数々のドラマや映画で存在感を放ち、長年にわたって俳優として活躍を続ける柳葉敏郎さん。
実直な役柄が多い印象ですが、どのような環境で育ち、どんな学生時代を過ごしてきたのでしょうか。
また、芸能界入りのきっかけやご家族とのエピソードも気になるところです。
この記事では、柳葉敏郎さんの出身校をはじめ、実家やご両親・兄妹にまつわる情報をもとに、そのルーツに迫ってみたいと思います。
柳葉敏郎の学歴
柳葉敏郎さんが通っていた学校について調べてみました。
柳葉敏郎の出身小学校
柳葉敏郎さんの出身小学校は、秋田県大仙市(旧・西仙北町)にあった「西仙北町立刈和野小学校」です。
この学校は地元でも歴史のある小学校でしたが、2012年に近隣の小学校と統合され、現在は「西仙北小学校」という名前に変わっています。
地元・刈和野地区といえば、毎年2月に行われる伝統行事「刈和野の大綱引き」でも知られており、柳葉さんもそうした地域文化に囲まれて少年時代を過ごしたと考えられます。
本人はこれまで多くを語っていないものの、故郷に対する強い愛着をたびたび口にしており、地元との関わりを大切にしている様子が見受けられます。
柳葉敏郎の出身中学
柳葉敏郎さんは、小学校卒業後、「西仙北町立刈和野中学校」へ進学しています。
この中学校も1994年に周辺校との統合により閉校となり、現在は「西仙北中学校」として引き継がれています。
中学時代の柳葉さんは、軟式テニス部に所属し、県大会への出場経験もあるなど、スポーツに打ち込んでいたことが知られています。
地元では礼儀正しく活発な生徒として知られており、当時から目立つ存在だったようです。
芸能界入り前の、真面目で努力家な一面がうかがえるエピソードのひとつです。
柳葉敏郎の出身高校
柳葉敏郎さんは中学卒業後、秋田県立角館高等学校に進学しました。
この高校は、秋田県内でも部活動が盛んなことで知られており、当時の偏差値はおよそ51とされています。
高校でも中学時代に続いて軟式テニス部に所属し、競技に真剣に取り組んでいたそうです。
一方で、文化祭では舞台の主役を務めるなど、表現の場でも存在感を発揮していたことが語られています。
ただし、当時は芸能界に進むつもりはなく、将来は体育教師になることを目指していたとのこと。
人前に立つことに抵抗はなかったものの、自ら芸能の道を志したわけではなく、進路の転機は高校卒業後に訪れたようです。
柳葉敏郎の出身大学
柳葉敏郎さんは、高校卒業後に大学進学を目指しましたが、当時の受験では志望校に合格できず、浪人生活を送っていました。
しかし、その浪人中に転機が訪れます。
人気オーディション番組『スター誕生!』に応募し、テレビの世界へと足を踏み入れるきっかけをつかんだのです。
結果的に芸能界への道を選ぶこととなり、大学進学は断念。
夢だった体育教師の道とは異なる進路となりましたが、ここから本格的に俳優・タレントとしてのキャリアがスタートしました。
当時の判断が、のちに長年にわたる芸能活動へとつながる重要な分岐点となったわけです。
ファミリーヒストリーで異母姉がいたことが話題に
柳葉敏郎さんのファミリーヒストリー、ヤバくて泣きそうだったし見られて良かった!!!
— デンデン_@ノ” *⃣ (@denden_k) June 22, 2020
運命のいたずらというか、度々思ってもいない不思議なこともあるし凄いよ。
ギバちゃん、早くお姉さんに初対面出来るとイイな~♪#NHK pic.twitter.com/1qSVNIeDGM
2020年に放送されたNHKの番組『ファミリーヒストリー』に出演した柳葉敏郎さんは、この番組内で、自身に異母姉がいたことを初めて知るという衝撃的な事実に直面しました。
番組の調査によって明らかになったのは、柳葉さんの父親が現在の母親と結婚する以前に、経済的な事情からわずか2年で離婚に至った前妻との間に「ひとみさん」という娘がいたという事実です。
つまり、柳葉さんにとっては血のつながった異母姉が存在していたことになります。
柳葉さん自身、父親に離婚歴があったことも、その間に子どもがいたことも知らされておらず、番組内でその事実を知った際には思わず涙を流し、「兄弟が増えた…」と語る姿が印象的でした。
普段は多くを語らない柳葉さんの素直な反応が、視聴者の心にも深く響いた放送回となりました。
柳葉敏郎の実家
柳葉敏郎さんの出身地は、秋田県大仙市。
旧・仙北郡西仙北町にあたる地域で、自然豊かな土地柄としても知られています。
家庭の事情により、柳葉さんがまだ小学生だった頃に、母親が子どもたちを連れて刈和野町(現在の大仙市刈和野地区)にある実家へと戻る形で移り住んだそうです。
以後、柳葉さんはこの地で青春時代を過ごすことになります。
ただし、実家の詳細な所在地については本人も公表しておらず、プライバシーの観点から明確にはされていません。
芸能界で活躍するようになった後も、地元との関係を大切にしており、地域のイベントや地元テレビ局の番組にもたびたび登場するなど、ふるさとへの思いが強いことでも知られています。
柳葉敏郎の生い立ち
自殺願望の若者に「ファミリーヒストリーで柳葉敏郎さんの話が。60年経って母親違いの姉がいる事を。柳葉さんと言えば、萩本欽一劇団面接後、欽ちゃんが『今から面接者全員に電話を。家にいた者を合格に。この仕事、運も大事』と。人は生きておりさえすれば将来、何が待ってるかわからんよ」と。 #命 pic.twitter.com/wIpjDshS1Q
— 天徳山 金剛寺 (@kongouji093) June 26, 2020
柳葉敏郎さんは、1961年1月3日に秋田県で生まれました。
8歳のときに両親が離婚し、その後は母方の実家に移り住み、祖母や母の弟夫婦のもとで育てられています。
厳しさと愛情を併せ持った祖母は、普段は孫に対してとても優しかったそうですが、柳葉さんが上京して芸能界を目指す決意を伝えた際には「成功するまでは敷居をまたぐな」と強く言い聞かせたといいます。
その一言は、柳葉さんの覚悟を後押しする大きな原動力になったようです。
もともと芸能界に強い憧れがあったわけではなく、高校時代は体育教師を目指していた彼でしたが、当時ライバル視していた同級生が先に上京したことをきっかけに、「本気で勝負するなら自分も東京で挑まなければ」と決意を固めたそうです。
この反骨心と挑戦心が、やがて俳優・柳葉敏郎の原点となっていきます。
柳葉敏郎の父親
偶然見ることができた今日のファミリーヒストリーは秋田出身の柳葉敏郎さんの回でしたが、看板画家だったお父さんの絵がホント素敵。まさかの腹違いのお姉さんがいる話では涙…。ちなみに私はギバちゃんと同じ刈和野生まれで産院も同じと母に聞いています!#ファミリーヒストリー pic.twitter.com/eOrZ3PDTUU
— 久我山ハナイグチ (@hanaiguchi3) June 22, 2020
柳葉敏郎さんの実父は、山田四郎さんという人物で、かつては映画館の看板絵師として働いていました。
筆を使って映画の世界を描く職人としての一面を持ちつつ、家庭では温厚で子煩悩な父親だったそうです。
しかし、稼ぎを家庭にほとんど渡さなかったことが原因で、柳葉さんの母親は離婚を決意。
柳葉さんが幼い頃に両親は別々の道を歩むことになりました。
その後、山田さんは一人で生活していましたが、柳葉さんが8歳のとき、脳溢血で急逝。
享年38歳という若さでした。
父と子として過ごした時間は短かったものの、柳葉さんにとって大きな影響を残す存在であったことは間違いありません。
母親はその後再婚し、柳葉さんには継父ができましたが、継父については「柳葉」という姓であること以外は公表されておらず、詳細は不明となっています。
柳葉敏郎の母親
あんま芸能人似てる言われへんねんけど中1のとき家庭科の先生に「アンタ柳葉敏郎に似てるわ!ギバちゃん!!」言われたことあっていや似てねぇよと思ってたけど今ファミリーヒストリーで写った柳葉敏郎のお母上の若い頃写真、こちらはちょっと似てる気がするしわたし実は柳葉敏郎に似てるんかもしらん pic.twitter.com/jcLRNwb9uS
— あきら (@moramorauroco) June 22, 2020
柳葉敏郎さんの母親は、和子さんという名前で、小学校の教員として働いていました。
実父との離婚後は、子どもたちを連れて実家へ戻り、自身の母親や弟夫婦の手を借りながら、仕事と家庭を両立させる生活を送っていたそうです。
生活費を稼ぐために忙しく働く日々のなかで、母親としての責任を果たすために奮闘していた和子さんの姿は、柳葉さんの原点とも言える存在です。
直接的な愛情表現よりも、行動で支えるタイプだったとされ、そんな芯の強い母の背中を見て育ったことが、柳葉さんの人格形成にも大きく影響を与えたのではないかと考えられます。
柳葉敏郎の妹
柳葉敏郎さんには妹が一人いますが、一般の方のため詳細なプロフィールや顔写真などは公開されていません。
ただ、その妹は、かつてバスケットボール日本代表として活躍した佐藤清美さんと結婚していることが明らかになっています。
佐藤さんは1990年代を中心に男子バスケット界で名を馳せた存在で、秋田県とも縁のある人物です。
このことからも、柳葉家はスポーツとの関わりが深く、地元・秋田の人々にとって親しみを感じる存在となっています。
妹自身について語られることは少ないものの、兄の柳葉さんが芸能界で長く活躍を続けている背景には、こうした家族との穏やかな関係もあるのかもしれません。
まとめ
柳葉敏郎さんは、幼少期に両親の離婚を経験し、わずか8歳で実父を亡くすという大きな別れを経験しました。
そんな彼が、何十年もの時を経て『ファミリーヒストリー』という番組を通じて異母姉の存在を知ったことは、まさに人生の巡り合わせといえるでしょう。
芸能界に進まなければ知ることのなかった家族の真実と向き合ったことで、柳葉さんの中にも新たな絆が芽生えたのかもしれません。
それぞれの人生が交わり、また離れていくなかでも、家族としてのつながりを大切にし続けている柳葉さんの姿には、どこか温かな希望が感じられます。
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