俳優の草刈正雄さんには、息子が1人と娘が2人います。
このうち息子は、YUSHIという名前で音楽活動をしていた草刈雄士さんです。
しかし2015年、23歳という若さでこの世を去りました。
今回は、草刈正雄さんの息子と2人の娘、そして孫について紹介します。
草刈正雄の息子・草刈雄士はラッパーYUSHI
草刈正雄さんの息子は、1991年3月20日生まれの長男・草刈雄士(くさかり ゆうし)さんです。
音楽の世界ではYUSHIという名前で活動し、日本のヒップホップシーンで知られる存在でした。
ただ、雄士さんは2015年2月14日に23歳の若さで亡くなっています。
俳優として活躍する父親のもとに生まれながら、雄士さんが選んだのは芝居ではなく音楽の道でした。
10代のうちからマイクを握り、バンドとヒップホップクルーの両方で活動していた経歴を持っています。
ズットズレテルズでハマ・オカモトと活動していた頃
雄士さんが10代の頃に参加していたのが、ズットズレテルズというバンドです。
このバンドには、のちにロックバンドOKAMOTO’Sとして活動するハマ・オカモトさん、オカモトレイジさん、オカモトショウさんが名を連ねていました。
雄士さんはボーカルを担当し、バンドの中心で声を張っていた1人です。
メンバーはそれぞれ独特なニックネームで呼び合っており、雄士さんは「ドカットカット」と名乗っていたとされています。
10代の若者が集まって鳴らしていたバンドですが、ここで生まれたつながりはその後の活動にも続いていきました。
ハマ・オカモトさんは、雄士さんが亡くなった際に悲しみをつづったコメントを残しています。
KANDYTOWNで「KING」と呼ばれた存在感
雄士さんの名前を広く知らしめたのが、ヒップホップクルーKANDYTOWN(キャンディタウン)での活動です。
KANDYTOWNは十数名が名を連ねる大所帯のクルーで、母体となったのはBANKROLLというグループでした。
IOさん、Ryohuさん、KEIJUさんなど、現在もシーンの第一線で活動するラッパーが数多く在籍しています。
このクルーには明確なリーダーが置かれていませんでした。
それでもメンバーの1人であるIOさんは、リーダーはいないが強いて中心人物を挙げるならYUSHIだと語っています。
メンバーの間で雄士さんは「KING」と呼ばれていました。
クルーの中で最初にラップを始めたのが雄士さんだったと語られており、雄士さんがいなければKANDYTOWNは存在しなかったという言葉も残されています。
音楽的な実力だけでなく、判断の基準として仲間から信頼を置かれる立場だったようです。
KANDYTOWNが本格的にシーンへ打って出るのは雄士さんが亡くなったあとのことですが、その名前はクルーの中心に残り続けました。
仲間からこれほど慕われていた雄士さんに何が起きたのか、次に見ていきます。
草刈正雄の息子YUSHIの死因は転落死と報じられた
草刈雄士さんは、2015年2月14日に23歳で亡くなりました。
死因は、マンションから転落したことによるものと報じられています。
事件性は認められず、誤って転落したものとみられると当時の報道は伝えていました。
なぜ転落に至ったのかについて、警察の見解や遺族からの詳しい説明は公にされていません。
ネット上ではさまざまな原因が語られてきましたが、いずれも根拠が示されたものではないため、ここでは報じられた事実の範囲でお伝えします。
転落があった当時の状況
雄士さんが転落したのは、東京都渋谷区にあるマンションでした。
このマンションの一室は、父親である草刈正雄さんが個人事務所として使用していた場所です。
雄士さんは以前からこの部屋で寝泊まりし、音楽の制作にあたっていたと伝えられています。
2015年2月14日の夜、路上に人が倒れているという通報があり、雄士さんは搬送先の病院で亡くなりました。
連絡を受けた草刈正雄さんは、その後に現場へ駆けつけたと報じられています。
音楽仲間にとっても、家族にとっても、あまりに突然の出来事でした。
草刈正雄さんはその後、息子について多くを語ってきませんでした。
命日に楽曲を届け続けたKANDYTOWN
雄士さんが亡くなったあとも、KANDYTOWNの活動の中にはその名前が残り続けました。
2022年2月14日、クルーは新曲「Blue Verse」をリリースしています。
この日は雄士さんの命日にあたり、楽曲には雄士さんも所属していたBANKROLLのメンバーが参加しました。
メンバーのIOさんは、雄士さんが生前に残したラップを使った楽曲「Check My Ledge」を発表しています。
この曲は2021年12月24日に7インチレコードとして限定リリースされました。
そしてKANDYTOWNは、2023年3月8日の日本武道館公演をもって活動に幕を下ろしました。
最後のステージでも、雄士さんの存在はクルーの中心にあり続けたと語られています。
23年という短い生涯でしたが、雄士さんが残した音楽と言葉は仲間たちの手で受け継がれていきました。
草刈正雄の子供は息子1人と娘2人の3人
草刈正雄さんは1988年に結婚し、3人の子供に恵まれました。
長女、長男、次女という順番で、およそ2年おきに誕生しています。
3人の名前と生年月日は次のとおりです。
- 長女・紅蘭(くらん)さん/1989年8月30日生まれ/タレント・実業家
- 長男・草刈雄士(くさかり ゆうし)さん/1991年3月20日生まれ/ラッパーYUSHIとして活動、2015年に死去
- 次女・草刈麻有(くさかり まゆう)さん/1993年4月20日生まれ/女優・モデル
3人とも、それぞれ違う形で表舞台に立ってきました。
長女の紅蘭さんはタレントから経営者へと軸足を移し、長男の雄士さんは音楽の道を歩みました。
そして次女の草刈麻有さんは、父親と同じ俳優業を選んでいます。

娘さんは2人なんだ

歩んだ道は対照的です
3人の母親は、元モデルで女優としても活動していた大塚悦子さんです。
草刈正雄さんとはドラマでの共演をきっかけに交際し、長い交際期間を経て結婚に至りました。
現在は草刈正雄さんが所属する事務所の運営にも関わっており、家族を支える立場にあります。
妻としての歩みや家族から見た草刈家の様子については、草刈正雄さんの妻・大塚悦子さんについてまとめた記事で詳しく紹介しています。
また、3人はクォーターにあたります。
草刈正雄さんの父親がアメリカ軍人で、草刈正雄さん自身がハーフだからです。
3人の顔立ちに華やかさがあるのは、この血筋によるところが大きいと語られています。
草刈正雄さんのルーツについては、父親や実家について調べた記事にまとめています。
ここからは、長女の紅蘭さんと次女の草刈麻有さんについて、それぞれの歩みを見ていきます。
長女・紅蘭はタレントから実業家へ
草刈正雄さんの長女は、タレントの紅蘭(くらん)さんです。
1989年8月30日生まれで、3人きょうだいの一番上にあたります。
バラエティ番組で明るいキャラクターを見せていた印象が強い方ですが、現在の主戦場はテレビではありません。
自身が立ち上げた会社の代表として、スキンケア商品のプロデュースを手がけています。
ダンス留学から芸能界入りするまで
紅蘭さんは13歳でダンスを始めました。
16歳になると単身でアメリカへ渡り、ロサンゼルスのスタジオでダンスを学んでいます。
帰国後はダンサーとして活動の幅を広げていきました。
転機となったのは2012年です。
バックパッカーとしてアフリカを旅したことがメディアの注目を集め、翌2013年からタレント活動を本格的に始めました。
『有吉反省会』『サンデージャポン』『メレンゲの気持ち』といった番組に出演し、二世タレントとして知られる存在になっています。
また2015年には、パーソナルトレーナーの国際ライセンスであるNSCAの資格を取得しました。
筋トレ好きが高じての挑戦だったそうです。
紅蘭の元旦那はラッパーのRYKEY
紅蘭さんのパートナーとして知られていたのが、ラッパーのRYKEY(リッキー)さんです。
2017年に交際が明らかになり、2018年12月には長女が誕生しました。
2人は婚姻届を出しておらず、事実婚のパートナーとして子育てをしていました。
入籍しなかった理由について、紅蘭さんは草刈という姓を残したいという思いを明かしています。
しかし2019年7月21日、2人は事実婚の解消を発表しました。
その後、紅蘭さんはシングルマザーとして1人で娘を育てています。
2021年には子育てや事実婚について書いた著書を出版し、そこに至るまでの日々を語りました。

1人で育ててるんだ

その中で会社も伸ばしています
株式会社Broskyの代表として迎えた10期目
紅蘭さんは27歳のときに株式会社Broskyを立ち上げました。
ジュエリーやファッションアイテムの販売から始まり、現在はスキンケアブランドが主力となっています。
看板商品は、独自成分を配合した美容液です。
2026年7月3日、紅蘭さんは会社が設立から9年を迎え、10期目に入ったことをインスタグラムで報告しました。
投稿では、娘を背負ってがむしゃらに走り続けた9年だったと振り返っています。
順風満帆ではなく、すべてを投げ出したくなった日もあったと率直な言葉をつづりました。
それでも続けてこられた理由として、商品を待ってくれる人の存在を挙げています。
タレントとしてよりも経営者としての姿が前に出るようになったのが、紅蘭さんの現在地といえます。
次女・草刈麻有は活動休止を経て父と同じ事務所へ
草刈正雄さんの次女は、女優でモデルの草刈麻有(くさかり まゆう)さんです。
1993年4月20日生まれの東京都出身で、3人きょうだいの末っ子にあたります。
姉の紅蘭さんが華やかなキャラクターで知られるのに対し、草刈麻有さんは清楚な雰囲気で作品に出演してきました。
そんな草刈麻有さんに、2025年末に大きな動きがありました。
Seventeen専属モデルから女優への転身
草刈麻有さんが芸能界に入ったのは2006年のことでした。
幼い頃からお父さんに連れられて撮影現場へ行っていたものの、当初は女優になるつもりはなかったそうです。
中学生のとき、仲の良い友人がモデルをしていたことがきっかけで芸能界に興味を持つようになりました。
お父さんは当初この道に進むことに反対していましたが、本人の強い意志に折れたと語られています。
2009年からはファッション誌『Seventeen』の専属モデルを務め、2012年まで誌面に登場しました。
女優としては、ドラマ『3年B組金八先生』第8シリーズ、『主に泣いてます』、『ぴんとこな』などに出演しています。
2017年のNHKドラマ『幕末グルメ ブシメシ!』、2019年の『やすらぎの刻〜道』にも名を連ねました。
2022年には、連続テレビ小説『ちむどんどん』に出演しています。
映画では、2007年公開の『0093 女王陛下の草刈正雄』でお父さんと親子役を演じました。
その後も『蘇りの血』『青い青い空』『少女たちの羅針盤』などに出演しています。
ちなみに、お父さんの草刈正雄さんもモデルから俳優へと歩みを進めた経歴の持ち主です。
その道のりについては、草刈正雄さんの若い頃についてまとめた記事で紹介しています。
2年の休止期間と2024年の活動再開
『ちむどんどん』への出演後、草刈麻有さんは芸能活動を一度休止しました。
表舞台から離れていた期間は、およそ2年に及びます。
そして2024年9月、草刈麻有さんは活動再開を発表しました。
このときに所属したのが、Maison.8という事務所です。
10代の頃にも一度活動を休んだ時期があり、その理由をのちにテレビ番組で明かしたこともありました。
立ち止まる時間を経てから戻ってくるのが、草刈麻有さんの歩み方なのかもしれません。
2025年12月にバービィオフィス所属
2025年12月26日、草刈麻有さんはバービィオフィスに所属することになりました。
バービィオフィスは、お父さんの草刈正雄さんが所属する事務所です。
事務所の公式サイトに所属に関する報告が掲載され、翌2026年1月1日には草刈麻有さん本人がインスタグラムで発表しました。
投稿では、新しい世界へ踏み出す決断であるという趣旨の言葉をつづっています。

お父さんと同じ事務所!

2025年末の発表でした
2026年7月には、姉の紅蘭さんと一緒に手料理を作る動画を公開し、仲の良い姉妹の姿が話題になりました。
父と同じ場所に身を置いた草刈麻有さんが、これからどんな作品に出演するのか注目が集まります。
草刈正雄の孫は紅蘭の娘
草刈正雄さんには、孫が1人います。
長女の紅蘭さんが2018年12月に出産した女の子です。
名前や通っている学校については公にされていないため、ここでは触れずにおきます。
草刈正雄さんはこの孫をとてもかわいがっているそうです。
孫について語る際には、デレデレになってしまうと本人が認めています。
面白いのは、孫から「パパ」と呼ばれているというエピソードです。
おじいちゃんではなくパパと呼ばれることについて、悪い気はしないと語っていました。

パパって呼ばれてるの?

本人も満更ではないようです
2026年5月5日、草刈正雄さんはテレビ朝日『徹子の部屋』に出演しました。
この番組の中でも、孫について語る場面がありました。
2018年生まれの孫は、この時点で7歳になっています。
紅蘭さんもインスタグラムで、娘との日常をたびたび公開しています。
2026年6月には、自宅の庭でバーベキューやプールを楽しむ様子を投稿しました。
投稿には、姉妹のような親子だという声が寄せられています。
また2026年4月には、娘の入学式に出席したことも明かしていました。
紅蘭さんは、休日に子供の笑顔からエネルギーをもらって平日の仕事を頑張れるとつづっています。
草刈正雄さんにとっても、孫の成長は大きな楽しみになっているようです。
まとめ
草刈正雄さんの子供は、長女の紅蘭さん、長男の草刈雄士さん、次女の草刈麻有さんの3人です。
長女の紅蘭さんは、ダンサーからタレントを経て、現在は自身の会社を率いる経営者になりました。
2026年に会社は10期目を迎え、シングルマザーとして娘を育てながら商品づくりを続けています。
長男の草刈雄士さんは、YUSHIという名前で日本のヒップホップシーンに足跡を残しました。
2015年に23歳で亡くなりましたが、仲間たちはその名前を掲げて音楽を届け続けてきました。
次女の草刈麻有さんは、活動を休む時期を経て2024年に表舞台へ戻ってきました。
2025年12月からはお父さんと同じバービィオフィスに所属し、新しい環境で歩き出しています。
3人が選んだ道は、経営、音楽、演技とそれぞれに異なるものでした。
共通していたのは、誰もが自分の意志で進む先を決めていたことです。
そして紅蘭さんの娘という新しい世代も、草刈家に加わりました。
これからも紅蘭さんと草刈麻有さん、そして草刈正雄さんの活躍を応援していきたいと思います。
