「まーきのっ!」のネタで一躍ブレイクしたおばたのお兄さん。
今ではピン芸人としておなじみですが、じつはもともとコンビ芸人として活動していた時期があるんです。
「元相方ってどんな人?」「なぜピンに?」と気になる方も多いのではないでしょうか。
また、意外と知られていない本名や学歴、そして芸人としての収入事情にも注目が集まっています。
この記事では、おばたのお兄さんのこれまでの歩みや現在の活躍ぶりを、年収・出身高校や大学・元相方との関係など、多角的に掘り下げてご紹介します。
読み進めるうちに、「そんな一面もあったんだ!」と新たな発見があるかもしれません。
どうぞ最後までお楽しみください。
おばたのお兄さんの年収
おばたのお兄さんの具体的な年収は、公的には明かされていません。
しかし、ご本人が過去にYouTube動画の中で“ある独特な表現”を使って月収を示唆しており、それをヒントに大まかな収入のイメージが浮かび上がってきます。
2023年2月に公開された動画では、「高校野球の県大会ベスト8に進出する公立高校のエースが投げるストレートの球速くらい」と月収を表現していました。
このユニークな比喩を一般的な球速(時速135〜145km/h)と照らし合わせると、おおよそ月収135万円から145万円前後と読み取ることができます。
年間に換算すれば、単純計算でも1600万円〜1700万円ほどになる計算です。
もちろんこれはあくまでも一時点の月収をもとにした概算であり、テレビや舞台の出演本数、企業案件、SNSでの広告収入などによって変動する可能性があります。
ただし、この月収を明かした以降に特筆すべきスキャンダルや活動休止などは報じられておらず、比較的安定した活動を続けていることから、一定の収入は維持されていると考えられるでしょう。
また、芸人として駆け出しだった頃の月収もご本人が明かしており、当時は「月収4,580円」だったといいます。
厳しい下積み時代を経て、現在のようにメディア出演やイベント、SNS活動など多方面で活躍するようになるまでには、並々ならぬ努力と継続があったことがうかがえます。
さらに注目すべきは、収入の柱がテレビ出演だけにとどまらない点です。
おばたさんは、TikTokやInstagram、YouTubeなど複数のSNSプラットフォームでも積極的に活動しており、そこでの再生数やフォロワー数は一定の影響力を持っています。
特に芸人がインフルエンサーとしても活躍する近年の傾向を踏まえると、これらの収益も年収にしっかり反映されている可能性が高いといえそうです。
一方で、配偶者である山崎夕貴アナウンサーとの世帯収入という視点でも注目されることが多く、夫婦そろってテレビ業界で安定したキャリアを築いていることから、生活基盤は非常に堅実であると推測されます。
芸能人の年収は時に景気や人気の波に左右されやすいですが、おばたさんの場合は芸人としてのポジションに加え、SNSや夫婦の好感度など複数の要素がバランスよく影響している点が特徴的です。
今後もテレビ、ネット、イベントなど多方面での露出が続くかぎり、その年収も安定的に推移していくのではないでしょうか。
これまでのキャリアと現在の活動をふまえると、芸能界で着実な歩みを続ける存在として信頼感のあるポジションを築いているように感じられます。
おばたのお兄さんの本名は?
おばたのお兄さんの本名は、「小幡和貴(おばた かずき)」さんです。
現在の芸名はかなりインパクトがありますが、実は芸人としての初期には本名をそのまま平仮名にした「おばたかずき」という名前で活動していた時期もありました。
しかし、この芸名はほどなくして「おばたのお兄さん」へと変更されることになります。
この改名の背景には、ある食事会の席でのエピソードが関係しています。
芸名を考えるきっかけとなったのは、お笑いトリオ「ジャングルポケット」の太田博久さんが開いたホームパーティーでした。
この会には、モデルの近藤千尋さんをはじめとする複数の芸人やタレントが同席していたそうです。
和気あいあいとした雰囲気の中で、当時まだピン芸人としてのキャラクターが定まっていなかった小幡さんに、みんなで芸名をつけてあげようという流れになったのだとか。
その中で、「体操のお兄さんっぽい」「爽やかで親しみやすい」「スポーツが得意そう」といった印象から、近藤千尋さんが「“おばたのお兄さん”ってどう?」と提案。
その案がその場にいた全員にしっくりきて、満場一致で決定したというエピソードが語られています。
このネーミングには、おばたさん自身の雰囲気や持ち味が自然と反映されていますよね。
実際、「まーきのっ!」で知られるようになったモノマネネタも、どこか体操のお兄さんを彷彿とさせるような軽やかさと清潔感があり、芸名との親和性も高いです。
また、「おばたのお兄さん」という芸名は、一度聞いたら忘れにくいユニークさがあり、SNSやテレビでも覚えてもらいやすいというメリットがあります。
芸人にとって“名前の印象”は大きな武器になるため、この改名は結果としてキャリアの追い風になったといえるでしょう。
さらに興味深いのは、この芸名が誕生したのが親しい仲間内での自然なやりとりの中だったという点です。
売れたい一心で戦略的に考え抜かれたものというよりも、「らしさ」を大事にした発想から生まれたことが伝わってきます。
現在では「おばたのお兄さん」という名前がすっかり定着し、ピン芸人としてのキャラクターもしっかり築かれていますが、そのルーツにはこうした人とのつながりと温かいやりとりがあったというのは、少しほっこりするエピソードかもしれませんね。
元相方はレインボー池田直人で解散した理由は?
前は「ひので」というコンビだったのよ、このお2人。
— プリンセスSANA (@xTxWxIxCxEx) January 3, 2018
おばたのお兄さんとレインボー池田くん👀 pic.twitter.com/NhnNPDkRKv
おばたのお兄さんがピン芸人として活動する以前、実はコンビ芸人としてデビューしていたことをご存じでしょうか。
その相方が、現在「レインボー」で活躍している池田直人さんです。
2人の出会いは、吉本興業の養成所・NSCに入学した直後の「相方探しの会」。
ここで意気投合し、2013年にコンビ「ひので」を結成しました。活動拠点は主に無限大ホールで、当時から舞台での立ち回りに定評があり、結成1年目で早くも劇場の上位層に食い込むほどの実力を見せていたようです。
「ひので」としての活動期間中には、『激辛グルメカップ』や『お笑いバトルコロシアム2014』といったイベントで優勝するなど、実績もしっかりと残しています。
芸人としてのスタートダッシュは順調に見えましたが、2016年1月31日をもってコンビは解散という道を選びました。
気になる解散の理由は、意外にもシンプルで「不仲」とされています。
どちらか一方の活動や考え方に偏りがあったというよりも、徐々にお互いの方向性や価値観にズレが生じ、修復が難しくなっていったのかもしれませんね。
解散後は長らく言葉を交わすこともなく、関係は完全に途絶えていたようです。
ただし、最近になってようやく会話を交わせるようになり、目を合わせることもできるようになったという報告もありました。
時間が経つことで、芸人としての立場や環境が変化し、それぞれの活躍を素直に認め合えるようになったのかもしれません。
一方、相方だった池田直人さんはコンビ解散後、ジャンボたかおさんと新コンビ「レインボー」を結成。
その後の活躍はめざましく、2018年には『ぐるナイ おもしろ荘 若手にチャンスを頂戴 今年も誰か売れてSP』で優勝し、一気にブレイクを果たしました。
現在では“演技力のある芸人”としても注目され、バラエティやドラマなど活躍の場を広げています。
こうして見ると、かつて一緒に歩んでいた二人がそれぞれの道で確かな成果を上げているというのは、とても興味深いですよね。
解散という選択があったからこそ、それぞれの個性や可能性がより輝く道が開けたともいえるでしょう。
芸人同士のコンビ解散は珍しくありませんが、おばたのお兄さんと池田直人さんの場合、それぞれが別の形で才能を開花させている点がとても印象的です。
今後、どこかの番組で2人が共演する日が来るかもしれません。
そのときには、かつてのコンビ時代や解散の裏側について、また違った視点から語られる場面もあるかもしれませんね。
おばたのお兄さんの学歴
おばたのお兄さんは、学生時代を通して運動に打ち込み続けてきた“文武両道型”の経歴を持つ芸人です。
小学校時代から多彩なスポーツを経験し、特に野球には並々ならぬ情熱を注いできたようです。
ここでは、おばたさんが歩んできた学歴について、小学校から大学までを詳しくご紹介します。
おばたのお兄さんの出身小学校
おばたのお兄さんは、魚沼市立小出小学校出身です。
雪深い地域として知られるこの地で、小学生の頃から非常に活発な毎日を送っていたようです。
特に注目されるのは、スポーツの多才さ。野球、剣道、アルペンスキー、水泳といった複数の競技を経験し、なかでも剣道では全国大会への出場歴があります。
また、アルペンスキーでは新潟県内の「強化指定選手」に選ばれた実績もあり、その運動神経の良さは当時から際立っていたようです。
これほど幅広くスポーツに取り組めた背景には、ご両親のサポートや、地域の自然環境などが大きく影響していたのかもしれませんね。
おばたのお兄さんの出身中学
小学校卒業後は、魚沼市立小出中学校に進学しました。
中学時代には部活動として硬式野球部に所属し、ここから野球に本格的に打ち込むようになります。
プロ野球選手を本気で目指していたという話もあり、その当時の意気込みは相当なものだったようです。
小学生時代のスポーツ経験が基礎となり、中学では野球一本に集中して技術を磨いていったという流れが伺えます。
部活漬けの日々の中で培った集中力や忍耐力は、のちに芸人として舞台に立つ際にも大きな支えになったのではないでしょうか。
おばたのお兄さんの出身高校
中学校卒業後は、新潟県立小出高等学校に進学しました。
この学校の偏差値はおよそ43とされています。地域に根差した伝統校として知られ、部活動にも力を入れている学校です。
おばたさんはここでも硬式野球部に所属し、ポジションはショートストップ(遊撃手)。
さらに、キャプテンも務めていたとのことで、チームを引っ張るリーダー的存在だったことがうかがえます。
キャプテンとしての経験は、協調性や人との信頼関係の築き方など、芸人という職業にも通じるスキルを養う貴重な時間だったのかもしれませんね。
おばたのお兄さんの出身大学
高校卒業後は、日本体育大学に進学しました。
体育学部に在籍しており、偏差値は35〜48程度とされています。
芸人になる前は、体育教師や消防士といった道を考えていたそうで、堅実な将来設計を持っていたことが伝わってきます。
大学ではラクロス部に所属し、ポジションはゴールキーパー。
ラクロスという競技は日本ではまだそれほどメジャーではないものの、俊敏性と反応速度が求められるゴールキーパーというポジションを選んだあたりに、スポーツへの探究心やチャレンジ精神が感じられます。
この時期には舞台に立つような活動はまだしていなかったようですが、さまざまな運動経験を経て身体表現や発声の基礎が自然と育まれていたのかもしれません。
おばたのお兄さんの学歴を見ていくと、学生時代を通じてスポーツと真摯に向き合ってきた姿勢が印象的です。
多くの競技を経験し、仲間と切磋琢磨しながら積み重ねてきた経験は、今の明るく親しみやすい芸風にもつながっているように感じられます。
おばたのお兄さんのプロフィールや経歴
4:00 サウナロケ開始
— おばたのお兄さん 写真集『バースデー』発売 (@hinode_obt) October 16, 2023
5:15 1箇所目終了
6:30 ロケ再会
さすがに初めてすぎるスケジューリングですin熊本
今日は一日中阿蘇のあたりをウロウロしています pic.twitter.com/uiC1kIiF2Z
名前:おばたのお兄さん
生年月日:1988年6月5日
出身地:新潟県
血液型:B型
身長:166cm
所属事務所:吉本興業
素人時代にも『R-1グランプリ』に出場したことがあるおばたのお兄さんは、24歳で吉本総合芸能学院に東京18期生として入学し活動をスタートしました。
『R-1ぐらんぷり2015』では、「体育くん」名義で出場し1回戦を突破しています。
その後ピン芸人に転身し、俳優の小栗旬さんのものまねでブレイク、2018年には「吉本坂46」のメンバーにも選ばれました。
ドラマ『来世ではちゃんとします』や『弁護士ソドム』、舞台『千と千尋の神隠し』など俳優としても活動しています。
さらにスポーツ経験者というのを生かし、2018年9月に自身が代表を務め、選手全員がお笑い芸人の軟式草野球チーム「GATTIN」を結成、2020年には「ラクロス応援団長」に就任しました。
2023年2月3日に軽井沢プリンスホテルスキー場大回転競技大会の39歳までのレギュラーの部に出場し5位に入賞、同年3月5日には全日本マスターズスキー選手権で3位の銅メダルを獲得しています。
まとめ
学生時代からさまざまなスポーツに打ち込み、野球やラクロスを通して培った努力と粘り強さ。
そんな経験を土台に、おばたのお兄さんは芸人としての道を歩み始めました。
コンビ「ひので」での活動を経てピンに転向し、「まーきのっ!」のモノマネで一躍注目を集めたあとは、バラエティだけでなく俳優やスポーツキャスターとしても幅広く活躍しています。
本名や学歴、そして元相方である池田直人さんとの関係など、これまでの歩みをたどってみると、ユニークでありながらも芯のある人柄が伝わってきますよね。
今後もおばたさんならではの爽やかさと親しみやすさで、さらなる活躍が期待されそうです。
気になる方はぜひ、過去の出演作やSNSもチェックしてみてくださいね。
