お笑いコンビ「錦鯉」のボケ・長谷川雅紀さん。
若い頃の写真がネット上に出回るたびに、「別人みたい」と話題になります。
長い間、奥歯がないことを公表していたことでも知られていました。
今回は、そんな長谷川雅紀さんの若い頃や学歴、歯の治療費や年収について調べてみました。
錦鯉長谷川雅紀の若い頃はイケメンだった?
長谷川雅紀さんといえば、大声で「こ〜んに〜ちは〜!!」と叫ぶ姿でおなじみです。
50歳で『M-1グランプリ』の王者になったこともあり、「おじさん芸人」という印象を持つ方も多いのではないでしょうか。
そんな長谷川雅紀さんですが、若い頃の写真がネット上で話題になることがあります。
「イケメン」という声が上がるほど、今とは印象が違うのです。
若い頃の写真が話題になる理由
若い頃の錦鯉長谷川らしい。 pic.twitter.com/CfwMcsL6OX
— terry【陽】 (@carp_terry1) December 20, 2020
こちらは、若い頃の長谷川雅紀さんとされる写真です。
体型がすっきりとしていて、髪型も今とは大きく違います。
ネット上では「別人みたい」「普通にかっこいい」といった反応が寄せられました。
長谷川雅紀さんは1971年7月30日生まれです。
芸人としての活動を始めたのは1994年、23歳のときでした。
つまり若い頃といっても、テレビで見かけるようになるはるか前の話になります。
『M-1グランプリ』優勝が2021年ですから、世に知られるまでに27年かかった計算です。
その長い下積み時代の姿を知る人がほとんどいないため、若い頃の写真が新鮮に映るのだと思われます。

別人じゃない?

30年近く前の姿です
印象が変わったのはいつからか
今の長谷川雅紀さんの印象をつくっている要素は、大きく2つあります。
ひとつは体型です。
もうひとつは歯でした。
長谷川雅紀さんは長い間、奥歯がない状態で活動していました。
売れない時期に歯医者へ通うお金がなく、虫歯を放置し続けた結果です。
笑ったときの独特な表情は、この状態が長く続いたことでつくられたものでした。
治療を始めたのは2021年、ちょうど『M-1グランプリ』で優勝した年のことです。
つまり若い頃の写真は、歯を失う前の長谷川雅紀さんということになります。
下積みの長さがそのまま見た目の変化に表れているという、少し切ない事情が背景にあるわけです。
歯の治療については、記事の後半でくわしく紹介します。
錦鯉長谷川雅紀の学歴
長谷川雅紀さんは、北海道札幌市の出身です。
小学校から高校まで、すべて北海道の学校に通っていました。
それぞれの学校での様子を見ていきます。
錦鯉長谷川雅紀の出身小学校
長谷川雅紀さんが入学したのは、札幌市立中央小学校です。
そして2年生のときに、札幌市立本郷小学校へ転校しています。
この転校初日に、忘れられない出来事がありました。
教壇に立った長谷川雅紀さんが「中央小学校から来た、長谷川雅紀です!」と挨拶したところ、クラス中が笑い出したのです。
本人にはなぜ笑われたのかまったく分かりませんでした。
種明かしをすると、そのクラスにすでに同じ「長谷川」という姓の子がいたというだけのことでした。
意図せず笑いが起きた最初の経験だったのかもしれません。
【吹き出し位置】
モモ「理由それだけ?」→ ナギ「本人は謎のままでした」
錦鯉長谷川雅紀の出身中学校
小学校卒業後に進学したのは、札幌市立東白石中学校です。
中学時代は陸上部に所属していました。
また、斉藤由貴さんの大ファンだったそうです。
ファンクラブに入るだけでは飽き足らず、親衛隊にまで所属していました。
1980年代半ば、斉藤由貴さんがアイドルとして人気を集めていた時期と重なります。
錦鯉長谷川雅紀の出身高校
中学卒業後は、北海道北広島西高等学校へ進学しました。
偏差値は45とされています。
高校ではバドミントン部に所属していました。
中学が陸上、高校がバドミントンと、運動部を続けていたことになります。
なお、両親が離婚したのはこの高校時代のことです。
大学には進学せず、専門学校を半年で中退
長谷川雅紀さんは、大学には進学していません。
高校卒業後に選んだのは、北海道造形デザイン専門学校でした。
ただし、どうしてもこの学校で学びたいという強い気持ちがあったわけではなかったそうです。
結果として、半年ほどで中退しています。
そのため最終学歴は北海道北広島西高等学校の卒業ということになります。
なお、この専門学校は2015年3月に閉校しました。
中退後はフリーターとして働く日々が始まります。
ここから芸人になるまでの道のりは、次の章で見ていきます。
錦鯉長谷川雅紀のプロフィール
名前:長谷川雅紀(はせがわ まさのり)
生年月日:1971年7月30日
出身地:北海道札幌市
血液型:O型
身長:173cm
趣味:温泉巡り
所属事務所:ソニー・ミュージックアーティスツ
コンビ名:錦鯉(2012年結成)
相方:渡辺隆さん
デビュー:1994年(札幌吉本)
主な受賞歴:M-1グランプリ2021優勝
長谷川雅紀さんは、1971年7月30日生まれです。
誕生日を迎えるごとに年齢は変わりますが、生まれ年から計算できます。
出身は北海道札幌市で、白石区で育ちました。
「長谷川雅紀」は芸名ではなく本名です。
読み方は「はせがわ まさのり」です。

本名だったんだ

そのまま使っています
コンビ「錦鯉」を結成したのは2012年、長谷川雅紀さんが40歳のときでした。
相方は渡辺隆さんです。
そして2021年、50歳で『M-1グランプリ』を制しました。
これは大会史上最年長での優勝です。
翌2022年には、ニホンモニターが発表した「2022ブレイクタレント」で第2位にランクインしています。
所属事務所はソニー・ミュージックアーティスツです。
なお2024年8月には、一般女性と結婚したことも公表されました。
錦鯉長谷川雅紀が芸人になるまでの道のり
長谷川雅紀さんは、子供の頃からお笑い芸人を目指していたわけではありません。
むしろ、まったく別の道に憧れていた少年でした。
芸人としてのスタートは23歳、そこから錦鯉の結成までさらに18年かかっています。
遠回りの連続だった道のりをたどっていきます。
アニメと漫画が好きだった子供時代
1971年7月30日に生まれた長谷川雅紀さんは、アニメやゲームが大好きな子供でした。
特に好きだったのが『ドラえもん』です。
憧れていた職業は、お笑い芸人ではなく漫画家でした。
ただし当時は、アニメや漫画が好きな人が今ほど受け入れられる時代ではありませんでした。
長谷川雅紀さんも周囲の目を気にして、自分の好きなものをあまり表に出さなかったそうです。
お笑いとの関わりも「テレビでバラエティー番組を見る程度」だったといいます。
高校卒業後にデザインの専門学校を選んだのも、漫画家への憧れの延長線上にあったのかもしれません。
【吹き出し位置】
モモ「芸人じゃなくて漫画家だったんだ」→ ナギ「意外な出発点です」
アルバイト先で出会った芝居の世界
専門学校を中退した長谷川雅紀さんは、アルバイトで生活していました。
そのひとつがカプセルホテルのフロント業務です。
ここで一緒に働いていた同僚が、劇団に所属している人でした。
その縁で舞台に立つようになったことが、人生の分かれ道になります。
芝居の中で笑いを取る場面が、何より気持ちよく感じられたのです。
さらに当時テレビで見た「海砂利水魚」、現在のくりぃむしちゅーのコントにも衝撃を受けたといいます。
こうしてお笑いの世界を目指すようになりました。
札幌に吉本興業の事務所ができたのを機に、高校の同級生とオーディションを受けます。
芸人としての活動が始まったのは1994年、23歳のときでした。
2度の解散を経て錦鯉の結成へ
同級生と組んだ最初のコンビは、やがて解散を迎えます。
その後はピン芸人として活動していました。
転機になったのは、別れたはずの相方からの誘いです。
「再結成しないか」「ゼロから再出発したい」と声をかけられ、2人で上京することを決めました。
30歳のときのことです。
東京の事務所にも所属しましたが、相方の体調不良をきっかけに2度目の解散となります。
再びピン芸人に戻ることになりました。
そして40歳のとき、渡辺隆さんとコンビ「錦鯉」を結成します。
2012年のことでした。
『M-1グランプリ』で初めて準決勝に進んだのが2016年です。
2020年には念願の決勝進出を果たし、10組中4位という成績を残しました。
翌2021年、2年連続の決勝進出で見事に優勝します。
50歳での戴冠は『M-1グランプリ』史上最年長王者の記録となりました。

23歳から27年…

諦めなかった結果です
錦鯉長谷川雅紀の芸歴と同期、所属事務所
長谷川雅紀さんが芸人としてデビューしたのは、1994年です。
札幌吉本からのスタートでした。
そこから30年以上にわたって、お笑いの世界で活動を続けています。
この長い芸歴のほとんどが、名前を知られないままの時間でした。
同期にはタカアンドトシやアンタッチャブル
錦鯉M-1GP決勝進出を祝して㊗️
— 「ジンギス談!」【公式】HBC北海道放送 (@jingisudahhhhhn) December 3, 2020
9月に長谷川さんが出演時に泣く泣くカットしたタカトシクイズの1問を公開‼️
タカトシ・長谷川・安村が最初の2分までずっとふざけてます笑
<チャンネル登録お願いします🤲>
【爆笑!20年前に雑誌で放ったタカの名言を当てろ!】https://t.co/dfepeSV1XQ @YouTubeより pic.twitter.com/9kPEgUBgfb
1994年デビュー組には、名前を聞けば誰もが知る顔ぶれが並びます。
「タカアンドトシ」「ブラックマヨネーズ」「チュートリアル」「スピードワゴン」「アンタッチャブル」「NON STYLE」などが同期にあたります。
特に関係が深いのが、同じ北海道出身のタカアンドトシです。
チケットの手売り、合同コント、初めてのテレビ出演。
札幌時代の経験は、ほとんど一緒だったと長谷川雅紀さんは明かしています。
同期の多くが2000年代にブレイクしていった一方で、長谷川雅紀さんに光が当たったのは2020年以降でした。

同期、豪華すぎない?

そこから25年かかりました
所属事務所はソニー・ミュージックアーティスツ
長谷川雅紀さんが所属しているのは、ソニー・ミュージックアーティスツです。
SMAという略称でも知られる事務所です。
同じ事務所には、アキラ100%さん、AMEMIYAさん、やす子さん、コウメ太夫さん、バイきんぐ、や団などが在籍しています。
SMAの公式プロフィールでは、錦鯉のレギュラー番組として『ガリベンチャーV』『錦鯉が行く!のりのり散歩』『錦鯉の人生五十年』などが紹介されています。
ライブ活動も継続しており、2026年は独演会ツアー『その男、バカにつき』を5月から開催しました。
2026年8月には、TBS系日曜劇場『VIVANT』第2シーズンの撮影に参加したことを本人がSNSで報告しています。
警察官役としての参加で、役名などは明かされていません。
「こ〜んに〜ちは〜!!」が生まれたきっかけ
長谷川雅紀さんの代名詞といえば、あの大声の挨拶です。
実はこのつかみ、自分で考えたものではありませんでした。
きっかけをつくったのはハリウッドザコシショウさんです。
舞台に出る直前の袖で「ちょっと大きい声で挨拶してみて」と声をかけられ、登場後の第一声を急きょ挨拶に変更しました。
すると30秒ほどウケ続けたそうです。
この反応の良さから、つかみネタとして定着していきました。
TBS系『A-Studio+』で本人が明かしたエピソードです。
今では子供たちが街中でまねをするほど浸透しました。
長谷川雅紀さんによると、似た髪型の人を見かけた子供が「こんにちはー!」と言ってしまい、親御さんが困っているという話も届いているそうです。
ちなみに『M-1グランプリ2020』で披露した「レーズンパンは、見た目で損してる!」も話題になりました。
地元・札幌市白石区のベーカリーとコラボした商品が発売されるまでに広がっています。
錦鯉長谷川雅紀は歯がなかった?治療費510万円の内訳
錦鯉 長谷川の奥歯が無いことをちゃんと確認したかった時のスクショ pic.twitter.com/TQmWovUl1U
— (MONUKE) (@ino_yho) November 29, 2020
長谷川雅紀さんは長い間、奥歯がない状態でテレビに出ていました。
本人がそれを隠さず公表していたため、視聴者にもよく知られていた特徴です。
その後、テレビ番組の企画で治療を受けることになりました。
そして請求された金額が、想像をはるかに超えるものだったのです。
奥歯がなくなってしまった理由
きっかけは、お金がなかったことです。
ブレイク前の長谷川雅紀さんには、歯医者に通う余裕がありませんでした。
虫歯を放置し続けた結果、入れ歯にせざるを得ない状態にまで進んでしまいます。
ところが歯を抜いた時点で面倒になってしまい、そのまま通院をやめてしまったそうです。
こうして奥歯が消えていきました。
食レポで「丸飲みしやすい」といった独特な表現をしていたのも、この状態が理由でした。
笑ったときの表情が印象的だったのも、奥歯がなかったことが関係しています。
『ロンドンハーツ』の企画と治療費510万6200円
治療が始まったのは2021年です。
テレビ朝日系『ロンドンハーツ』の企画としてスタートしました。
インプラントなどを使った治療は、2年5カ月にわたって続きます。
その結果、17年ぶりに合計10本の歯が入りました。
固いものも食べられるようになったといいます。
問題はここからでした。
2023年10月10日の放送で明かされた請求額は、510万6200円です。
しかもこの治療費は番組負担ではなく、長谷川雅紀さんの自己負担でした。
本人は「こんなの聞いてないですよ!だってそっちが払うと思うに決まってるじゃないですか」と嘆いています。
さらに「タダだと思ったから…。入れなきゃよかった」とまで口にしました。
詳細はSmartFLASHでも報じられています。

510万円は聞いてない…

本人も同じ反応でした
治療後に変わったこと
歯が入ったことで、食生活は大きく変わりました。
これまで食べられなかった固いものが口にできるようになったのです。
ファンからも「柿の種が食べられるようになったんだね」といった温かい反応が寄せられました。
一方で、歯がなかった時代のネタは今も生き続けています。
代表的なのが「キャラメルは銀歯泥棒」というフレーズです。
X上では今でも、キャラメルや固いものを食べて詰め物が取れた人が、このフレーズを引用して投稿しています。
日常のちょっとしたハプニングのたびに思い出される、息の長いネタになりました。
治療が終わったあとも、長谷川雅紀さんの代表的なエピソードとして語り継がれています。
錦鯉長谷川雅紀の身長や体重、太ったと言われる理由
CMで料理屋の主人役の錦鯉長谷川さん。
— 咲来さん@ (@sakkurusan) September 25, 2024
似合いすぎてる pic.twitter.com/G9LBTwkn4j
長谷川雅紀さんについて調べると、「太った」という言葉が一緒に出てきます。
若い頃の写真と見比べて、そう感じる方が多いようです。
実際のところ、体格に関する情報はどこまで分かっているのでしょうか。
身長と体重
長谷川雅紀さんの身長は、173cmとされています。
日本人男性の平均をやや上回る背丈です。
一方で、体重の数字は世に出ていません。
相方の渡辺隆さんと並んだときの見え方から、がっちりとした体格という印象を持たれることが多いようです。
ちなみに血液型はO型、趣味は温泉巡りだそうです。
ゆったりとした時間を好むあたりは、舞台での勢いとのギャップが感じられます。

趣味、意外と渋いね

舞台とは別の顔です
「太った」と言われる理由
「太った」という声が出る背景には、いくつかの事情が重なっているとみられます。
ひとつは、比較の対象が20代の頃の写真だという点です。
長谷川雅紀さんは1971年生まれですから、30年以上の年月が空いていることになります。
もうひとつ関係していそうなのが、歯の治療です。
2023年に10本の歯が入ったことで、それまで食べられなかった固いものも口にできるようになりました。
食生活が変われば、体つきに影響が出てもおかしくありません。
ネット上でも「歯が入ってから食べる量が増えたのでは」といった見方が語られています。
ただし、本人が体型の変化について具体的に語った場面は見当たりません。
ブレイク後は仕事量も一気に増えました。
収録やロケ、全国ツアーと動き回る日々を送っており、その生活のなかで体調を保ちながら活動を続けています。
錦鯉長谷川雅紀の年収
長谷川雅紀さんの年収は明らかにされていません。
ただし、収入について本人が語った場面はあります。
2022年10月の放送で、前の月の給料が1200万円だったと明かしているのです。
これはスポーツ報知でも報じられました。
『M-1グランプリ』優勝の翌年、テレビ出演が最も集中していた時期にあたります。
ただしこの金額は、あくまでその月だけのものです。
毎月同じ額が入っているわけではなく、年収を示す数字でもありません。

月に1200万円…!

特定の1か月の話です
芸人の収入は、テレビ出演やライブ、CM、書籍など複数の柱で構成されます。
長谷川雅紀さんの場合、錦鯉としてのレギュラー番組が複数あります。
『ガリベンチャーV』『錦鯉が行く!のりのり散歩』『錦鯉の人生五十年』などが公式に紹介されています。
加えて2025年、2026年と全国規模の独演会ツアーを開催してきました。
2026年1月には映画『有吉の壁 劇場版アドリブ大河「面白城の18人」』にも出演しています。
CM出演もあり、収入源は分散しているとみられます。
こうした活動量から、年収は数千万円規模になっているのではないかと言われています。
もっとも、これはあくまでネット上での見方です。
実際の金額が本人から語られたことはありません。
ちなみに、歯の治療費510万6200円を自己負担できたことからも、ブレイク後の収入が大きく変わったことはうかがえます。
売れない時代にはお母さんに「お金貸してくれ」と電話をかけていた長谷川雅紀さんですが、今は逆に仕送りを続けているそうです。
まとめ
長谷川雅紀さんの若い頃の写真がイケメンだと話題になるのは、下積み時代が長かったからこそです。
23歳で芸人になり、名前が知られたのは50歳のときでした。
その27年間の姿を知る人はほとんどいません。
最終学歴は北海道北広島西高等学校の卒業で、大学には進学していません。
専門学校は半年で中退し、そこからフリーターとして働く日々が始まりました。
アルバイト先で出会った劇団の縁がなければ、芸人になっていなかったかもしれません。
奥歯がなかったのも、歯医者に通うお金がなかったからでした。
2023年に10本の歯が入り、請求額は510万6200円。
その金額を自分で払えるようになったこと自体が、長谷川雅紀さんの歩みを物語っています。
1994年のデビューから30年以上、諦めずに続けてきた結果が今の姿です。
これからも「こ〜んに〜ちは〜!!」の大声で、たくさんの人を笑わせてほしいですね。
