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綾小路きみまろの全盛期や今の年収は?本名や事務所・ビートたけしとの関係も

ayanokojikimimaro_career お笑い芸人

漫談家としてデビューしてから30年もの間下積み生活を送り、2002年にリリースした漫談CD・カセットテープをきっかけにブレイクした綾小路きみまろさんですが、全盛期の年収が凄いと話題になっています。

現在はどのくらいの稼ぎがあるのかも気になりますね。

今回は、綾小路きみまろさんの経歴や年収、ビートたけしさんとの関係などについて調べてみました。

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綾小路きみまろの全盛期の年収がすごい?

綾小路きみまろさんは、2002年~2003年頃にブレイクしました。

全盛期は漫談家としての公演が年間120本ほどあったそうです。

そのため年収も億越えで、2003年には高額納税者リストにランクインしていました。

綾小路きみまろさん自身が年収を明かしたことはありませんが、推定年収は4億1073万円と言われています。

綾小路きみまろの現在の年収は?

綾小路きみまろさんの現在の年収は公表されていません。

今は高額納税者リストも公開されていないため推定年収も不明です。

人気が落ち着いてからはテレビで見かけることも減ったとは言え今も公演を行い、『綾小路きみまろTV』という冠番組も持っています。

そのため年収は数千万以上になるのではないかと思われます。

綾小路きみまろのプロフィールや経歴

名前:綾小路きみまろ
生年月日:1950年12月9日
出身地:鹿児島県
血液型:O型
身長:165cm

大学時代からキャバレーで司会を担当していた綾小路きみまろさんは、1979年に司会業を辞めて漫談家としてデビューしました。

デビュー後は森進一さん、小林幸子さん、伍代夏子さんらのコンサートの司会を務めるなどし、この頃からサービスエリアで休息中の観光バスに自作の漫談テープを配布していたそうです。

1993年には「きみまろ」名義で『ねぇ、聞いてんの!〜中高年悲哀物語〜』でCDデビュー、翌年にはドラマ 『はぐれ刑事純情派』の第18話「みちのく温泉郷白い手袋の女」に、殺害された芸能プロダクション会社の社長役で出演しています。

そして2002年の漫談CD・カセットテープ『爆笑スーパーライブ第1弾! 中高年に愛をこめて…』のリリースをきっかけにブレイク、第41回ゴールデン・アロー賞「話題賞」や第47回日本レコード大賞「企画賞」を受賞しました。

『NHK紅白歌合戦』などのテレビ番組にも引っ張りだこになり、2014年にはテレビ大阪の『綾小路きみまろの人生ひまつぶし』で初のレギュラー冠番組で司会に抜擢されました。

綾小路きみまろの本名

綾小路きみまろさんの本名は、「假屋 美尋 (かりや よしひろ)」さんと言います。

芸名はポール牧さんがコントで使っていた架空の名前を無断で借用していたそうで、後にポール牧さん本人から使用の許可をもらっています。

下積み時代には1年間だけ「山本一貴」と芸名を変えたり、本名をもじった「狩屋きみまろ」と名乗ったこともあったそうですよ。

綾小路きみまろの所属事務所

綾小路きみまろさんの所属事務所は、個人事務所です。

2020年には事務所を引っ越し、都内の一軒家に構えたと週刊誌が報じていました。

レーベルは「テイチクエンタテインメント」で、CDやグッズ販売などを行っています。

綾小路きみまろとビートたけしの関係

綾小路きみまろさんとビートたけしさんは、2015年の『綾小路きみまろのキミに逢いたい!』で初共演しました。

しかしこの時が初対面ではなく、若い頃からの顔見知りで、漫談と漫才というジャンルの違いはあるものの共に芸能界を生き抜いたほぼ同世代(ビートたけしさんが4歳上)の盟友なんだそうです。

ビートたけしさんは漫才ですぐにブレイクしており、綾小路きみまろさんにとってビートたけしさんは憧れの存在でした。

初共演した番組では綾小路きみまろさんが売れていなかった頃もビートたけしさんは常に気にかけていたこと、今回番組で共演できたことが嬉しかったことなどが判明すると、綾小路きみまろさんは号泣していました。

さらに2018年には「第18回ビートたけしのエンターテインメント賞」で綾小路きみまろさんが日本芸能大賞を受賞、ビートたけしさんとのツーショットを公開しています。

まとめ

長く下積み生活を送っていた綾小路きみまろさんは、ブレイクから落ち着いた今も中高生のアイドルとして漫談家の活動を続けています。

これからも健康を第一に、全国のファンを楽しませてほしいですね。

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