俳優の星野真里さんには、2015年生まれの娘さんがいます。
2024年、星野真里さんは娘さんが難病と診断されていることを自ら明らかにしました。
そして2026年の夏、80kmを走りきった先で娘さんが待っていました。
今回は、星野真里さんの娘さんの病気や、母として歩んできた道のりについて調べてみました。
星野真里の娘は先天性ミオパチー|2024年に本人が明かした内容
星野真里さんの娘さんは、先天性ミオパチーという病気と診断されています。
国が指定する難病のひとつです。
このことを伝えたのは、報道でも週刊誌でもありません。
星野真里さん自身が、自分の言葉で書いた投稿でした。

娘さんのこと、いつ話したの?

2024年の秋です。
2024年9月15日の公式Instagram投稿
星野真里さんが娘さんについて明かしたのは、2024年9月15日のことでした。
自身の公式Instagramに投稿された文章の中で、長女が先天性ミオパチーと診断されていることを伝えています。
長女が生まれたのは2015年7月30日です。
診断から投稿までには、長い時間が空いていたことになります。
同じ投稿では、星野真里さん自身が社会福祉士の資格を取得したことも報告されました。
さらに、娘さんのInstagramアカウントを開設したことも書かれています。
娘さんの状況を明かすことと、自分の資格取得を伝えること、そして家族としての発信を始めること。
この3つが、ひとつの投稿にまとめられていました。
障害者手帳と電動車椅子
投稿の中で星野真里さんは、娘さんが障害者手帳を持っていることも伝えています。
移動には電動車椅子を使っているそうです。
また、人工呼吸器を使用していることも、のちの報道で伝えられています。
これらは、星野真里さんと家族が自ら発信してきた内容です。
この記事でも、本人と家族が語っている内容を軸にお伝えしていきます。
診断を受けたのは2歳のとき
娘さんが先天性ミオパチーと診断されたのは、2歳のときでした。
これは旦那さんの高野貴裕さんが、2025年3月のインタビューで語っている内容です。
2017年ごろということになります。
診断から星野真里さんが投稿で明かすまでに、7年ほどの時間が流れていました。

7年も経ってからだったんだ

その間に資格も取っています。
娘の診断が星野真里を社会福祉士に向かわせた
星野真里さんは現在、俳優業と並行して社会福祉士という肩書きを持っています。
芸能活動とはまったく別の分野の国家資格です。
なぜ星野真里さんは、この資格を目指したのでしょうか。
その理由もまた、2024年9月の投稿の中に書かれていました。
娘のために何かできないかという出発点
星野真里さんは投稿の中で、娘さんのために何かできないだろうかと考えたことが始まりだったと書いています。
そこから社会福祉士を目指すという道にたどり着きました。
社会福祉士は、福祉に関する相談に応じたり、必要な支援につないだりする専門職です。
制度や支援の仕組みを知ることは、そのまま娘さんとの日々に返ってきます。
母として身につけたいと思った知識が、そのまま国家資格の範囲と重なっていたということになります。

働きながら国家資格を?

数年かけて合格しています。
俳優業と並行しての国家試験
星野真里さんは投稿の中で、前年度の試験に合格したことを伝えています。
社会福祉士と名乗ることができるようになった、という報告でした。
この間も星野真里さんは俳優としての仕事を続けています。
撮影や舞台の合間に勉強を重ねての合格だったことになります。
資格を取ったあとも、星野真里さんは学びを続ける意向を発信しています。
2025年1月には、社会福祉士としての学びについて触れた投稿も見られました。
資格の取得が終点ではなかったということです。
俳優・作家・社会福祉士という現在の肩書き
星野真里さんは現在、公式Instagramのプロフィールで自身を3つの言葉で紹介しています。
俳優、作家、そしてソーシャルワーカーです。
作家という言葉が入っているのは、短歌の発表や著書があるためです。
『さいごにきみと笑うのだ』という著書があり、公式Instagramでは短歌の投稿も続けられています。
地元のふじみ野市も、俳優業のほかコメンテーターや司会、エッセイ、ナレーションへと活動の幅を広げている人物として星野真里さんを紹介しています。

肩書きが3つもある!

出発点は娘さんのことでした。
なお、旦那さんの高野貴裕さんも社会福祉士の資格を取得したと報じられています。
高野貴裕さんはTBSアナウンサーを経て、現在は東京都議会議員として福祉分野に関わる委員会に所属しています。
夫婦それぞれの歩みについては、別の記事でまとめています。
星野真里の旦那は高野貴裕!子供・自宅や実家・両親や兄弟についても
2026年『24時間テレビ49』で80kmを完走
2026年の夏、星野真里さんは大きな挑戦をしました。
日本テレビ系『24時間テレビ49』のチャリティーランナーです。
走った距離は、およそ80kmでした。
2026年6月21日のランナー発表
星野真里さんがチャリティーランナーを務めると発表されたのは、2026年6月21日でした。
本番までおよそ2か月という時期です。
発表を受けて、旦那さんの高野貴裕さんが応援の言葉を投稿したことも話題になりました。
星野真里さんにとって、これは俳優としての仕事ではありません。
娘さんと向き合ってきた一人の母として引き受けた挑戦でした。

80kmってすごい距離!

準備期間は2か月ほどでした。
本番を前に、娘が大きな手術に向き合っていた
この2か月のあいだ、星野真里さんの家族には別の出来事もありました。
2026年8月、娘さんが大きな手術を受けたことが家族の発信で伝えられています。
手術の内容や経過について、詳しいことは語られていません。
ただ、走る準備を進める時期と、娘さんが手術に向き合う時期が重なっていたことになります。
2026年のインタビュー報道では、その娘さんが母の挑戦を応援する言葉をかけていたことも伝えられました。
走る母と、手術に向き合う娘。
二人はそれぞれの場所で、同じ夏を過ごしていました。
8月30日、ゴールで娘が出迎える
2026年8月30日、星野真里さんは80kmを走りきりました。
ゴール地点で待っていたのは、娘さんでした。
報道では、娘さんが母を出迎えた場面が大きく伝えられています。
高野貴裕さんも、星野真里さんを応援する娘さんの様子を自身のSNSで公開しました。
家族そろって、この挑戦を支えた形です。

娘さんが待ってたんだ

その夏を家族で越えています。
放送後に伝えられた話の中には、高野貴裕さんが以前に口にしたという言葉もありました。
娘さんに「ごめんね」と言うのはやめよう、という言葉です。
この言葉をきっかけに、星野真里さんの向き合い方が変わっていったと語られています。
そして完走から数日後には、娘さんが退院後に花火を楽しむ様子も家族の発信で伝えられました。
24時間テレビで語った学校での話と、その受け止め
『24時間テレビ49』の放送後、星野真里さんの名前が別の形で広がりました。
番組の中で語られた、娘さんの学校での話がきっかけです。
この話は放送直後から大きな反響を呼び、賛否の分かれる形で受け止められました。
まずは、星野真里さんが何を語ったのかを見ていきます。
番組で語られた教室の光景
星野真里さんが番組で振り返ったのは、娘さんが小学1年生だったころの授業参観です。
教室に入ると、娘さんは一番後ろにいたといいます。
周囲からの声かけや補助がなく、その場にいさせてもらっているだけのように見えた。
星野真里さんは、当時感じたことをそう語りました。
涙ながらの語りだったことも、放送を見た多くの人の印象に残っています。

親としてはつらい光景かも

その場で見た印象を語っています。
学校に伝えたあとの変化
星野真里さんは、そのときに感じたことを学校側に伝えたといいます。
そして、すぐに対応があったとも語っています。
学校名は出されておらず、特定の学校を指して語られたわけではありません。
番組では、障害のある子どもが通常の学級で過ごすときに何が起きるのか、という話として語られています。
星野真里さんの語りは、問題提起で終わらず、伝えたことで状況が動いたという結びまで含まれていました。
広まった話と、報道が伝える内容の違い
放送後、ネット上ではこの話をめぐってさまざまな意見が交わされました。
その中で広く出回ったのが、通常の学級に無理に入学させたのではないか、という受け止めです。
ただ、この受け止めは報道が伝えている内容とは食い違っています。
報道の大勢は、娘さんが特別支援学級に在籍したうえで、通常の学級には交流や共同学習という形で参加していた、というものです。
この点が後から広まったことで、前提が違っていたという指摘も出ました。

前提が違ってたんだ

短い尺で伝わりにくい話でした。
同級生に介護をさせようとしている、という話も一部で広まりました。
これは2024年の別のインタビューでの発言と、今回の授業参観の話が結びつけられたものだと言われています。
星野真里さんが番組でそうした求めを口にした事実は見当たりません。
一方で、星野真里さんの語りに共感を寄せる声も数多くありました。
障害のある子どもを育てる家庭からは、言葉にしにくかったことを語ってくれたという受け止めも出ています。
9月に入ってからは、議論の中心が星野真里さん個人から、学校現場の人手や制度の話へと移っていきました。
教員の立場から、支援したくても人手が足りない現実を語る声も取り上げられています。
星野真里さんが語った教室の光景は、一つの家庭の話にとどまらない問いとして残りました。
まとめ
星野真里さんの娘さんは、先天性ミオパチーという難病と診断されています。
診断を受けたのは2歳のときで、星野真里さんがそのことを明かしたのは2024年9月のことでした。
同じ投稿で伝えられたのが、社会福祉士の資格を取得したという報告です。
娘さんのために何かできないかという思いが、国家資格の取得につながっていました。
2026年の夏、星野真里さんは『24時間テレビ49』で80kmを走りきりました。
ゴールで待っていたのは、その少し前に大きな手術を終えた娘さんでした。
番組で語られた学校での話は、放送後に大きな反響を呼びました。
広まった受け止めの中には報道の内容と食い違うものもあり、前提が伝わりにくかった部分もあります。
それでも、星野真里さんが語った教室の光景は、多くの人が考えるきっかけになりました。
母として走り、母として語った2026年の夏が、星野真里さんの歩みの中に刻まれています。
