落語家だけではなく、タレント・YouTubeとマルチに活動している「ヨネスケ」こと桂米助さんは、いつから芸能の仕事をしているのでしょうか。
どんな家庭で育ち、学生時代はどこの学校に通っていたのでしょうか。
今回は、ヨネスケさんの経歴や出身学校、家族などについて調べてみました。
桂米助の若い頃
若い頃のヨネスケさんはこちらです。
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— ヨネスケ🌈桂米助 (@yonesuke51) April 14, 2021
きょう73歳になりました!
50年前のわたしです。
YouTubeにものせましたので見てください。https://t.co/tdohptC3rx#誕生日 #GetSports風 pic.twitter.com/SDzCCY0hwP
全体的な雰囲気は今とあまり変わっていませんね。
桂米助の師匠
🟪訃報🟪
— iPhone & iMac (@A9Nkx) August 5, 2024
落語家の桂米丸さんが1日、東京都内の病院で死去した。享年100。落語芸術協会が5日、公式ホームページで発表した。同協会が「令和6年8月1日(木)午後4時45分、当協会最高顧問 四代目桂米丸(本名:須川勇)が老衰のため、都内の病院にて逝去しました。享年100」と伝えた。 pic.twitter.com/gpmrY9XkCB
桂米助さんの師匠は、四代目桂米丸さんです。
四代目桂米丸さんは、1946年に五代目古今亭今輔さんの弟子になり、1947年に「古今亭今児」を名乗り二ツ目、1949年 に真打昇進を果たし「四代目桂米丸」を襲名しました。
1977年2月14日に日本芸術協会会長に就任、さらに同年12月10日には旧法のもとで日本芸術協会が法人格を取得、1992年に紫綬褒章、1998年には勲四等旭日小綬章を受章しています。
1999年に日本芸術協会会長職を勇退し顧問に就任、2002年に同最高顧問に就任しました。
2024年4月6日には満99歳の白寿を迎えましたが、同年8月1日16時45分に老衰のため亡くなっています。
桂米助さんは「父親のような存在だった」とコメントしました。
桂米助(ヨネスケ)のプロフィールや経歴
— ヨネスケ🌈桂米助 (@yonesuke51) March 13, 2021
名前:桂米助
生年月日:1948年4月15日
出身地:千葉県
血液型:O型
身長:173cm
所属:落語芸術協会
1967年に4代目桂米丸さんに弟子入りした桂米助さんは、同年の浅草演芸ホールで初高座を果たしました。
1970年には『笑点』に座布団運び役として出演、これがテレビデビューになっています。
1971年4月に二つ目昇進、1981年10月に真打に昇進し、1982年1月には日本放送演芸大賞ホープ賞を受賞しました。
タレントとしては『ルックルックこんにちは』のワンコーナーであった「突撃!隣の晩ごはん」のリポーターとして話題を集め、その後もこのコーナーは『ザ!情報ツウ』、『NNN Newsリアルタイム』、『おもいッきりDON!』、『DON!』、『真麻のドドンパッ!』に引き継がれています。
2004年には落語芸術協会理事、2019年には落語芸術協会参事に就任しました。
2020年からはYouTubeチャンネル「突撃!隣のヨネスケちゃんねる(現・突撃!ヨネスケちゃんねる【落語と晩ごはん】)」を開設、運営しています。
桂米助の本名
桂米助さんの本名は、「小野 五六 (おのごろう)」さんです。
名前の由来は桂米助さんが生まれた時のお父さんの年齢が56歳だったからだそうです。
桂米助(ヨネスケ)の所属事務所
桂米助さんは、落語芸術協会に在籍しています。
過去には「古舘プロジェクト」にも在籍していました。
桂米助(ヨネスケ)の年収
桂米助さんの年収は公表されていません。
タレントだけではなく落語家としても現役なので、数千万円以上になるのではないかと思われます。
桂米助(ヨネスケ)の学歴
桂米助さんが通っていた学校について調べてみました。
桂米助(ヨネスケ)の出身小学校
出身小学校は公表されていません。
地元の学校に通っていたのではないかと思われます。
桂米助(ヨネスケ)の出身中学
出身中学校も公表されていません。
中学時代のエピソードもありませんでした。
桂米助(ヨネスケ)の出身高校
中学校卒業後は、千葉県立市原高等学校に進学しました。
現在の偏差値は、39~40です。
桂米助(ヨネスケ)の出身大学
高校卒業後は、進学していません。
落語の世界に専念しています。
桂米助(ヨネスケ)の実家
桂米助さんは、千葉県姉崎町(現・市原市)出身です。
実家の詳しい場所は公表されていません。
桂米助(ヨネスケ)の生い立ちが壮絶だった
1948年4月15日に誕生した桂米助さんは、兄弟と父親が違うという複雑な家庭環境で育ちました。
自身のお母さんはお父さんの妾という立場であったため、事情は不明ながらお父さんは生活費を家には入れず、お母さんが女手一つで子供を育てていたそうです。
そして桂米助さんは高校卒業後、4代目桂米丸さんに弟子入りしました。
桂米助(ヨネスケ)の父親
桂米助さんには、3人のお父さんがいます。
全員一般人で、桂米助さんの実父には正妻が待つ別の家庭がありました。
そのため桂米助さんにとって実父の思い出はほとんどないものの、たまに家に居る時は必ず居間で煙草をゆっくりと吸いながら新聞を読んでおり、とても寡黙な人物だったことを覚えているそうです。
桂米助(ヨネスケ)の母親
桂米助さんのお母さんも一般人です。
お母さんは苦しい生活の中でも文句を一切言わず、お父さんが家にいる時はとても嬉しそうにしていたそうです。
桂米助(ヨネスケ)の兄弟や姉妹
桂米助さんには、お兄さん1人とお姉さんが2人います。
三人とも一般人で、名前や顔写真などは公開されていません。
お兄さんと桂米助さんは両親が同じですが、お姉さんたちとはお父さんが異なります。
まとめ
子供の頃は複雑な家庭環境で育ったという桂米助さんは、落語家として活動を始め、「隣の晩御飯」をきっかけに落語以外の活動でも注目を集めました。
これからも桂米助さんの活躍を応援していきたいですね。