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福永祐一の家系図や父親がすごい!実家や母親と兄弟など家族構成も

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2023年2月に27年の騎手生活から引退した福永祐一さんは、家族も凄い方ばかりでした。

両親や親戚、そして兄弟はどんな人なのでしょうか。

今回は、福永祐一さんの家族について調べてみました。

福永祐一の家系図がすごい!

福永祐一さんは、競馬一家で生まれ育ちました。

お父さんは現役時代「天才」と呼ばれた元騎手の福永洋一さんで、叔父さんには元調教師の福永甲さん、福永二三雄さん、元騎手の福永尚武さん、北村卓士さん、そして義従兄に調教師の福永敏さんがいます。

2013年には元フジテレビアナウンサーの松尾翠アナと結婚しており、血縁関係はありませんが松尾翠アナのお父さんは元陸上自衛隊自衛官の松尾幸弘さん(現・東芝顧問)です。

福永祐一の父親は福永洋一

福永祐一さんのお父さんは、元騎手の福永洋一さんです。

福永洋一さんは、1968年3月2日の京都第2競走・4歳未勝利で初騎乗し、2週間後の同17日の京都第3競走・4歳未勝利で初勝利を挙げました。

1970年に初めてリーディングジョッキーの座を獲得したものの、1979年の落馬事故がきっかけでリハビリ生活を送るようになり1981年に騎手を引退しました。

福永祐一さんは2020年4月19日に中山競馬場で行われた第80回皐月賞を1番人気コントレイルで優勝しており、お父さんとの皐月賞父子勝利、史上11人目の5大クラシック完全制覇、世代限定JRAGI完全制覇を達成しています。

福永祐一の叔父は調教師

福永祐一さんの叔父さんは、元調教師の福永甲さんと福永二三雄さんです。

福永甲さんは、1961年に騎手デビュー、騎手としては通算1914戦140勝を挙げました。

調教師免許を1978年に取得とともに、栗東トレーニングセンターに厩舎を開業、2010年2月28日付で定年を迎え、調教師を引退しています。

福永二三雄さんは、地方競馬で騎手デビュー、1980年から調教師に転身し、南関東の中堅調教師として活躍、カウンテスアップやイナリワンなどを管理していました。

しかし2005年に肝不全のため亡くなっています。

福永祐一の実家

福永祐一さんは、滋賀県栗太郡栗東町(現・栗東市)出身です。

実家の詳しい場所は公開されていませんが、隣は騎手の武豊さんの実家なんだそうですよ。

福永祐一の生い立ち

1976年12月9日に誕生した福永祐一さんは、競馬にまったく興味を示さない少年でした。

小学生の時には乗馬クラブ「スポーツ少年団」の一員になるも、当時はサッカーを優先して1年ほどで辞めています。

そんな福永祐一さんでしたが、中学2年生の時に学校で行われた進路相談の中で、騎手という選択肢が自分の生で芽生えました。

幼馴染の武豊さんの影響と、「“福永洋一の息子”というのは大きなアドバンテージ。この境遇を活かすことなく違う道に進んでしまったら、きっと後悔するんだろうな」という思いがあったからだそうです。

お母さんには猛反対されたものの、その後競馬学校に通い、1996年に北橋修二厩舎でデビューしました。

福永祐一の母親

福永祐一さんのお母さんは、福永裕美子さんです。

お母さんは一般人ですが、福永祐一さんの騎手引退の時にはお父さんと共に駆け付けました。

初めは反対していたものの、福永祐一さんの活躍はずっと応援してくれていたようです。

福永祐一の兄弟や姉妹

福永祐一さんには、妹さんがいます。

妹さんは福永妃呂己さんと言い、一般人のため情報はほとんど公開されていませんが、TCC Japanの代表取締役の山本高之さんと結婚しました。

まとめ

幼い頃は競馬には興味がなかった福永祐一さんですが、恵まれた環境が「騎手・福永祐一」を作っていきました。

これからも調教師として競馬界を盛り上げてほしいですね。

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