6月ルネサンスの指導体制のもと、水中練習と筋力トレーニングを本格化公式サイト
2020年8月東京都特別水泳大会の50m自由形で、約1年7か月ぶりにレース復帰公式サイト
2021年4月日本選手権で4種目優勝。東京五輪のリレー代表に選ばれる公式サイト
2021年7〜8月東京五輪で3種目に出場公式サイト
2024年7〜8月パリ五輪に出場し、3大会連続のオリンピックに公式サイト
2024年9月25日移植から5年を迎え、完全寛解を報告日本経済新聞

化学療法から造血幹細胞移植へ(2019年2月〜12月)

池江さんが体調の異変を感じたのは、2019年2月のオーストラリア合宿中でした。

帰国後の検査で急性リンパ性白血病と診断され、2月12日に自身のSNSで病気を明かしています。

翌年に東京五輪を控え、メダル候補として大きな期待を集めていた時期の出来事でした。

池江さんはその後の大会への出場を取りやめ、治療に専念します。

入院後、最初に受けたのは化学療法(抗がん剤による治療)でした。

しかし治療中に合併症を起こし、化学療法を続けることが難しくなります。

そこで行われたのが、造血幹細胞移植です。

造血幹細胞移植は、血液のもとになる細胞を移植し、正常な血液を作れる体を取り戻すことを目指す治療とされています。

移植後は寛解の状態を保ち、体調も安定したことから、2019年12月に退院しました。

入院生活は、およそ10か月におよびました。

退院時の発表では、通院治療を続けながら、当面は陸上でのトレーニングを中心に競技復帰を目指すとされていました。

退院から約8か月でレース復帰、東京五輪へ

2020年3月、池江さんは406日ぶりにプールに入りました。

同年6月からは、所属するルネサンスの西崎勇ヘッドコーチらによる指導体制のもと、水中練習と筋力トレーニングを本格的に進めていきます。

そして2020年8月、東京都特別水泳大会の50m自由形に出場しました。

約1年7か月ぶりのレースで、退院からはおよそ8か月後のことでした。

モモ
モモ

退院から8か月で、もうレースに出たの!?

ナギ
ナギ

しかも東京五輪の代表入りは、そこからさらに8か月後です。

2021年4月の日本選手権では、50m・100mの自由形とバタフライの計4種目で優勝しました。

100mバタフライを制した直後のインタビューでは涙を見せ、努力は必ず報われると語っています。

この結果、東京五輪のリレー種目の代表に選ばれました。

東京五輪では3種目に出場し、女子4×100mメドレーリレーでは決勝の舞台に立っています。

2024年にはパリ五輪にも出場し、完全寛解を迎えるまでの5年間で2度のオリンピックを経験しました。

闘病中に報じられたなべおさみとの関係

闘病中の池江さんをめぐっては、タレントのなべおさみさんとの関係が報じられたこともありました。

2019年8月、一時退院中の池江さんがなべさんの自宅を訪れる様子を、週刊誌が伝えています。

なべさんは、手をかざして病気を癒やす力があると周囲に語ってきた人物とされています。

そのため報道では、池江さんが民間療法を受けているのではないかという見方が示されました。

これに対して池江さんの所属事務所は、なべさんとはプライベートでの交流があるとしたうえで、治療はすべて病院で行っており、それ以外の治療は受けていないと回答しています。

当時はネット上でも、民間療法が回復に関わったのではないかと話題になりました。

ただ、公式に示されている治療の経過は、化学療法と造血幹細胞移植という病院での治療です。

参考:FRIDAYデジタル

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池江璃花子の現在は?2026年は日本選手権50mバタフライ6連覇

2026年9月現在、池江璃花子さんは現役の競泳選手として日本代表の舞台で戦っています。

6月の日本選手権では女子50mバタフライで6連覇を達成し、8月のパンパシフィック選手権にも出場しました。

そして9月には、愛知・名古屋アジア大会に日本代表として臨みます。

  • 名前:池江璃花子(いけえ りかこ)
  • 生年月日:2000年7月4日
  • 出身地:東京都江戸川区
  • 身長:172cm
  • 所属:横浜ゴム
  • スイミングクラブ:ルネサンス
  • 種目:自由形・バタフライ
  • 日本記録:個人10種目・リレー6種目の計16種目を保持
  • 学歴:日本大学スポーツ科学部スポーツ学科卒業(2023年)
  • オリンピック:リオ2016・東京2021・パリ2024

所属先の横浜ゴムとは2023年4月からパートナーシップを結び、同社の所属選手として活動しています。

学歴やスポンサーについての詳しい話は、池江璃花子の身長と体重は?淑徳巣鴨高校・日大の学歴や愛車・年収もで紹介しています。

2023年秋からは、オーストラリアのゴールドコーストを拠点に、マイケル・ボールコーチのもとで練習していました。

その後、ボールコーチがパリ五輪後に中国チームの指導を始めたことを受け、練習環境を見直していたとされています。

2025年9月には、練習拠点を日本に戻すことを自身のInstagramで明かしました。

現在は高城直基コーチのもとで練習を積んでいます。

高城コーチのチームには200mの選手が多いなか、50mと100mを専門とする池江さんは、本数を抑える代わりに1本ごとの強度の高さを求められているそうです。

2026年1月には、競技人生や白血病との闘いを描いた初の伝記『池江璃花子』(世界文化社)も刊行されました。

参考:横浜ゴム/JOC/池江璃花子公式サイト

2025年世界水泳から2026年パンパシまでの成績

大会種目結果
2025年3月 日本選手権50mバタフライ優勝(25秒41)
2025年3月 日本選手権50m自由形優勝(24秒91)
2025年3月 日本選手権100mバタフライ2位(57秒53)
2025年7月 世界水泳(シンガポール)50mバタフライ準決勝 全体11位(25秒67)
2025年7月 世界水泳(シンガポール)100mバタフライ準決勝 全体14位(57秒89)
2026年3月 日本選手権50mバタフライ優勝(25秒55)
2026年3月 日本選手権100mバタフライ優勝(57秒49)
2026年3月 日本選手権50m自由形優勝(24秒89)
2026年6月 日本選手権50mバタフライ優勝・6連覇(25秒85)
2026年6月 日本選手権100mバタフライ2位(58秒11)
2026年6月 日本選手権50m自由形全体9位(25秒63)
2026年6月 日本選手権100m自由形全体11位(56秒34)
2026年8月 パンパシ(アーバイン)50mバタフライ決勝6位(25秒96)
2026年8月 パンパシ(アーバイン)50m自由形決勝8位(25秒30)
2026年8月 パンパシ(アーバイン)100mバタフライB決勝3位(59秒03)
2026年8月 パンパシ(アーバイン)混合4×100mメドレーリレー5位(3分46秒10)

参考:江戸川区/池江璃花子公式サイト(世界水泳2025)/池江璃花子公式サイト(日本選手権2026年3月)/池江璃花子公式サイト(日本選手権2026年6月)/池江璃花子公式サイト(パンパシ2026)

国内では、2026年3月の日本選手権で3冠を果たし、6月の日本選手権では50mバタフライで6大会連続の優勝を飾りました。

一方、世界の舞台では、2025年の世界水泳が準決勝どまり、2026年のパンパシは決勝6位という結果でした。

モモ
モモ

6連覇ってことは、今も日本一なんだ!

ナギ
ナギ

50mバタフライでは6大会続けて日本一です。ただ、本人はこの結果に満足していないんです。

6連覇を果たした2026年の日本選手権について、池江さんは種目もタイムも納得できるものは1本もなかったと振り返っています。

それでも棄権せずに全種目を泳いだのは、レースを重ねること自体を強化と考えていたからだそうです。

自由形の2種目はB決勝に回りましたが、自分がどの種目を優先すべきかが見えてきた大会だったとも語りました。

6冠のジャカルタ大会から8年、3度目のアジア大会へ

2018年のジャカルタ大会で、池江さんは個人4種目とリレー2種目の計6種目で金メダルを獲得しました。

日本人として初めての6冠で、大会MVPにも輝いています。

2度目となった2023年の杭州大会では、メダルを2個獲得しました。

3度目の出場となる愛知・名古屋大会は、32年ぶりの日本開催です。

競泳は9月20日から25日まで、東京アクアティクスセンターで行われます。

池江さんがエントリーしているのは、50m自由形と50m・100mバタフライの3種目です。

9月9日の公開練習で、池江さんは自分のレースをしっかりやり、日本選手権などの記録を超えられるレースをしたいと話しました。

自国の観客の前で、恐れずにレースに挑むことが今の自分に必要だとも語っています。

会場がアウェーのような雰囲気になる可能性についても、選手層の厚い中国に存在感を見せるチャンスだと前向きにとらえていました。

一方で、8月のパンパシから期間が短く、しっかりとした強化を積める状況ではないとも明かしています。

そのなかで1日2回の練習やウエートトレーニングを取り入れ、パンパシ前の状態を保ちながらコンディションを上げているそうです。

6月の時点では、アジア大会でメダルを獲得し、2023年の大会より成長した自分を見せたいという目標も口にしていました。

ジャカルタでの6冠から8年、池江さんは今の自分のレースで3度目のアジア大会に臨みます。

参考:TBS NEWS DIG/日刊スポーツ/東スポWEB

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池江璃花子は引退する?ロス五輪を「集大成」と語った言葉

池江璃花子さんは、2026年9月現在も現役を続けています。

引退会見や所属先からの正式な引退発表は、これまで出ていません。

ただし本人は、2028年のロサンゼルス五輪を競技人生の「集大成」と位置づけています。

2019年に白血病で大会出場を取りやめた時期もありましたが、これは治療のための離脱で、引退ではありません。

モモ
モモ

え、もう引退しちゃうの?

ナギ
ナギ

今は現役です。ただ、区切りにする大会は本人の中で見えているようです。

「28歳で引退」を意識していた本人の発言(2025年3月)

パリ五輪を終えた2024年8月、池江さんはロス五輪への強い意欲を口にしていました。

パリでは100mバタフライで準決勝全体12位となり、決勝進出を逃しています。

大会後の取材では、全力で4年間頑張って結果が出なければそれが自分の人生だとしたうえで、ロスで集大成を迎えたいと話しました。

その思いをさらに踏み込んで語ったのが、2025年3月の日本選手権前の取材です。

池江さんは、18歳の頃から、自分は28歳で引退するというイメージがあったと明かしました。

2018年のジャカルタ大会の時には、あと10年水泳を続けるんだと思っていたそうです。

その10年後が、ちょうど2028年のロス五輪にあたります。

一方で同じ取材では、だからといってその先も続けたい気持ちがあるわけではないとも話しています。

区切りをつけたことで、最後に五輪へ行きたいという、これまでにない緊張感が生まれているそうです。

出場できる試合が限られていくなかで、1回1回の試合を大事にしたいという言葉もありました。

「ロス五輪で引退」はどこまで本当?

2025年6月、NHKは関係者への取材として、池江さんがロス五輪を区切りに現役を引退する決意を固めていると報じました。

同じ年の夏のインタビューでは、池江さん自身も、ロス五輪までと決めている自分がいると語っています。

だからこそ、泳げる試合の数も決まってくるなかで、1本1本を大事にしたいと話しました。

もう過去の自分を超えたいとは思っておらず、今の自分と向き合って泳いでいるとも語っています。

ロス五輪を最後の大舞台と考えていることは、本人の言葉からもうかがえます。

ただし、引退会見や所属先による正式な発表は、まだ行われていません。

ネット上では「2028年で引退宣言」「引退を表明」といった見出しの記事も見られますが、本人が会見などで引退を宣言したわけではありません。

引退の理由を「やり切ったから」とする記事もありますが、本人がそう語った報道は見当たりません。

引退をめぐって言われていることと、その出どころは次のとおりです。

言われていること出どころ
ロス五輪で集大成を迎えたい本人の発言(2024年8月・2025年3月)
18歳の頃から28歳で引退するイメージがあった本人の発言(2025年3月)
ロス五輪を区切りに引退する決意を固めているNHKの報道(2025年6月、関係者への取材)
ロス五輪までと決めている自分がいる本人の発言(2025年夏のインタビュー)
2028年での引退を宣言・表明したネット上の記事。引退会見や正式な発表はない
引退の理由は「やり切ったから」ネット上の記事。本人がそう語った報道は見当たらない

公式プロフィールには、4大会連続のオリンピック出場に向けてトレーニングしていると記されています。

ロス五輪の舞台に立つには、まず代表の座をつかむ必要があります。

白血病を乗り越えて泳ぎ続ける池江さんは、自分で決めた区切りに向かって、1本1本のレースを積み重ねています。

参考:時事通信/スポーツ報知/NHK/Olympics.com/池江璃花子公式サイト

まとめ

この記事で紹介した池江璃花子さんの白血病と現在、引退についてのポイントは次のとおりです。

  • 白血病:2019年2月に急性リンパ性白血病と診断され、2024年9月25日に本人が「完全寛解」を報告しました。
  • 治療と復帰:化学療法と造血幹細胞移植を経て2019年12月に退院し、2020年8月にレースへ復帰しました。
  • 現在:2026年6月の日本選手権で50mバタフライ6連覇を果たし、9月の愛知・名古屋アジア大会に日本代表として臨みます。
  • 引退:本人は2028年のロス五輪を「集大成」と語り、NHKも同大会を区切りに引退する決意を固めていると報じていますが、正式な発表はまだありません。

診断から完全寛解まで5年7か月をかけて病気と向き合い、池江さんは今も日本代表の舞台で泳いでいます。

3度目のアジア大会、そしてロス五輪へ向かう池江さんの泳ぎを、これからも応援していきましょう。

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