アニメ『ドラえもん』の主人公・ドラえもん役を約26年務めたことで知られる女優で声優の大山のぶ代さんは、1964年に俳優の砂川啓介さんと結婚しました。
大山のぶ代さんと砂川啓介さんはどこで出会い、子供はいたのでしょうか。
今回は、大山のぶ代さんと砂川啓介さんの馴れ初めや子供、自宅について調べてみました。
大山のぶ代の旦那は砂川啓介
誰もが認めた“幸せな夫婦”を襲う数々の試練…認知症の妻・大山のぶ代を見守る砂川啓介の胸中とは?『徹子の部屋』 https://t.co/852tOjNpcX #黒柳徹子 #砂川啓介 #大山のぶ代 pic.twitter.com/6BpSh4oz3p
— music.jpニュース (@musicjpnews_mti) November 15, 2016
大山のぶ代さんの旦那さんは、俳優の砂川啓介さんです。
砂川啓介さんは、1961年に『うたのえほん』初代「たいそうのおにいさん」に就任し、1980年からは『お昼のワイドショー』で6年間司会を務めるなどマルチに活動していました。
2017年7月11日に尿管癌により80歳で亡くなりました。
大山のぶ代さんはすでに認知症を発症して老人ホームに入所していたことから臨終には間に合わず、喪主を務めたものの通夜と葬儀に現れなかったそうです。
大山のぶ代と砂川啓介の馴れ初め
<砂川啓介さん死去>葬儀欠席の大山のぶ代、通夜前日に棺の中で眠る夫と対面(週刊女性PRIME) https://t.co/m5CTMnlOja pic.twitter.com/PsFF0Sitzh
— 恋愛テクニック 相互フォロー支援 (@fajitehukuz) July 24, 2017
大山のぶ代さんと砂川啓介さんの出会いは、1963年のミュージカル『孫悟空』での共演でした。
この作品では砂川啓介さんが主演、恋人役のヒロインを大山のぶ代さんが務めていました。
大山のぶ代さんは当初砂川啓介さんのことを知らず、「蕎麦屋の出前のお兄さん」だと思い込んでいたそうです。
さらに見た目や雰囲気から砂川啓介さんのことをオカマだと勘違いしていました。
すぐに勘違いは晴れたものの、お互いに異性として意識することはありませんでした。
しかし舞台の本番を控え、明け方まで歌の稽古をしていたある日、大山のぶ代さんと砂川啓介さんが砂川啓介さんの愛車で買い物をしに夜明け前の街に繰り出した時に見知らぬ少年に絡んでいるチンピラと出会い、二人で見事撃退させるということが起きました。
このことをきっかけに一気に距離が縮まり交際に発展、大山のぶ代さんのアパートでこっそりとデートを重ねて1964年に結婚しました。
大山のぶ代の子供は2人死別だった
大山のぶ代さんが老人ホームに入所!!!夫・砂川啓介さんが語る認知症介護 https://t.co/IEhqSSmy9r pic.twitter.com/FjicLvPGTG
— sagaenta (@sagaenta) June 6, 2016
大山のぶ代さんと砂川啓介さんは、2人の子供を授かりました。
1人目は大山のぶ代さんが32歳の時で、妊娠7か月目での死産でした。
2人目は大山のぶ代さんが38歳になった時で、1人目の悲しみを繰り返さないようにと全ての仕事を休み、大事を取って何度も入退院を繰り返していたそうです。
しかし妊娠7ヶ月で早産、子供は保育器の中で3か月を過ごし、心臓と肺の先天性疾患のため亡くなりました。
1人目は男の子、2人目は女の子で「絵梨加」と命名しています。
絵梨加さんが亡くなった後、医師から「次に妊娠したら、母体が危ないです」と言われた大山のぶ代さんは妊娠恐怖症になり、それから寝室を別にするなどお互いの身体に触れることがなくなったそうです。
大山のぶ代の自宅
大山のぶ代さんの自宅は、東京都目黒区にありました。
詳しい住所は公開されていません。
2016年に大山のぶ代さんが老人ホームに入り、2017年に砂川啓介さんが亡くなってからは誰も住んでおらず、2023年には「空き家状態」と週刊誌に報じられていました。
まとめ
大山のぶ代さんと砂川啓介さんの夫婦生活は、子供を亡くし、大山のぶ代さんが認知症、砂川啓介さんが癌になるなど大変なことも多くありましたが、二人で支えあいながら過ごしていました。
これからは空の上で二人の時間を楽しんでほしいと思います。