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野口五郎の若い頃がイケメン!学歴や年収・本名や病気についても調査

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1970年代の日本を代表する男性アイドルの一人・野口五郎さんは、歌手、俳優、タレントとマルチに活動し、多くのファンを虜にしています。

そんな野口五郎さんはどこの高校や大学に通っていたのでしょうか。

今回は、野口五郎さんの経歴や出身学、高校や大学、年収、病気などについて調べてみました。

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野口五郎の若い頃がイケメン!

野口五郎さんの若い頃の姿はこちらです。

とてもカッコイイですね。

当時は西城秀樹さん、郷ひろみさんと共に「新御三家」と呼ばれ、女性を中心に支持されていました。

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野口五郎の学歴

野口五郎さんが通っていた学校について調べてみました。

野口五郎の出身小学校

野口五郎さんは、美濃市立美濃小学校出身です。

5年生の時、フジテレビの『日清ちびっこのどじまん』で荒木一郎さんの「今夜は踊ろう」を歌い、優勝しました。

また小学生の頃は同級生とバンドを組み、ギターを担当していたそうです。

野口五郎の出身中学

小学校卒業後は、美濃市立美濃中学校に進学しました。

2年生の時にはお母さんと共に上京し、台東区立台東中学校(現・台東区立御徒町台東中学校)に転校しています。

野口五郎さんは中学時代にデビュー予定だったものの、変声期でうまく歌えなくなってしまったためデビューが先送りになってしまいました。

野口五郎の出身高校

中学校卒業後は、堀越高等学校に進学しました。

偏差値は、39です。

高校時代にデビューが決定し、本格的に芸能活動を始めました。

野口五郎の出身大学

高校卒業後は、進学していません。

芸能活動が多忙だったこと、さらに当時人気芸能人が大学に進学するということが少なかったため、野口五郎さんも進学は考えなかったようです。

野口五郎のプロフィールや経歴

名前:野口五郎
生年月日:1956年2月23日
出身地:岐阜県
血液型:A型
身長:174cm
所属事務所:オフィス・ジー

『ちびっこのどじまん』をきっかけに本格的に歌手を目指すことを決意した野口五郎さんは、1971年5月1日に演歌歌手としてシングル曲「博多みれん」でデビューしました。

しかし同曲のセールスは全く振るわず、2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向したところスマッシュ・ヒット、若い女性ファンの人気を獲得しました。

1972年の『第23回NHK紅白歌合戦』で当時としては最年少(16歳10か月)となる初出場歌手に抜擢、翌年の1973年に発売した「オレンジの雨」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り、続く「君が美しすぎて」は第3位にランクインしました。

1974年の「甘い生活」で初のオリコン週間チャートの第1位を獲得、1975年には「私鉄沿線」が有線放送をきっかけに大ヒットし、「甘い生活」から2作品連続してオリコン週間チャートの第1位を獲得しています。

また年末の第8回日本有線大賞・グランプリ、第17回日本レコード大賞・歌唱賞、第6回日本歌謡大賞・放送音楽賞など、多くの音楽賞を受賞、さらに第3回FNS歌謡祭(1975年上半期)では「哀しみの終るとき」で最優秀歌唱賞を受賞しました。

1976年には「きらめき」が第2回日本テレビ音楽祭・グランプリ、第5回東京音楽祭・ゴールデンスター賞を、「針葉樹」では第18回日本レコード大賞・歌唱賞、第7回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、発売前の「むさし野詩人」で第9回日本有線大賞・有線功労賞を受賞しています。

他にも「風の駅」で第8回日本歌謡大賞・放送音楽賞を、「グッド・ラック」で第9回日本歌謡大賞・放送音楽賞、第20回日本レコード大賞・金賞を、「青春の一冊」で5年連続となる第10回日本歌謡大賞・放送音楽賞を獲得しました。

音楽面ではベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングにスタジオ・ミュージシャンとして数多く参加しています。

俳優としては1975年に映画『再会』で初主演を務め、以降も1995年に大河ドラマ『八代将軍吉宗』に、2002年にはNHK連続テレビ小説『さくら』などに出演しました。

2005年には音楽プロデューサーとして音楽映像配信サイト『音コレ』 (2006年に『Gプロデュース』と改名) を立ち上げ、ものまね、インディーズ、オリジナル楽曲をプロデュースし、2009年2月4日に初のプロデュース作品となる双子歌手ユニット「あ☆ぅん」がデビューしました。

野口五郎の年収

野口五郎さんの年収は公表されていません。

歌手として、俳優やタレントとしてだけではなく、自身で開発した「テイクアウトライブカード」は特許を取得し実用化されており、野口五郎さんの大いなる副業として注目を集めるなど実業家としても活躍しています。

そのため年収は億以上だと噂されています。

野口五郎の本名

野口五郎さんの本名は「佐藤靖 (さとう やすし)」さんです。

本来は家族会議で「直樹」と命名するつもりだったものの、父親が家族に許可を得ずに「靖」という名前で出生届を出したためこちらの名前になったのだそうです。

「野口五郎」という芸名は、飛騨山脈の野口五郎岳に由来するもので、雄々しく逞しい歌手になるようにと名付けられました。

名付け親は、デビュー時に所属していたポリドール・レコードのディレクターさんです。

野口五郎の病気

野口五郎さんは、2019年のコンサートで食道がんを告白し話題を集めました。

野口五郎さんによると、2018年に受けた健康診断で食道がんが見つかり、ドラマの撮影の合間を縫って年末に入院、12月25日に手術を受けたとのことで「初期だったので、主治医の先生に手術をしてもらい、今は無事に治って元気になりました」とコメントしています。

また1987年には舞台『レ・ミゼラブル』の初演で突然、パニック症候群に襲われ、その後も何度も再発を繰り返すようになりました。

ただ35~36歳くらいに病気のコントロール法を習得したとのことで、今は病気と上手く付き合いながら生活しているそうです。

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まとめ

演歌歌手としてデビューした野口五郎さんは、すぐにポップスに転向し、数々のヒット曲を出しトップ歌手になりました。

パニック症候群やがんなどの病気を患ったこともありますが、これからも健康に気を付けながら活動を続けていってほしいと思います。

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