『さとうきび畑』や『涙そうそう』がヒットし、老若男女問わず支持されている森山良子さんは、これまでどんな人生を歩んできたのでしょうか。
学生時代はどこの学校に通い、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
今回は、森山良子さんの経歴や出身学校、年収などについて調べてみました。
森山良子の学歴
森山良子さんが通っていた学校について調べてみました。
森山良子の出身小学校
森山良子さんは、成城学園初等学校出身です。
森山良子さんは、小学生の頃から授業中に「どうして人間は存在するんだろう」、「人間はこれからどうなるんだろう」などと漠然と考えながら、ぼーっと窓の外を眺めているような子供だったそうです。
そしてこの頃から「歌手になる」という夢をしっかり抱いていました。
森山良子の出身中学
小学校卒業後は、成城学園中学校に進学しました。
こちらの学校の偏差値は、64です。
中学校に入学してすぐ両親に「歌手になりたい!」と打ち明けたものの、「高校を卒業してからにしなさい」と言われたため、まずは基礎から学ぶために声楽を習い始めました。
そして中学ではカントリー&ウエスタンのバンドを組んでいました。
森山良子の出身高校
中学校卒業後は、成城学園高等学校に進学しました。
偏差値は、64です。
高校時代は歌以外の事には興味がなく、活字アレルギーで本も新聞も読まなかったそうです。
成績は音楽と体育は優秀、英語は普通、残りは全部悪く、1年留年の末に高校を卒業しました。
森山良子の出身大学
高校卒業後は、進学していません。
歌手という夢のために、進学は希望していなかったようです。
森山良子のプロフィールや経歴
名前:森山良子
生年月日:1948年1月18日
出身地:東京都
血液型:非公表
身長:154cm
所属事務所:エンジェルソング
1967年に黒澤プロダクション所属のソロ歌手として「この広い野原いっぱい」でレコードデビューした森山良子さんは、1969年の「禁じられた恋」のヒットで、日本レコード大賞大衆賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場しました。
元々はフォークのイメージだったものの、この頃から『フォークから歌謡曲の女王』と評されるようになったそうです。
1998年長野オリンピック開会式では、テーマソングの「明日こそ、子供たちが…」を子供達と一緒に長野オリンピックスタジアムで歌を披露、世界中に放映され話題を集めました。
2003年には、フォークを歌い始める前からの念願だった初のジャズアルバム「The Jazz Singer」をリリース、ニューヨークなどのライブハウスで一連のライブ活動も行っています。
また自身のヒット曲「さとうきび畑」2002年『第44回日本レコード大賞』の最優秀歌唱賞を、「涙そうそう」は2006年の第48回日本レコード大賞で特別賞を受賞しました。
演技の世界でもドラマ『金曜日の妻たちへIII 恋におちて』や『おとうさん』、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』などに出演しています。
映画『思い出のマーニー』や『竜とそばかすの姫』では、声優として出演しました。
若い頃は学生運動に参加してた?
森山良子さんは、学生運動激しい時代にデビューし、カレッジフォークのアイドル女子的存在でした。
ただ森山良子さん自身が学生運動に参加していたという話はありません。
森山良子の年収
森山良子さんの年収は公表されていません。
数々の楽曲がヒットし、さらにライブなども積極的に行っています。
このことから年収は億越えではないかと思われます。
森山良子の自宅
森山良子さんの自宅の場所は公表されていません。
現在は娘さん家族と、都心の一等地に地上2階地下1階豪邸で暮らしています。
週刊誌では、「上物合わせると3億円は超える」と報じられていました。
森山良子さんと娘さん家族は完全分離型の二世帯だったものの、新型コロナウイルスの影響で自宅にいる時間が増えたこともあり、今は娘さん家族と夕飯を共にしているのだそうです。
まとめ
幼い頃から歌手になることを目指していた森山良子さんは、見事音楽の道で成功し、今ではドラマやバラエティーなど多方面で活躍しています。
これからもそんな森山良子さんの活動に目が離せません。