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嶋大輔の若い頃はライブマンで元ヤン!代表作・事務所や年収も調査

嶋大輔の若い頃はライブマンで元ヤン!代表作・事務所や年収も調査 俳優

嶋大輔さんといえば、1980年代に「ツッパリアイドル」として一世を風靡し、強烈な存在感で時代を象徴した人物ですよね。

横浜銀蝿の弟分としてデビューし、代表曲「男の勲章」で一気にブレイク。

その後は俳優としても活躍し、超獣戦隊ライブマンのレッドファルコン役は、今も多くのファンの記憶に残っています。

一方で、芸能界引退や生活の変化など、決して順風満帆だけではない時期も経験してきました。

この記事では、嶋大輔さんの若い頃のエピソード、代表作「男の勲章」、ライブマン出演、所属事務所や年収の考え方までを、一次情報をもとに整理しながら、”今どういう立ち位置にいるのか”が分かるようにまとめています。

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嶋大輔はヤンキーでデビュー

嶋大輔さんといえば、やっぱり最初に思い浮かぶのが「ツッパリ(不良)キャラでデビューした人」という強烈な印象ですよね。

実際、嶋大輔さんは1980年代の空気感のど真ん中で、”ヤンキー文化の象徴”みたいな存在として一気に名前が広がっていきました。

※このあたりは当時の本人エピソードが、後年の取材でも語られています。(出典:SmartFLASH)

デビューの流れとしては、横浜銀蝿さん周辺のつながりから声がかかったという文脈で語られることが多く、そこに嶋大輔さんの「リーゼント」「ツッパリファッション」がハマって、わかりやすく”絵になる存在”になったんですよね。

この時代って、きれいめアイドルだけじゃなくて、少し危ういカリスマがウケる土壌があったので、「キャラを作った」というより時代が呼んだ感じが強いです。

しかも面白いのが、嶋大輔さんの場合「武勇伝を盛って終わり」にならず、あとから本人が当時を振り返るときも、わりと淡々としたテンションで語ることがあるところ。

たとえば学生時代の”やんちゃ”についても、動画などで本人が触れていて、話の中心は「自分はこうだった」より、当時の空気の中でそうなっていったというトーンに寄っています。

(出典:YouTube)

そしてもう一つ、ここは押さえておきたいポイントなんですが、嶋大輔さんは兵庫県西宮市出身としてプロフィールが整理されている一方で、活動拠点やイメージは「横浜」の色が濃いんですよね。

この”出身=兵庫/カルチャー=横浜”の組み合わせが、結果的に嶋大輔さんの独特な存在感につながった…という見方もできます。

(出典:Wikipedia、YMN)

読者目線で言うと、「結局、ヤンキーで売った人でしょ?」で終わりがちなんですが、実はここがスタート地点で、後に俳優として印象をガラッと変えていく土台にもなっていきます。

その”転換の象徴”が、次の見出しで触れる『超獣戦隊ライブマン』なんですよね。

嶋大輔の若い頃は戦隊ヒーローのライブマン!

「ツッパリ系アイドル」という強烈なイメージが定着していた嶋大輔さんにとって、世間の見方が大きく変わるきっかけになったのが、1988年放送開始のスーパー戦隊シリーズ超獣戦隊ライブマン でした。

嶋大輔さんが演じたのは、主人公・レッドファルコン(天宮勇介)。

この配役は、当時としてはかなり意外性があったと言われています。

というのも、ライブマンはそれまでの戦隊シリーズと比べて、物語のトーンがやや重く、シリアス寄りだったんですよね。

そんな作品の中心に、”元ツッパリアイドル”の嶋大輔さんが立ったことで、「ちゃんと演じ切れるのか?」という目で見られていたのも事実です。

ただ、放送が始まってみると、その空気は少しずつ変わっていきました。

レッドファルコン役がハマった理由

ライブマンの主人公は、仲間を失った過去を背負いながら戦うという設定。

明るさ一辺倒ではなく、どこか影を感じさせる人物像でした。

ここに、嶋大輔さんの持っていた

  • 目つきの鋭さ
  • まっすぐすぎる物言い
  • 若い頃の荒れた経験をにじませる雰囲気

が、結果的にうまく噛み合ったんですよね。

後年の特撮ファンの間でも、「ライブマンは戦隊シリーズの中でも異色」「レッドファルコンは印象に残る主人公」と語られることが多く、嶋大輔さんの代表的な役として定着しています(作品データ:全49話/1988年2月〜1989年2月放送|Wikipedia)。

主演+主題歌という”珍しい立ち位置”

もう一つ、ライブマン時代の嶋大輔さんで外せないのが、主演俳優でありながら、主題歌も担当していたという点です。

これは当時としてはかなり珍しく、戦隊シリーズの歴史の中でも、「俳優がそのまま主題歌を歌う」というケースは多くありませんでした。

つまりライブマン期の嶋大輔さんは、

  • 物語の中心人物
  • 作品の”顔”としての歌声

この両方を背負っていたわけです。

ツッパリ路線でデビューした歌手が、数年後には子ども向け番組のヒーローとして、しかも真面目で責任感のある主人公を演じている。

このギャップが、当時の視聴者にも強く印象づけられました。

「昭和最後の戦隊」として残った存在感

ライブマンは、結果的に昭和最後に放送されたスーパー戦隊シリーズとしても知られています。

その節目の作品で、嶋大輔さんが主人公を演じていたこともあり、ライブマン=嶋大輔、というイメージは今も根強いですよね。

アイドル、ツッパリ、歌手、そして戦隊ヒーロー。

この振り幅の大きさが、嶋大輔さんという人物を”一発屋”で終わらせなかった理由の一つなのかもしれません。

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嶋大輔の代表作

*嶋大輔さんの代表作といえば、やはり真っ先に名前が挙がるのは超獣戦隊ライブマンですが、実はそれ以外の場面でも、何度か”再発見”されてきた人なんですよね。

特撮ファンの記憶に強く残る一方で、一般層に再び知られるきっかけになったのが、2000年代に入ってからのドラマやバラエティ出演でした。

ドラマで見せた「意外とハマる」存在感

ドラマ作品では、木更津キャッツアイへの出演が印象に残っている人も多いのではないでしょうか。

作品自体が独特のテンポと世界観を持っていたこともあり、嶋大輔さんの少しクセのある佇まいが、不思議と作品の空気に馴染んでいたんですよね。

いわゆる”主役級俳優”として前に出るというより、そこにいるだけで場の雰囲気が締まる。

そんな立ち位置での評価が増えていった時期でもあります。

バラエティで再注目された「ツッパリ枠」

もう一つ外せないのが、めちゃ²イケてるッ!の人気コーナー「数取団」への出演です。

ここでは、かつてのツッパリキャラを”そのまま引きずる”のではなく、少し笑いに変換された形で登場していました。

当時を知る世代にとっては「懐かしい!」若い世代にとっては「なんか強烈な人が出てきた」そんな受け止められ方をしていたのが印象的です。

この頃から、嶋大輔さんは

  • 昔のイメージを否定しない
  • でも、それに縛られすぎない

という距離感で、自分の立ち位置を作っていったように見えます。

「代表作が一つに固定されない」強み

嶋大輔さんの面白いところは、代表作が一つに固定されていない点かもしれません。

  • 特撮ファンには「ライブマン」
  • ドラマ好きには「木更津キャッツアイ」
  • バラエティ視聴者には「数取団」

見る人の世代や入口によって、”代表作”が少しずつ変わるんですよね。

これは、どれか一つに全振りしていたら生まれにくい評価です。

若い頃の強烈なキャラクターを持ちながら、年齢を重ねる中で、そのキャラを「消さずに形を変えてきた」この積み重ねが、嶋大輔さんを長く記憶に残る存在にしているのかもしれません。

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嶋大輔の代表曲は男の勲章

嶋大輔さんの名前を聞いて、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが男の勲章ではないでしょうか。

1982年にリリースされたこの楽曲は、当時のツッパリ・ヤンキー文化を象徴する一曲として大ヒット。

気合とノリ、そして少し危うさを含んだ空気感が、10代・20代の若者たちの心を一気につかみました。

「男の勲章」はなぜここまで残ったのか

当時はツッパリ系の楽曲やアイドルも数多く存在していましたが、その中で「男の勲章」だけが、ここまで長く語り継がれているのは偶然ではありません。

理由の一つは、嶋大輔さん自身がこの曲を自分の分身のように背負ってきたからだと思われます。

インタビューなどでも、この曲を「恩曲」と表現しており、売れたから距離を置く、という選択をしていないんですよね。

歌うたびに「当時の自分」「ツッパリとして生きていた感覚」を、そのまま肯定しているようにも見えます。

ライブ中の”事件”が伝説になった理由

「男の勲章」には、いわゆる”武勇伝”として語られるエピソードも残っています。

本人のインタビューによると、ライブ中に観客席から物が投げ込まれ、流血するほどの事態になったこともあったそうです(SmartFLASH 取材より)。

それでもステージを降りず、歌い切ったという話は、良くも悪くも「男の勲章」という曲のイメージを決定づける出来事になりました。

もちろん、今の感覚で見れば決して美談だけではありませんが、当時の空気感をリアルに映しているエピソードではあります。

『今日から俺は!!』で再び火がついた

そして2018年、この曲は思わぬ形で再び脚光を浴びます。

ドラマ今日から俺は!!の主題歌として使用されたことで、「男の勲章」は若い世代にも一気に広がりました。

オリコンニュースによると、この影響でオリジナル版が週間カラオケランキングでTOP5入りするなど、”リバイバルヒット”と呼べる動きを見せています(ORICON NEWS|2018-12-28)。

親世代が懐かしみ、子ども世代が新鮮に受け取る。

この世代をまたぐ再評価は、曲そのものの強さを物語っていますよね。

嶋大輔にとって「男の勲章」とは何か

「男の勲章」は、嶋大輔さんにとって単なるヒット曲ではありません。

  • ツッパリだった若い頃
  • スターとして注目された時代
  • 挫折や空白期間を経た後

どの時期においても、この曲は”切り離せない存在”として残っています。

だからこそ、時代が変わっても、聴く側の世代が変わっても、不思議と色あせないのかもしれませんね。

嶋大輔のプロフィールや経歴

嶋大輔さんは、1980年代のツッパリ文化を象徴する存在として知られていますが、その歩みをあらためて整理してみると、かなり波のあるキャリアだったことが分かります。

本名:森島裕文(もりしま ひろふみ)
生年月日:1964年5月22日
出身地:兵庫県西宮市
職業:俳優、歌手、タレント
身長:183cm
血液型:B型
デビュー:1981年、横浜銀蝿の弟分として音楽デビュー

このあたりは、Wikipediaや所属事務所プロフィールでも確認できる情報ですね(Wikipedia/YMN公式プロフィールより)。

ツッパリアイドルとしてのブレイク

1981年、横浜銀蝿の弟分という形で音楽デビュー。

リーゼントに学ラン、強烈なツッパリキャラクターは当時としてもかなり異色で、「不良がそのまま歌手になった」というイメージが一気に世間に広まりました。

翌1982年にリリースされた男の勲章のヒットにより、嶋大輔さんは一躍”時代の顔”になります。

この時点で、歌手・アイドル・不良文化の象徴という3つの要素が一体化していたのが特徴的でした。

俳優としての転機「ライブマン」

音楽活動に続いて、俳優としての評価を決定づけたのが、超獣戦隊ライブマンへの出演です。

1988年から1989年にかけて放送された本作で、レッドファルコン/天宮勇介役を担当。

さらに特筆すべきなのが、主演俳優自身が主題歌を歌った初のスーパー戦隊作品だった点です。

この作品をきっかけに、「ツッパリ歌手」から「俳優・嶋大輔」へとイメージが広がっていきました。

引退・空白期間を経ての再出発

その後もドラマやバラエティで活動を続けていましたが、2013年頃、一度芸能界を離れる決断をします。

政治の世界への挑戦を視野に入れていた時期もあり、結果的に出馬は実現しませんでしたが、この期間は本人にとっても大きな転機だったようです(NEWSポストセブン取材より)。

経済的にも厳しい時期を経験し、自宅を手放したことなども語られています。

ただ、この空白期間を経て、2015年以降、少しずつ芸能活動を再開。

「もう一度、表現の場に立つ」という姿勢が、今の活動につながっています。

現在の立ち位置

近年は、音楽活動の再始動やラジオ出演、テレビ番組へのゲスト出演などを中心に、無理のないペースで活動を継続しています。

2024年にはInterFMの番組で近況を語り、新作リリースにも触れていました(InterFM公式記事より)。

若い頃のイメージを無理に否定せず、かといって過去にしがみつきすぎることもない。

今の嶋大輔さんは、「経験を背負った表現者」という立ち位置に落ち着いているように感じられます。

嶋大輔の所属事務所

嶋大輔さんの所属事務所については、キャリアの節目ごとに変化があり、そこを見ると「その時々の立ち位置」が分かりやすいんですよね。

デビュー当時〜長年所属した事務所

嶋大輔さんは、デビュー以降、長い期間にわたってフロム・ファーストプロダクションに所属していました。

ツッパリアイドルとして一気にブレイクし、その後俳優としても活動の幅を広げていった時期を支えていたのがこの事務所です。

1980年代〜2000年代前半まで、嶋大輔さんの「表舞台のキャリア」は、基本的にこの事務所とともに築かれていました。

独立という選択と個人事務所時代

2012年頃、嶋大輔さんは長年所属していた事務所を離れ、自身の事務所を立ち上げる道を選びます。

独立後は、俳優・歌手という枠に限らず、飲食店のプロデュースなどにも関わるなど、活動の幅を広げていきました。

ただ一方で、この時期は本人にとって決して順風満帆とは言えず、政治の世界への関心や、一時的な芸能活動休止へとつながっていきます。

現在の所属はYMN

そして現在は、株式会社YMNに所属しています。

YMNは、タレントそれぞれのペースや個性を尊重するスタンスで知られており、嶋大輔さんの「今の活動スタイル」とも相性が良い印象を受けます。

若い頃のように常に第一線で露出し続ける、という形ではなく、

  • 音楽活動
  • テレビやラジオへの出演
  • イベントやトークの場

こうした仕事を、無理のない形で続けていくための環境が整っている、そんな位置づけと言えそうです。

所属事務所の変遷から見えるもの

嶋大輔さんの事務所遍歴を見ると、単なる「移籍」ではなく、人生のフェーズごとの選択だったことが伝わってきます。

  • 売れっ子として走り続けた時代
  • 自分の力でやってみようとした時代
  • 一度立ち止まり、再び表現の場に戻ってきた今

現在の所属先は、そのすべてを経験した上で選んだ場所、という印象を受けますね。

嶋大輔の年収

嶋大輔さんの年収について、具体的な金額が公表されたことはありません。

ただし、これまでの発言や報道、活動内容を整理すると、「収入の波が非常に大きいキャリアだった」ことは見えてきます。

全盛期は”時代の顔”としての収入構造

1980年代前半、「男の勲章」のヒットとともに一気に知名度が上がった頃は、

  • 音楽活動(レコード・ライブ)
  • テレビ出演
  • イベント・営業

といった複数の収入源が重なっていた時期でした。

当時のツッパリアイドルは短期間で爆発的に露出するケースが多く、嶋大輔さんもその流れの中で”稼げる時期”をしっかり経験した世代と言えます。

俳優・バラエティ期は「安定と変動」の繰り返し

「超獣戦隊ライブマン」以降は、俳優としての仕事、バラエティ番組への出演が増え、収入構造はやや安定寄りにシフトしていきます。

ただ、主演級で出続けるタイプではなかったため、年ごとの仕事量によって収入に差が出やすい立ち位置でもありました。

この頃から、「派手に稼ぐ年」と「そうでない年」の差が徐々に大きくなっていったと考えられます。

引退・空白期間で一度リセット

2013年前後、芸能活動を離れた時期には、当然ながら安定した芸能収入は途絶えています。

本人のインタビューでは、この時期に経済的にかなり厳しい状況に置かれ、自宅を手放したことも語られています(NEWSポストセブンより)。

ここは、「ずっと稼ぎ続けてきた芸能人」というイメージとは大きく異なる部分ですよね。

現在の収入源は”分散型”

現在の嶋大輔さんの収入は、一つに集中しているというより、いくつかを組み合わせた形になっています。

  • 音楽活動(ライブ・リリース)
  • テレビ・ラジオへの出演
  • イベント・トーク仕事
  • 過去楽曲の印税(※規模は不明)

特に「男の勲章」は、2018年の再ブーム以降も一定の認知と需要があり、長期的な支えになっている可能性があります(ORICON NEWS)。

年収をどう捉えるべきか

嶋大輔さんの年収を語る上で大切なのは、「高い・低い」という単純な話ではなく、

  • 一度すべてを失いかけた時期がある
  • そこから無理をせず立て直してきた

というプロセスそのものかもしれません。

今は、全盛期のような派手さはないものの、自分のペースで仕事を選び、表現を続けられる状態にあります。

そう考えると、現在の年収は“安定した生活を維持できる現実的な水準”に落ち着いている、と見るのが自然でしょう。

まとめ

嶋大輔さんは、1980年代のツッパリ文化を象徴する存在として一世を風靡し、その勢いのまま音楽・俳優・バラエティと幅広い分野で活動してきました。

横浜銀蝿の弟分としてデビューし、「男の勲章」という強烈な代表曲を手にした若い頃は、まさに時代の空気をそのまま体現した存在だったと言えます。

その後、超獣戦隊ライブマンでのレッドファルコン役によって俳優としての評価を確立し、さらにドラマやバラエティ番組を通じて、世代を超えて名前が知られるようになりました。

一方で、順風満帆なキャリアだけではなく、芸能界引退や経済的な苦境といった大きな転機も経験しています。

それでも再び表現の場に戻り、現在は無理のないペースで活動を継続。

音楽・テレビ・ラジオなどを通じて、”過去の人”ではなく「今も動いている存在」として受け取られています。

若い頃の強烈なイメージを消そうとも、美化しすぎることもなく、そのすべてを抱えたまま歩き続けている――そこに、嶋大輔さんという人物の一番の魅力があるのではないでしょうか。

これからどんな形で姿を見せてくれるのか、その一つひとつを楽しみにしたいですね。

出典まとめ

※本文中では自然に言い換え、
ここで一次情報・信頼性の担保としてまとめて提示する想定です。

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