お笑いコンビ「ピンクの電話」の清水よし子さん。
あの甲高い声と「ちょっと上よ」で、一度見たら忘れられない存在です。
ただ、テレビで見かける機会が減ったことから、現在の活動が気になっている人も多いのではないでしょうか。
検索候補には「亡くなった」という言葉まで並んでいます。
結論から書くと、清水さんは2026年現在も活動を続けています。
所属事務所は2026年8月末からの舞台と、2027年公開予定の映画への出演を告知しています。
この記事では、清水よし子さんの現在の活動から、年齢やプロフィール、女優を目指して大阪から上京した若い頃、そしてピンクの電話結成の経緯まで紹介します。
清水よし子の現在|2026年も舞台に出演
清水よし子さんは、2026年8月現在も芸能活動を続けています。
所属する石井光三オフィスの公式プロフィールには、2026年8月末からの舞台出演と、2027年公開予定の映画が並んでいます。
テレビでの露出が減ったことから近況が分かりにくくなっていますが、活動の場を舞台へ移しながら第一線に立ち続けている状況です。
舞台『マクベス2026』
直近の出演作は、舞台『マクベス2026』です。
公演は2026年8月29日から9月2日まで、三越劇場で行われると公式プロフィールに掲載されています。
シェイクスピアの四大悲劇として知られる作品で、清水さんにとっては本格的な古典劇への挑戦が続いている形になります。

シェイクスピア作品への出演が続いています。

コントのイメージが強かったので意外です。
映画『愛の道草』
さらに先の予定として、映画『愛の道草』への出演も告知されています。
公開は2027年3月を予定していると公式プロフィールに記載されています。
1年以上先の作品が掲載されているという事実そのものが、活動が途切れていないことを示しています。
2025年からの舞台出演
清水さんの舞台出演は、ここ数年で明らかに増えています。
公式プロフィールには、2025年の『また逢いたいね』『軽井沢殺人事件2025』『昇る太陽たち 元始、女は太陽だった』『リア王2025』が並んでいます。
2026年に入ってからも、『Live「歓ぶ女たち」』『櫻の國の傳説』への出演が掲載されました。
2025年の『リア王2025』については、製作発表会に出席した様子が報じられています。
その際、シェイクスピア作品への初挑戦にあたって、自身の特徴的な声について前向きに語ったことが伝えられました。
年に複数本の舞台に立ち、さらに翌年以降の予定も決まっているという状況です。
お茶の間で見かける機会は減りましたが、活動そのものはむしろ充実していると言えます。
清水よし子が「亡くなった」と言われる理由
「清水よし子」と検索すると、「亡くなった」という言葉が候補に並びます。
結論から書くと、清水さんが亡くなったという事実はありません。
所属事務所が2026年8月末からの舞台出演と、2027年3月公開予定の映画への出演を告知しており、活動を続けていることが公式に確認できます。

びっくりしました。

事実ではありません。
テレビ出演の減少
こうした検索が増えた背景には、テレビで見かける機会が減ったことがあります。
清水さんは1980年代後半から1990年代にかけて、バラエティ番組を中心に高い人気を集めました。
当時をリアルタイムで知る世代にとっては、毎週のようにテレビで姿を見ていた存在です。
その印象が強いぶん、テレビでの露出が減ったことが「どうしているのだろう」という疑問につながりやすくなります。
実際には活動の軸が舞台へ移っただけで、活動そのものが止まっていたわけではありません。
SNS上の反応
SNS上でも、清水さんの安否を心配するような投稿はほとんど見られません。
むしろ番組出演のタイミングで多く見られるのは、「久しぶりに見た」「今も元気そう」といった反応です。
特に多いのが、声が昔とまったく変わっていないことへの驚きだと言われています。
「子供の頃からこんな感じ」「声が20代のまま」といった声が並び、懐かしさと安心感が入り混じった反応になっています。
「亡くなった」という言葉が検索候補に残っているのは、噂が広がっているというより、露出が減った時期に生まれた疑問がそのまま検索データとして残っている状態に近いようです。
事務所が告知する出演予定
最も分かりやすい根拠は、所属事務所が公開している出演予定です。
石井光三オフィスの公式プロフィールには、2026年8月29日から9月2日まで三越劇場で上演される舞台『マクベス2026』への出演が掲載されています。
さらに、2027年3月公開予定の映画『愛の道草』も告知されています。
1年以上先の仕事が決まっている以上、健在であることに疑いの余地はありません。
近況を知りたい場合は、後述する公式ブログを見るのが最も確実です。
舞台の稽古や日常の様子が、本人の言葉で継続的に発信されています。
清水よし子の年齢とプロフィール
清水よし子さんは、1958年6月29日生まれです。
まずは基本的なプロフィールをまとめておきます。
- 芸名:清水よし子(しみず よしこ)
- 本名:浅田美子(あさだ よしこ)
- 生年月日:1958年6月29日
- 出身地:大阪府
- 血液型:A型
- 身長:163cm
- 所属事務所:石井光三オフィス
- 特技:日本舞踊、シャンソン
- 趣味:油絵、料理

公式プロフィールに掲載されている情報です。
1958年生まれ、大阪府出身
清水さんは大阪府の出身です。
生年月日は所属事務所の公式プロフィールに掲載されているほか、ORICON NEWSのプロフィールでも同じ日付が確認できます。
年齢を意外に思う人が多いのは、甲高い声とキャラクターが何十年も変わっていないためです。
実際の年齢を知って驚いたという反応は、番組に出演するたびに繰り返し出てきます。
本名は浅田美子
清水さんの本名は、浅田美子さんです。
これは所属事務所の公式プロフィールに明記されています。
ネット上では、「清水」は旧姓であり、結婚を機に浅田姓になったと言われています。
芸名として結婚前の姓を使い続けている形になりますが、事務所の公式プロフィールに旧姓の記載はありません。
結婚や家族については、別の記事で詳しく紹介します。
日本舞踊とシャンソン、油絵と料理
プロフィールで目を引くのが、特技と趣味の幅広さです。
特技として挙げられているのは、日本舞踊とシャンソンです。
日本舞踊では山村昇甘という名取名を持っており、趣味の域を超えた本格的な取り組みであることが分かります。
趣味には油絵と料理が挙げられています。

多才すぎませんか。

習い事の多さは家庭でも話題になったほどです。
コントで見せる天真爛漫なイメージとは対照的に、日本舞踊やシャンソンといった芸事を長年積み重ねてきた一面があります。
近年の舞台出演が増えている背景にも、こうした下地があると考えられます。
「ちょっと上よ」と変わらない声
清水よし子さんを語るうえで欠かせないのが、独特の甲高い声と「ちょっと上よ」というフレーズです。
どちらも何十年も変わらないまま、今も清水さんの代名詞であり続けています。
年齢を聞かれたときの返し
「ちょっと上よ」は、年齢を聞かれたときの返しとして知られている言葉です。
実年齢をはっきり答えず、可愛らしくかわしてしまうという内容になっています。
ネット上では、言い方や間の取り方が絶妙だと語られています。
「何回見ても笑ってしまう」「つい真似したくなる」といった反応が多く、動画で引用されたり再現されたりする機会も少なくありません。

その返し方かわいいです。

言い方と間が支持されています。
甲高い声
清水さんの最大の特徴は、やはりその声です。
キーキーとした高いトーンは一度聞いたら忘れられない個性で、清水さん本人もこの声を自身の武器として受け止めています。
2025年の舞台『リア王2025』の製作発表会では、シェイクスピア作品への初挑戦にあたり、いろいろな時代や国にも自分のような声の人はいるはずだという趣旨の発言をしています。
古典劇であっても自分の声で勝負するという姿勢がうかがえます。
ネット上では、この声が何十年も変わっていないこと自体が驚きをもって語られています。
「昔のままだ」「芸能界で一番高い声かもしれない」といった声が並び、変わらないことがそのまま安心感につながっているようです。
公式ブログのタイトルが「ハイトーンヴォイス」であることからも、本人がこの特徴を前向きに捉えていることが分かります。
愛称「よっちゃん」
清水さんは「よっちゃん」の愛称で親しまれています。
メディアでもこの愛称で紹介されることが多く、名前とセットで定着している呼び方です。
ネット上でも、親しみを込めて「よっちゃん」と呼ぶ投稿が目立ちます。
相方の竹内都子さんが「みやちゃん」と呼ばれているため、二人まとめて愛称で語られることも多くなっています。
デビューから40年近くが経っても、声もキャラクターも呼ばれ方も変わっていません。
その一貫性こそが、清水さんが世代を超えて愛され続けている理由だと言えます。
清水よし子の若い頃|女優志望で大阪から上京
清水よし子さんのキャリアは、お笑いではなく演技から始まっています。
女優になりたくて大阪から上京したと、本人がインタビューで語っています。

お笑い志望じゃなかったんですか。

出発点は演技でした。
劇団七曜日へ
上京した清水さんが入ったのは、劇団七曜日という劇団でした。
主宰していたのは、現在も清水さんが所属する事務所の社長である石井光三です。
つまり清水さんは、デビュー前から現在まで同じ場所に身を置き続けていることになります。
なお、清水さんの学歴については公表されていません。
石井光三からの提案
転機になったのは、石井光三からの提案でした。
俳優を続けてテレビや映画でせりふをもらうのは大変だが、コントでテレビに出れば、その数分間は主役でいられる。
そう言われたことをきっかけに、大阪出身の女性3人でコントを始めたと清水さんは振り返っています。
ただし当初は、清水さんも竹内都子さんも芝居を学んでいたため、お笑いへの転向には積極的ではなかったといいます。
その後、3人のうち1人が大阪に戻って結婚したことで、清水さんと竹内さんの2人体制になりました。
コンビ結成にいたる経緯は、ピンクの電話の章でさらに詳しく紹介します。
1980年代後半から90年代の活躍
ピンクの電話が注目を集めたのは、1980年代後半のことです。
1987年に始まった『ラ・ママ新人コント大会』への出演をきっかけに、活動の場を広げていきました。
当時はネタ作りと劇団の活動、さらに会社勤めを並行していたと本人が語っています。
下積みの期間が決して短くなかったことが分かります。
やがてオーディション番組での勝ち抜きを経て知名度を高め、1980年代後半から1990年代にかけて大きな人気を集めました。
小柄で甲高い声の清水さんと、長身の竹内さんという凸凹コンビは、当時のバラエティ番組で強い存在感を放ちました。
1989年にはコンビでの舞台『笑いの殿堂・自画自賛』、1991年には劇団フロントホックの第1回公演『地球を7回半廻れ』にも出演しています。
映画出演
清水さんは個人としても、映画に出演しています。
公式プロフィールには、伊丹十三監督の『大病人』『スーパーの女』が挙げられています。
さらに、石井隆監督の『ヌードの夜』『死んでもいい』にも出演しました。
いずれも作家性の強い監督の作品で、コントとは異なる表現の場に立っていたことが分かります。
女優を目指して上京した清水さんにとって、これらの出演は当初の志を形にする機会だったのかもしれません。
ピンクの電話は3人組だった|相方・竹内都子
ピンクの電話は、清水よし子さんと竹内都子さんによるお笑いコンビです。
結成は1986年で、40年近い歴史を持っています。
ただし、スタートの時点では3人組でした。

3人だったんですね。

大阪出身の3人で始まりました。
1986年結成とコンビ名の由来
「ピンクの電話」という印象的なコンビ名を付けたのは、渡辺正行さんです。
由来は、稽古場に置かれていたピンク色の電話でした。
10円硬貨を入れて通話するタイプの電話で、当時は街のあちこちで見かける存在です。
それを目にした渡辺さんが、そのままコンビ名として提案したという流れになります。
身近な風景から生まれた名前が、40年近く使われ続けていることになります。
3人から2人へ
結成当初のピンクの電話は、大阪出身の女性3人によるトリオでした。
全員が劇団七曜日に所属し、石井光三の提案を受けてコントを始めたメンバーです。
しかし、そのうちの1人が大阪に戻って結婚することになりました。
残った清水さんと竹内さんが活動を続ける形になり、現在まで知られている2人体制になったという経緯です。
小柄な清水さんと長身の竹内さんという組み合わせは、結果として強い個性になりました。
結成30周年ライブ
2017年には、結成30周年を記念したライブ「ホットフラッシュ」が開催されました。
この公演は清水さんの公式プロフィールにも記載されています。
結成から30年を経ても、コンビとしてステージに立つ機会が続いていたことが分かります。
竹内都子との距離感
近年は、それぞれが個人での活動を中心にしています。
清水さんは舞台、竹内さんは女優としての活動が増え、2人がそろって出演する機会は以前ほど多くありません。
ただし、解散や活動休止が発表されたことはありません。
2人は現在も同じ石井光三オフィスに所属しています。
ネット上では、この関係を不仲ではなく心地よい距離感として捉える見方が多いようです。
互いの人生を尊重した結果だと語られる一方で、「またコンビで見たい」という期待の声も自然に出ています。
相方の竹内都子さんについては、こちらの記事で詳しく紹介しています。
菅原大吉の嫁は竹内都子!馴れ初めや子供・身長や年齢・学歴も調査
清水よし子のブログ「ハイトーンヴォイス」とX
清水よし子さんの近況を知るうえで最も確実なのが、本人の公式ブログです。
タイトルは「清水よし子オフィシャルブログ ハイトーンヴォイス」といいます。
自身の特徴である甲高い声を、そのままブログ名にしている形です。
2009年から続くブログ
ブログが開設されたのは、2009年5月7日です。
15年以上にわたって続いていることになります。
所属事務所の公式プロフィールでも、好評更新中として案内されています。
芸能人のブログは開設されても更新が止まってしまうことが少なくないなかで、これだけの期間続いているのは珍しいケースです。

そんなに前から続いてるんですね。

更新が止まっていません。
舞台・稽古・日常
ブログに書かれている内容は、大きく分けて舞台の活動と日常です。
出演する舞台の告知や、稽古場での様子が繰り返し投稿されています。
出演報告に加えて、外出先での出来事や食事の話題も並びます。
共演者や友人との交流をつづった投稿も多く、飾らない人柄がそのまま伝わってくる内容です。
家族に関する投稿もあり、2025年には娘の結婚式について本人が報告しています。
テレビでの露出が減った分、こうした発信が近況を知る手がかりになっています。
Xでも近況を発信
ブログのほかに、Xのアカウントも開設されています。
アカウント名は@yoshiko629で、誕生日である6月29日が数字に使われています。
プロフィール欄には、石井光三オフィスに所属していることや、日本舞踊の名取名が記載されています。
個人の公式サイトは開設されていないため、所属事務所のプロフィールとブログ、そしてXが清水さんの主な公式窓口になります。
「亡くなった」という検索候補を目にして不安になった場合も、これらを確認すれば現在の活動状況がすぐに分かります。
まとめ
清水よし子さんについて紹介してきました。
最後に要点をまとめます。
- 2026年8月末からの舞台『マクベス2026』、2027年3月公開予定の映画『愛の道草』への出演が告知されており、活動を続けている
- 「亡くなった」という事実はなく、テレビでの露出が減ったことが検索の背景にある
- 1958年6月29日生まれ、大阪府出身。本名は浅田美子
- 女優を目指して大阪から上京し、劇団七曜日を経てコントの道へ
- ピンクの電話は1986年結成。当初は3人組で、コンビ名は渡辺正行さんによる命名
- 公式ブログ「ハイトーンヴォイス」は2009年から続いている
テレビで見かける機会は減りましたが、年に複数本の舞台に立ち、翌年以降の出演も決まっています。
甲高い声も「ちょっと上よ」も、そして「よっちゃん」という呼ばれ方も、デビュー当時から変わっていません。
変わらないことが強みになっている、数少ない存在だと言えます。

今も元気そうで安心しました。

舞台での姿を見に行けます。
出典まとめ
本記事は以下の情報を参考にしました。
- 石井光三オフィス|清水よし子
- 清水よし子オフィシャルブログ「ハイトーンヴォイス」
- 清水よし子 X(@yoshiko629)
- ORICON NEWS|清水よし子のプロフィール
- TBS NEWS DIG|ピンクの電話・清水よし子 シェイクスピアに初挑戦
- 週刊女性PRIME|ピンクの電話・清水よし子が振り返る共演時代
