独特な世界観の曲を作っている尾崎体育さん。
今回は、尾崎体育さんの出身学校やプロフィール、経歴などを調べてみました。
岡崎体育の学歴
岡崎体育さんの学歴を調べてみました。
それぞれ見ていきましょう。
岡崎体育の出身小学校
尾崎体育さんの出身小学校は、京都府宇治市立莵道(とどう)第二小学校です。
京都府宇治市出身の尾崎体育さんは、地元の公立小学校に通っていました。
小学校のころから、お母さんの影響で音楽が好きだった尾崎体育さん、小学校1年生のころにはピアノを習い始めました。
しかし、ピアノを教えてくれていた大学生の先生が就職活動に専念するためという理由で、なんと3カ月でピアノ教室を辞めさせられてしまったそうです。
また、尾崎体育さんは子供のころ運動神経抜群で、少年野球チームにも所属していたそうです。
岡崎体育の出身中学
莵道小学校を卒業した尾崎体育さんは、小学校同様地元の公立中学、京都府宇治市立宇治中学校へ進学しました。
小学校時代は野球をしていましたが、中学に入ってからは軟式テニス部に入部して活動していたということです。
また、音楽にもさらに興味を持っていきます。
中学一年生の時に、友達から借りたアメリカのラッパー、EMINEMのCDに衝撃を受けて、音楽に熱中し、お小遣いの大半をCDを買うことに使っていたそうです。
特に、カナダのロックバンドSUM41には心酔していたと話しています。
また、ニンテンドーDSのソフト「大演奏!バンドブラザーズ」のおまけコンテンツで作曲を始めたのも中学生の時でした。
しかし、この頃は岡崎体育さんにバンドを組むという発想がなかったため、友人とバンドを組むといった音楽活動は行っていませんでした。
岡崎体育の出身高校
岡崎体育さんは、中学を卒業して進学したのは京都府立南陽高校です。
この南陽高校というのは、京都府内では進学実績のある有名な進学校で、偏差値は61。中学時代から勉強もできたということですね。
そんな新学校で、岡崎体育さんは学年180人中2位の成績を取ったというエピソードがあり、優秀な生徒であったことがわかります。
勉強のできた岡崎体育さんですが、運動能力も健在で中学時代の軟式テニスに引き続き今度は硬式テニス部に所属して、京都府大会でベスト4に入る成績も残しています。
岡崎体育さんは文武両道を実現させている生徒だったようですね。
音楽についても、高校生の時にフェンダーのギターを購入してバンドを始めたのですが、ギターはコードを抑えることが出来ず、結局ドラムを担当していました。
岡崎体育の出身大学
岡崎体育さんの出身大学は同志社大学です。
文化情報学部に通っており、主に統計学を学んでいたようで、音楽に関して統計学的なアプローチでどんな曲がヒットするのかなどを研究していたということです。
今の岡崎体育さんのブレークには、この時学んだことが生きているのかもしれません。
音楽活動も活発化して、大学入学後にバンド「愛新覚羅ヌルハチ」結成を結成し活動を行いました。
この愛新覚羅ヌルハチが解散したあとにも「ヴァーツヤーヤナ・カーマ・スートラ」というバンドで活動をしていましたが、在学中にデビューすることは叶わず卒業と同時に一人で音楽活動を始めました。
また、大学2年生の2009年からはニコニコ動画で「シトキアP」名義でボーカロイド曲を投稿する活動も行ってました。
バンド活動と並行して、今の一人で音楽のすべてをこなすというスタイルも確立されつつあったということです。
岡崎体育のプロフィールや経歴
- 生年月日:1989年7月3日
- 年齢:32歳
- 身長:175㎝
- 体重:85㎏
- 血液型:A型
- 出身:京都府宇治市
岡崎体育さんは、大学卒業後にIT企業に就職するものの音楽を諦められず半年で退職してしまいます。
お母さんは岡崎体育さんには堅い仕事をしてほしいという希望があったため、音楽活動をするには強い反対があったのですが、それに対して「4年間でメジャーデビューできなければ音楽は辞めて就職をする」と約束をして音楽活動を始めました。
そして、スーパーでアルバイトをしながら、2012年にアルバム「グレイテストヒッツ」でインディーズデビューを果たします。
その後音楽活動を続けていること2年、2014年にソニーミュージックからスカウトを受けて育成契約を結びます。
そしてついに、2016年ファーストアルバム「BASIN TECHNO」でメジャーデビューを果たします。
お母さんとの約束通り、4年間でメジャーデビューすることができました。
その後はドラマの主題歌やアニメのテーマソングなどを手掛け、どんどんと有名になって、今に至ります。
岡崎体育の本名
プロフィールでも書いた通り、岡崎体育さんの本名は岡 亮聡(おか あきとし)と言います。
ではなぜ岡崎体育という芸名を名乗っているのでしょうか。
まず、「岡崎」というのは、お母さんが仕事(司会業)をしているときに使っていた芸名が岡崎だったことから、それを踏襲したということです。
そして、「体育」についてですが、これは岡崎体育さんが電気グルーヴの石野卓球さんのファンで、「彼をいつか超えたい!」と考えていたためだそうです。
「卓球」を超えるために、もっと大きな枠組みで「体育」を名前として「岡崎体育」となったのです。
岡崎体育の年収
岡崎体育さんの年収については、はっきりとした金額については情報がありません。
しかし、テレビ番組の中で「2021年はSUPER EIGHTに楽曲提供をしたので、年収がいくらになるか楽しみ。ジャニーズに楽曲提供するとしないとでは、年収が大きく違う」という主旨の発言をしていましたので、2021年に年収はきっと相当な額になったのではないでしょうか。
また、岡崎体育さんはYouTubeチャンネルを開設しており、16万人以上のチャンネル登録者がいます。
このYouTubeの収入も、再生回数から計算すると125万円以上は入るようなので、歌手として、楽曲提供者として、YouTuberとして、多方面からの収入があることが予想されます。
まとめ
岡崎体育さんのプロフィールや経歴について調べてみましたが、幼少のころから音楽に触れてきて、学生時代も音楽についての研究を行っていたことがわかりました。
岡崎体育さんの今後の楽曲や活躍にも注目ですね。