外務副大臣、外務大臣政務官、衆議院内閣委員長などを歴任にした政治家の木原誠二さんは、どんな家庭で育ったのでしょうか。
両親や兄弟はどんな人なのか、気になりますね。
今回は、そんな木原誠二さんの家族について調べてみました。
木原誠二の実家は銀行一家
本日20:45頃〜、
— 木原 誠二 (@kihara_seiji) October 24, 2021
インスタライブやります!
日曜日の夜のひととき、木原せいじに是非お付き合いください🙇🏻♀️(by秘書)https://t.co/R3w7FozG1Z pic.twitter.com/kPwdd7mlTg
木原誠二さんは、政治家二世ではありません。
祖父や曽祖父、そして父親と兄が銀行勤務の銀行一家です。
木原誠二の家系図がすごい!
木原家は元々、長崎県士族の家柄だそうです。
高祖父は木原頼三さん、曽祖父は下坂藤太郎さんで、東京商科大学学長や経済安定本部総務長官、物価庁長官、通商産業大臣等を歴任した高瀬荘太郎さんは義理の大伯父にあたります。
また木原誠二さんのお兄さんの奥さんの家系は、元々浜本商会という旧満州国屈指の畳商として名を馳せていた名門一家なんだそうですよ。
木原誠二の生い立ち
本日午前中は東久留米市内15箇所で短い街頭演説をさせていただきました。
— 木原 誠二 (@kihara_seiji) October 27, 2021
耳をお貸しいただいた皆様ありがとうございました。また、お騒がせした皆様にはお詫びします。 pic.twitter.com/tlqy4GMdDd
1970年6月8日に誕生した木原誠二さんは、お父さんの仕事の都合で生後9ヵ月から5歳までシカゴに居住、その後1979年5月にアムステルダムに移り、生活していました。
日本に帰国してからはスポーツに打ち込み、小学生の頃はガキ大将だったそうです。
大学卒業後は「世の中の役に立ちなさい」という祖母の思いを実現できるという理由から当時の大蔵省を選択しました。
そして日本人初の交換職員として英国大蔵省に出向した際、サッチャー元首相にインタビューをする機会があり、ここで「政治を志そう」という思いが芽生え、政治家に転身しました。
木原誠二の兄はみずほ次期社長
兄は
— 栗&栗鼠 (@5wn5rX6rf70I5Kx) July 5, 2023
みずほフィナンシャルグループの社長に昇格する木原正裕執行役 pic.twitter.com/cJRNYweUX4
木原誠二さんのお兄さんは、木原正裕さんと言います。
木原正裕さんは一橋大学卒業後に日本興業銀行に入行、1995年に米国デューク大学ロースクールを修了し、2017年4月にみずほ証券株式会社執行役員、2020年4月に株式会社みずほフィナンシャルグループ・みずほ証券株式会社常務執行役員に就任しました。
そして2022年2月、みずほフィナンシャルグループ代表執行役社長兼グループCEOに就任しています。
楽天グループの三木谷浩史さんは大学・銀行の1年先輩で独身寮でともに過ごした仲で、三井住友銀行の福留朗裕さんは大学のアイスホッケー部の先輩で1年間一緒にプレーをしたことがあるそうです。
木原誠二の父親
木原誠二さんのお父さんは、木原雄一郎さんと言います。
木原雄一郎さんは1960年に東京銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行、その後日本国際通信(現・ソフトバンク)取締役、日本国際通信常務、日本国際通信専務を務めました。
1997年に日本テレコム(現・ソフトバンク)顧問、ジャパンテレコムユーケー社長になり、2001年には東京療術学院の副院長に就任しました。
木原誠二の祖父も曽祖父も銀行家
木原誠二さんの高祖父は、諫早銀行頭取を務めた木原頼三さんです。
曽祖父には、大蔵省監督局銀行課長、台湾銀行副頭取、日商社長を歴任した下坂藤太郎さんがいます。
木原誠二の母親はどんな人?
木原誠二さんのお母さんは、遠藤雅子さんと言います。
山梨県出身ということ以外は公表されておらず、情報がありませんでした。
まとめ
父や兄だけではなく、高祖父や曽祖父も銀行員という木原誠二さんですが、自身は銀行ではなく政治の世界を選びました。
家族とは違う形ですが、これからも木原誠二さんの信じた道をまっすぐに歩んでいってほしいと思います。