1973年にアイドルとして歩み始め、いまは演歌の表現者として第一線に立つ石川さゆりさん。
実は一度の離婚を経験しており、「平成に入って最初に離婚した芸能人」と語ったこともあります。
たとえば元夫・馬場憲治さんはどんな人だったのか、どのような経緯で夫婦になり、なぜ別々の道を選んだのか。
再婚の可能性や近年の私生活はどうなのか。
長いキャリアの陰で積み重ねてきた選択や心の動きを、できるだけ丁寧にたどっていきます。
石川さゆりの元旦那は馬場憲治
発売は38年前になるらしい。筆者の馬場憲治氏は石川さゆりさんの元旦那で、「所さんの目がテン!」の初代レポーターも務めていた>RT pic.twitter.com/pAVBSRXHx7
— 大場礼 (@hatugenchu) June 19, 2019
石川さゆりさんの元夫は、かつて所属していた事務所・ホリプロでマネージャーを務めていた馬場憲治さんです。
二人は仕事を通じて信頼関係を育み、1981年に結婚。
ステージ裏で日々をともにした“現場の相棒”が人生の伴走者へと変わっていきました。
馬場さんは大学卒業後にホリプロへ入社し、現場では森昌子さんのマネージャーを担当。
タレントのスケジュール管理からメディア対応、ツアー運営まで、裏方の最前線で経験を重ねます。
緻密さと行動力を兼ね備えた仕事ぶりは、同業者の間でも知られていました。
のちにホリプロを退社すると、視点を“つくり手”側へと転じてフリーライターに。
インタビューや企画構成の腕を買われ、青年誌やカルチャー誌で企画に携わります。
現場で鍛えた「何を、誰に、どう届けるか」という編集感覚が、紙媒体の世界でも発揮されました。
写真表現にもフィールドを広げ、カメラマンとしての活動も開始。
現場で人の心をほぐし、瞬間をすくい上げる手腕は、マネージャー時代に培ったコミュニケーション力の延長線上にありました。
被写体の魅力を引き出すことに長け、誌面に“呼吸”を残す写真で評価を得ます。
さらにラジオやテレビにも出演し、制作サイドの視点をわかりやすく語る語り口で存在感を示しました。
メディアの内外を往復しながら、エンターテインメントに関わる職能を横断的に磨いていった人物像が浮かびます。
石川さんの公私を支えた元マネージャーであり、編集・文筆・写真へと活躍の場を広げた表現者――。
馬場憲治さんは、芸能の“裏方”の経験を基礎に、多面的なクリエイティブへと羽ばたいた稀有なキャリアの持ち主といえるでしょう。
石川さゆりと馬場憲治の馴れ初め
石川さゆりさんと馬場憲治さんの出会いは、石川さんがまだ若手として活動していた頃、所属事務所・ホリプロでのタレントとマネージャーという関係から始まりました。
ステージの裏側で日々を共に過ごすうちに、信頼と絆が自然と芽生えていったといわれています。
華やかな表舞台に立つ石川さんを支える馬場さんの誠実な姿勢に、石川さんが心を寄せるようになったのかもしれません。
当時、石川さんは『津軽海峡・冬景色』の成功で全国的な人気を集め、多忙を極めていた時期。
そんななかでも、スケジュール管理や移動、体調のケアなどを一手に担うマネージャーの存在は何よりも心強い支えでした。
お互いに仕事の厳しさを知り、信頼を築く関係性の中で、やがて二人は生涯を共にすることを決意します。
交際期間やプロポーズの詳細は公表されていませんが、1981年10月に挙式。
芸能関係者の間でも注目を集める結婚となりました。
その後、1984年には第一子となる長女・佐保里さんが誕生。
石川さんにとって初めての母としての時間が始まり、家庭と歌手業の両立という新たな挑戦がスタートしました。
夫婦としても、仕事のパートナーとしても歩みを重ねた二人。
しかし、人気絶頂の中での結婚生活には、外からは見えない苦労や葛藤もあったようです。
次章では、そんな二人が別の道を選ぶことになった背景について見ていきます。
石川さゆりと馬場憲治が離婚した理由
石川さゆりさんと馬場憲治さんは、1989年2月に離婚しています。
会見で石川さんは「こういう結果になったのは、私の家庭人としての至らなさに尽きると思います」とだけ語り、具体的な理由の説明は控えました。
仕事でも公の場でも誠実な石川さんらしく、相手を慮った言葉の選び方だったのでしょう。
一方で、当時の報道やネット上では、夫婦間の価値観の違い、家族との関わり方、生活環境の負担など、いくつかの推測が語られてきました。
たとえば「泊まりの仕事に難色を示す声があった」「出産後はご主人の実家で大人数の同居生活だった」などのエピソードが取り沙汰されています。
ただし、これらは関係者による公式な説明ではなく、断片的な証言や憶測の域を出ない点には注意が必要です。
当時の石川さんは全国区の歌手として多忙の極み。
連日のステージや収録に加え、母としての役割も始まった時期でした。
家庭を大切にしながら第一線で歌い続けるには、時間の使い方やサポート体制、家族の合意形成など、目に見えにくい調整が必要になります。
結果として、二人にとって最善の選択が「別々の道を歩むこと」だった――そう受け止めるのが自然でしょう。
いずれにしても、当事者が大きな非難や暴露を口にせず静かに区切りをつけた事実からは、互いの歩みを尊重しようとする姿勢がにじみます。
離婚はゴールではなく、それぞれの人生を前向きに進めるための節目。
石川さんはその後も歌で物語を紡ぎ続け、ファンの前に変わらぬ誠実さで立ち続けています。
石川さゆりの再婚の予定は?熱愛彼氏は?
#Nowplaying ウイスキーが、お好きでしょ (オリジナル・バージョン) – Sayuri (石川さゆり 名曲集) pic.twitter.com/Qq5inSRDHz
— DOGMASK(いぬかめんと読みます) (@dog_mask) November 30, 2022
石川さゆりさんは、1989年の離婚以降、再婚はしていません。
その後も長く芸能界の第一線で活躍し続けており、プライベートよりも「歌を届けること」に心を注いできた印象です。
これまでに音楽プロデューサーやテレビ関係者、九州の実業家などとの親しい関係が報じられたことはありますが、どれも確かな交際報道には至っていません。
離婚当時、石川さんはまだ30歳前後。
幼い娘を育てながら、ステージ・テレビ・レコーディングをこなす多忙な日々を送っていました。
シングルマザーとしての責任を最優先に、家庭と仕事の両立を貫いた姿勢には、同じ女性からも共感と尊敬の声が多く寄せられています。
また、石川さん自身はインタビューなどで「私の人生は歌と共にある」「恋愛よりも舞台に立つ瞬間が生きがい」と語ることもありました。
恋よりも“歌”を人生の伴侶として選んだ、と言っても過言ではないでしょう。
現在も特定の交際相手や再婚の予定は公にはありません。
むしろ、音楽や舞台を通じて多くの人の心とつながることが、石川さんにとっての「愛のかたち」なのかもしれません。
恋を語らずとも、歌の一節一節に人生の深みが宿る――そんな成熟した表現者としての今が、彼女にとって最も充実した時間なのでしょう。
まとめ
タレントとマネージャーという信頼関係から始まった二人の物語は、やがて夫婦という形で実を結びました。
華やかな芸能界の裏側で支え合いながら歩んだ数年間は、石川さゆりさんにとっても、人生を深く見つめ直す大切な時間だったのかもしれません。
けれども仕事の忙しさや生活環境の違いなど、さまざまな現実が重なり、静かに別々の道を歩む決断を下しました。
離婚後の石川さんは、母として、そして一人の歌手として、より強く、よりしなやかに歩みを続けています。
恋よりも歌を選び、家族やファンに支えられながら、今もステージの上で心を込めて歌い続ける姿は、多くの人に勇気を与えているでしょう。
人生の節目を経てもなお、石川さんの歌声には希望と優しさが宿っています。
これからもその凛とした姿で、自分らしい人生を奏でていってほしいですね。






