1973年のデビュー以降、歌手として活動を続けている石川さゆりさんですが、デビュー当時の肩書きはアイドルでした。
デビューしたきっかけ、演歌歌手に転向した理由は何だったのでしょうか。
今回は、石川さゆりさんの経歴や出身中学高校、若い頃などについて調べてみました。
石川さゆりは若い頃はアイドルだった!
#石川さゆり
— ナッツ7つ (@ntsu579) November 19, 2021
かくれんぼ/1973
※紅白にデビュー曲、歌ってほしい…無理ですよね😅https://t.co/4YCvar4Mpm pic.twitter.com/DLfqKTGIDe
1月30日は歌手の石川さゆりさんのお誕生日です。ドラマでデビューののち歌手でデビュー。「津軽海峡冬景色」で人気を得る。代表曲は「天城越え」。
— playback-part3 (@1985halfmoon) January 30, 2020
ホリプロでは当初前年デビューの森昌子さんと石川さゆりさん、同年デビューの山口百恵さんとで、”ホリプロ3人娘”として売り出そうとしました。 pic.twitter.com/uJvhor73ns
1973年3月25日、石川さゆりさんは「かくれんぼ」でアイドル歌手として日本コロムビアよりデビューしました。
当時のキャッチフレーズは、「コロムビア・プリンセス」でした。
森昌子さん、山口百恵さんと共に「ホリプロ3人娘」として売り出されていたものの、石川さゆりさんがブレイクせず、その後桜田淳子さんが入ってきたことで石川さゆりさんが「ホリプロ3人娘」から抜けることになってしまったのだそうです。
石川さゆりの若い頃がかわいい!
若い頃の石川さゆりさんの姿はこちらです。
初めてのピクチャーレコードゲットして嬉しい💕若い頃の石川さゆりさん可愛すぎて盤面眺めただけで大満足!今月爆買いしすぎちゃってお小遣い使い切りました😂 pic.twitter.com/YUBiLNCz5M
— マルコ (@marumaruko0o) July 14, 2021
今でこそ演歌の大御所だが、若い頃の石川さゆりは、本当に可愛かった。
— コルベット (@OMKfGbfaSE4ikUy) October 30, 2022
僕はファンクラブに入っていて、握手もしてもらった。
若い日の思い出だ。 pic.twitter.com/JU7D8iK8VI
石川さゆりさんの若い頃…
— いちこ💐 (@caramelchoco15) December 9, 2019
確かに大島優子ちゃんや!!#鶴瓶の家族に乾杯 pic.twitter.com/BnAyMRFFyE
若い頃の石川さゆりは萌えキャラ。 pic.twitter.com/6CLWD6Gxkz
— FATSOUL DT (@FATSOULDT) April 17, 2022
とても可愛らしいですね。
ネット上では「大島優子さんに似てる」という声が多く寄せられていました。
石川さゆりのプロフィールや経歴
【特集】石川さゆり「X -Cross Ⅳ-」インタビュー&参加者コメント
— 音楽ナタリー (@natalie_mu) June 1, 2022
音楽生活50周年!日本を代表する歌手が挑戦し続ける理由https://t.co/0l1CVQTCZH#石川さゆり #NARGO #谷中敦 #阿木燿子 #宇崎竜童 #亀田誠治 #布袋寅泰 #加藤登紀子 #神津善行 pic.twitter.com/WqENVbxPtI
名前:石川さゆり
生年月日:1958年1月30日
出身地:熊本県
血液型:A型
身長:155cm
所属事務所:さゆり音楽舎
祖母や母親の影響で歌が好きだった石川さゆりさんは、小学3年生の時に地元で開催された島倉千代子さんの歌謡ショーを見て感動したことをきっかけに、歌手を夢見るようになりました。
そして1972年の『ちびっ子歌謡大会』に参加できなくなった友人に替わって参加し合格、ホリプロにスカウトされ芸能界入りを果たし、同年秋に放映された連続ドラマ『光る海』にレギュラー出演しました。
翌年の1973年に歌手デビュー、しかしアイドル歌手としては芽が出ず、二葉百合子さんの「岸壁の母」がブレイクしたことで心を動かされ、「浪曲を教えてください」と二葉百合子さんの元に行き浪曲の発声法や歌手としての心構えなどを教わったそうです。
1977年に前年1976年に発売されたアルバム『365日恋もよう』からシングルカットされた「津軽海峡・冬景色」で大ブレイクすると、同年末のTBSテレビ系「第19回日本レコード大賞」歌唱賞など数々の音楽賞を受賞、『第28回NHK紅白歌合戦』にも初出場しています。
1980年代に入ってからも「波止場しぐれ」で第27回日本レコード大賞・最優秀歌唱賞、「天城越え」で第28回日本レコード大賞・金賞、「夫婦善哉」で第29回日本レコード大賞・金賞を獲得しました。
2015年には『第57回日本レコード大賞』において日本作曲家協会奨励賞を受賞し、2018年に芸術選奨文部科学大臣賞を、2019年には紫綬褒章を受章しています。
紅白出場回数では、2017年に紅組歌手としては史上初の紅白出場40回を達成しました。
石川さゆりの本名
石川さゆりさんの本名は、「石川 絹代 (いしかわ きぬよ)」さんです。
「さゆり」の芸名は、石川さゆりさんが出演したドラマ『光る海』のプロデューサーの岡田太郎さんが「いつまでも美しく清潔であってほしい」というイメージで命名したそうです。
石川さゆりの所属事務所
石川さゆりさんの現在の事務所は、「さゆり音楽舎」です。
デビュー時は「ホリプロ」でしたが、1997年に「株式会社さゆり音楽舎」を設立し、独立しました。
石川さゆりの年収
石川さゆりさんの年収は公表されていません。
デビューから数年は中々ヒット曲に恵まれなかったものの、演歌歌手として「津軽海峡・冬景色」がヒットしてからは多くのヒット曲を世に送り出しています。
歌番組に出演することも多く、年収は数億円になるのではないかと思われます。
石川さゆりの学歴
石川さゆりさんが通っていた学校について調べてみました。
石川さゆりの出身小学校
石川さゆりさんは、飽田村立飽田東小学校(現:熊本市立飽田東小学校)に入学しました。
5年生の時に神奈川県に引っ越し、横浜市立城郷小学校へ転校しています。
引っ越してから歌の稽古を始めた石川さゆりさんでしたが、両親は稽古代のお金は出してくれなかったため、牛乳配達のバイトをしていました。
新聞配達ではなく牛乳配達をしていた理由については、「牛乳配達ならレッスンのある日曜は休みだったから」と明かしています。
またレッスン料は月5000円で、バイト料が3000円だったことから、配る本数を増やして5000円に値上げしてもらったそうですよ。
石川さゆりの出身中学
小学校卒業後は、横浜市立城郷中学校に進学しました。
3年生で芸能界入りを果たすまでは、小学校の時と同じく牛乳配達のバイトをしながら歌の稽古を続けていました。
石川さゆりの出身高校
中学校卒業後は、堀越高等学校に進学しました。
石川さゆりさんは芸能活動コース(現・トレイトコース)に在籍、偏差値は37です。
「津軽海峡・冬景色」が大ヒットしたものの、その年は高校卒業前で単位が足りず、「先生、絶対今年はヒット曲出して紅白に出るから、単位をください」と頼み込んだのだそうです。
石川さゆりの出身大学
高校卒業後は、進学していません。
石川さゆりさんが学生だった頃は芸能界で大学に進学する方が少なかったため、石川さゆりさんも芸能活動1本に絞ったようです。
まとめ
『ちびっ子歌謡大会』をきっかけに芸能界入りしたものの、アイドル歌手時代は決して順調な生活とは言えませんでした。
しかし演歌歌手に転身したことで、石川さゆりさんの人生は大きく変わりました。
これからも石川さゆりさんの活躍を応援していきたいと思います。