「たぶっちゃん」の愛称で親しまれているお笑いコンビ「ちょんまげラーメン」(旧・インディアンス)の田渕章裕さんは、どんな経歴の持ち主なのでしょうか。
実は、地元では名の知られた進学校から大学へ進んでいます。
さらに、元相方はあの人気コンビのメンバーだったという情報もありました。
そこで今回は、田渕章裕さんの学歴や経歴、性格について調べてみました。
ちょんまげラーメン田渕章裕の学歴とプロフィール
にぎやかな芸風で知られる田渕章裕さんですが、学生時代はどんな道を歩んできたのでしょうか。
実は、地元では名の知られた進学校から大学へ進んでいます。
まずは、基本のプロフィールから見ていきます。
名前:田渕章裕(たぶち あきひろ)
生年月日:1985年6月2日
出身地:兵庫県たつの市
血液型:A型
身長:172cm
体重:82kg
コンビ名:ちょんまげラーメン(2025年6月に「インディアンス」から改名)
担当:ボケ
趣味:読書、絵を描くこと
養成所:大阪NSC31期生
出身小学校
小学校については、田渕章裕さん本人からの言及がありません。
ネット上では、地元にある新宮町立西栗栖小学校ではないかと言われています。
小学生の頃は、漫画家かプロ野球選手になりたいと考えていたそうです。
この時点では、まだお笑いの世界は視野に入っていなかったようですね。
出身中学校は新宮中学校
中学校は、新宮町立新宮中学校です。
市町村合併にともない、現在はたつの市立新宮中学校という名称になっています。
中学時代は野球部に所属していました。
そしてこの頃、お笑いコンビ「ダウンタウン」の影響で芸人に憧れるようになったと話しています。
関西の中学生が同時代のダウンタウンを見ていたわけですから、その衝撃はかなりのものだったはずです。
出身高校は兵庫県立龍野高等学校
高校は、兵庫県立龍野高等学校へ進学しました。
創立100年を超える歴史を持ち、地域では随一の進学校として知られています。
田渕章裕さん自身、2024年4月に公開された鬼越トマホークのYouTube企画で、母校が進学校だったことに触れていました。
同級生には京都大学へ進んだ人もいたそうです。
部活動では、中学の野球からソフトボール部へと移っています。
2003年には、わかふじ国体に兵庫県代表として出場するほどの実力でした。

国体まで出てるの!?

勉強と部活の両立です
出身大学は関西大学
高校卒業後は、関西大学の経済学部に進学しました。
関西の私立大学の中でも上位に位置づけられる、いわゆる関関同立の一角です。
大学時代の詳しいエピソードは、あまり語られていません。
その後、大阪NSCの31期生として吉本興業の養成所に入っています。
進学校から大学を出たうえで、あえて芸人の道を選んだことになります。
ちなみに実家は、そうめんの名産地である兵庫県たつの市で揖保乃糸を作る製麺所です。
ご家族については、ちょんまげラーメン田渕章裕の実家は揖保乃糸の製麺所の記事で詳しくまとめています。
ちょんまげラーメン結成までの道のり
関西大学を卒業した田渕章裕さんは、大阪NSCの31期生として吉本興業の養成所に入りました。
ただ、現在の相方であるきむさんとすぐにコンビを組んだわけではありません。
解散と再結成をはさんだ、少し複雑な道のりがありました。
4人から声をかけられた養成所時代
NSC時代、田渕章裕さんは最初に組んでいた相方と解散を経験しています。
その直後、なんと4人から「コンビを組まないか」と声をかけられたそうです。
相方を探している人にとって、それだけ魅力的に映る存在だったということでしょう。
ところが田渕章裕さんは、その4人全員をよく知らなかったといいます。
そのうえで、きむさん以外の3人については「メッチャ変な奴」という印象が残っていたそうです。
消去法のような形で、きむさんとコンビを組むことに決めました。

4人から誘われるってすごい

消去法での結成でした
2010年にインディアンスを結成
こうして2010年、お笑いコンビ「インディアンス」が誕生します。
田渕章裕さんがボケ、きむさんがツッコミという役割でした。
結成から2年後の2012年には、上方漫才大賞の新人賞を受賞しています。
若手として順調な滑り出しに見えますが、この後にコンビは一度解散を迎えました。
解散から再結成、そして東京へ
インディアンスは一度解散し、田渕章裕さんは別のコンビで活動する時期を過ごします。
その相方については、次の見出しで詳しく取り上げます。
そして、いったん離れたきむさんとふたたびコンビを組み、インディアンスが再結成されました。
2016年4月には活動の拠点を大阪から東京へ移しています。
ヨシモト∞ホールのファーストクラスメンバーとして、劇場を中心に経験を積んでいきました。
この東京進出が、後のM-1グランプリでの躍進につながっていきます。
一度は別々の道へ進んだふたりが、もう一度組み直して結果を出したことになります。
田渕章裕の元相方はミキの昴生
インディアンスが一度解散していた時期、田渕章裕さんが組んでいた相方は意外な人物でした。
お笑いコンビ「ミキ」の昴生さんです。
コンビ名は「やぶれかぶれ」といいました。

ミキの昴生さんと!?

短い期間ですが組んでいました
1年先輩からずっと口説かれていた
昴生さんは、田渕章裕さんにとって1年先輩にあたります。
その昴生さんが、田渕章裕さんの舞台を見て「コイツはすごい」と感じたそうです。
そこから、まだ田渕章裕さんがきむさんとインディアンスを組んでいた頃から、ずっと声をかけ続けていました。
他人の相方を口説き続けるというのは、なかなかの熱量です。
そしてインディアンスが解散したタイミングで、ついに「やぶれかぶれ」が結成されました。
周囲から見れば、実力者同士が組んだ期待のコンビだったはずです。
4ヶ月で解散した理由
ところが、実際にネタをやってみると問題が起きました。
お互いがしゃべりすぎてしまったのです。
田渕章裕さんも昴生さんも、勢いよく言葉を重ねていくタイプでした。
その2人が向き合った結果、お客さんから「何をいっているかわからない」と言われてしまいます。
客席は常にポカーンとしていて、まったくウケなかったそうです。
そしてコンビは、わずか4ヶ月で解散という結末を迎えました。
後に田渕章裕さんは、解散の理由をうるさすぎたためだと語っています。
本人が自分の芸風について、はっきり自覚していたということでもあります。
今も語り継がれるコンビ
やぶれかぶれの話は、今でもテレビ番組やインタビューで振り返られることがあります。
2026年6月末に公開された本人のロングインタビュー動画でも、この時代のことが語られました。
その後、昴生さんは弟の亜生さんとミキを結成し、田渕章裕さんはきむさんとインディアンスを再結成します。
それぞれが別の相方を得て、どちらもM-1グランプリの決勝に進出しました。
結果として、この4ヶ月の遠回りが2組の躍進につながったことになります。
うまくいかなかったコンビの話が、こうして語り継がれているのも面白いところですね。
再結成からM-1グランプリ決勝進出まで
きむさんとふたたびコンビを組んだ田渕章裕さんは、2016年に東京へ拠点を移しました。
そこから数年をかけて、賞レースで名前が知られる存在になっていきます。
大きな転機になったのが、M-1グランプリでした。
3年連続で決勝の舞台へ
インディアンスは2019年、初めてM-1グランプリの決勝に進出しました。
この年は、田渕章裕さんがお父さんと交わしたカメラのレンズをめぐる約束が話題になった年でもあります。
そして翌2020年、さらに2021年と、3年続けて決勝の舞台に立ちます。
2021年大会では最終的に3位という成績を残しました。
3年連続で決勝に進めるコンビは決して多くありません。
この時期に、田渕章裕さんの顔と芸風が全国に広く知られることになりました。

3年連続で決勝はすごい

2021年は3位でした
ラストイヤーまでの挑戦
2022年以降は、準々決勝や準決勝で足止めされる年が続きました。
2024年には3年ぶりに準決勝へ進み、敗者復活戦でも2位という位置につけています。
あと一歩のところで、決勝には届きませんでした。
そして2025年大会が、結成年数の規定によるラストイヤーにあたりました。
結果は準々決勝敗退で、最後の挑戦を終えています。
お父さんに宣言した優勝の約束は、果たされないまま残ることになりました。
テレビ番組やドラマへの出演
賞レースと並行して、テレビでの活躍の場も広がっていきました。
2022年10月には、ドラマ『孤独のグルメ Season10』の第1話にゲスト出演しています。
大衆食堂を訪れるガテン系の客という役どころでした。
バラエティ番組では『アメトーーク!』『ラヴィット!』『全力!脱力タイムズ』などに出演を重ねています。
コンビとしては、TBS系の情報バラエティ『プチブランチ』で進行を務めるようになりました。
朝の帯番組でのレギュラーは、コンビにとって大きなステップです。
賞レースでの結果とは別の形で、テレビに欠かせない存在になってきていると言えます。
田渕章裕がうるさいと言われる理由
田渕章裕さんを検索すると、「うるさい」という言葉が並んで出てくることがあります。
これは本人の人柄への評価というより、芸風そのものを指した言葉でした。
そして田渕章裕さん自身が、その点を誰よりも自覚しています。
マシンガンのようにボケ続けるスタイル
田渕章裕さんの持ち味は、休みなくボケを重ねていくところにあります。
報道でも、マシンガンのようにボケ倒す元気印といった形で紹介されてきました。
本人は、100回ボケてもオンエアで使われるのはごくわずかだと語ったことがあります。
ロケが押してしまい、スタッフに迷惑をかけているという自覚もあるそうです。
ボケの量で勝負するスタイルである以上、にぎやかさは避けられません。
元相方だった昴生さんとのコンビが4ヶ月で解散したのも、まさにこの部分が理由でした。

100ボケして使われるのは少し?

本人がそう話しています
朝の番組での反応
この芸風が最も目立つのが、朝の情報番組に出演したときです。
『ラヴィット!』に出演した際には、番組を盛り上げようとする姿勢が空回りしてしまう場面がありました。
司会を務める麒麟の川島明さんからは、関西ローカルの雰囲気だと突っ込まれています。
その流れで「謹慎」という冗談まで飛び出しました。
もっとも、半年後には再び出演を果たし、謹慎が解けたとスタジオが盛り上がっています。
SNSでも、朝からこのテンションはしんどいという声が上がることはあります。
ただ、その多くは放送を見ながらのリアルタイムの感想です。
継続的な批判というより、その場のツッコミに近い温度感だとみられます。
うるさいは武器でもある
一方で、このにぎやかさを歓迎する声も多く見られます。
出演するだけで場が明るくなる、賑やかで良いといった反応です。
ファンからは「たぶっちゃん」の愛称で親しまれています。
そもそも、静かなボケでは3年連続のM-1決勝進出はなかったはずです。
うるさいと言われる部分は、そのまま田渕章裕さんの個性であり武器でもあります。
短所と長所が同じ場所にあるというのは、芸人らしい話ですね。
田渕章裕の性格
にぎやかな芸風で知られる田渕章裕さんですが、性格についてはどう見られているのでしょうか。
共演者やスタッフ、ファンの間で悪い評判が広がっているという話は見当たりませんでした。
むしろ、芸風とは違った一面が語られることが多い人です。
周囲から語られる人柄
ネット上では、田渕章裕さんの人柄を好意的に伝える声が目立ちます。
ファンからは、神対応だったというエピソードが語られることもあるようです。
誰かを下げて笑いを取るのではなく、肯定的な言葉を選ぶという評価も見られました。
ただし、これらはいずれも視聴者やファンの受け取り方であり、客観的に確かめられる情報ではありません。
そうした声が多く見られるという事実として受け取っておくのがよさそうです。

見た目どおり明るい人なんだ

悪い評判は見当たりません
趣味から見えるもうひとつの顔
意外に思われるのが、田渕章裕さんの趣味です。
公式のプロフィールには、読書と絵を描くことが挙げられています。
どちらも、静かにひとりで向き合う時間が必要な趣味です。
テレビでのにぎやかな姿からは、なかなか結びつきません。
ネット上でも、田渕章裕さんの描いた絵に驚いたという反応が見られます。
お父さんがカメラマンとして写真に打ち込んでいたことを思うと、表現することが好きな家系なのかもしれません。
努力を重ねてきたタイプ
これまでの経歴を並べてみると、地道に積み上げてきた人という印象が浮かびます。
進学校で学びながらソフトボールで国体に出場し、大学卒業後は芸人の道へ進みました。
コンビの解散や再結成も経験しています。
M-1グランプリでは3年連続の決勝進出を果たしながら、優勝には届きませんでした。
それでもラストイヤーまで挑戦を続け、その後も舞台とテレビの両方で活動しています。
100回ボケてオンエアがわずかでも続けられるのは、そういう性格だからなのかもしれませんね。
ちょんまげラーメンへの改名と現在の活動
2025年6月18日、田渕章裕さんときむさんは大きな決断を発表しました。
15年間使ってきたコンビ名を変えることにしたのです。
新しい名前は「ちょんまげラーメン」でした。
コンビ名を変えた理由
改名が明らかになったのは、TBS系『水曜日のダウンタウン』の番組内でした。
旧コンビ名に差別的な意味が含まれる可能性を指摘されたことが、変更の決め手になったと語られています。
翌6月19日には『ラヴィット!』に生出演し、あらためて経緯を説明しました。
その中で、旧コンビ名は語尾がズなのかスなのか分かりにくいという声もあったと明かしています。
同じ日、Xでは「ちょんまげラーメン」がトレンド入りしました。
名前の組み合わせは、きむさんに好きな言葉を尋ねたところ「ラーメン」と返ってきたことから生まれています。
そこへ、田渕章裕さんがあらかじめ考えていた「ちょんまげ」が合わさりました。

よく思い切ったね

15年使った名前でした
改名してから仕事が増えた
名前を変えることには、当然リスクもあったはずです。
M-1グランプリで3年連続決勝という実績を積み上げた名前を手放すわけですから、簡単な決断ではありません。
ところが結果は、本人たちの予想とは違う方向へ動きました。
田渕章裕さんは『ロンドンハーツ』の出演時に、改名してから仕事が増えたと語っています。
インパクトのある名前が話題を呼び、番組に呼ばれる機会が広がったようです。
ちなみに実家はそうめんを作る製麺所のため、お父さんは「そうめんちゃうんか」と漏らしたそうです。
この一言も、改名にまつわる定番のエピソードになっています。
現在の活動
改名後も、活動は途切れることなく続いています。
2025年8月16日には、改名後初となる単独ライブ「心を込めて準備中」をルミネtheよしもとで開催しました。
ラジオ番組も「ちょんまげラーメンのラジオラーメン」として名称を変えて続いています。
2026年には、結成15年以上のコンビが出場する『THE SECOND〜漫才トーナメント〜』へ参戦しました。
そして2026年9月5日には、単独ライブ「湯切リーゼント」を新宿ルミネtheよしもとで開催することが決まっています。
ライブのタイトルにまでラーメンの気配が漂うあたり、新しい名前をすっかり自分たちのものにしているようです。
まとめ
今回は、ちょんまげラーメンの田渕章裕さんの学歴や経歴、性格について調べてみました。
兵庫県たつの市で育ち、地域随一の進学校である兵庫県立龍野高等学校から関西大学の経済学部へ進んでいます。
高校時代はソフトボール部で国体にも出場するなど、勉強と部活の両方で結果を残してきました。
大学卒業後は大阪NSCの31期生となり、2010年にきむさんとインディアンスを結成しています。
一度は解散し、ミキの昴生さんと「やぶれかぶれ」を組んだものの、お互いがしゃべりすぎてわずか4ヶ月で解散しました。
その後きむさんと再結成し、2019年から2021年まで3年連続でM-1グランプリの決勝へ進出しています。
うるさいと言われることもありますが、それは休みなくボケを重ねる芸風から来るもので、本人も自覚したうえで武器にしてきました。
一方で趣味は読書と絵を描くことで、テレビでの姿とはまた違った一面も持っています。
2025年6月にコンビ名がちょんまげラーメンへ変わってからは、仕事が増えたと本人が語るほど活動の幅が広がりました。
2026年9月には単独ライブ「湯切リーゼント」も控えており、これからの活躍が楽しみですね。
出典まとめ
- デイリースポーツ|出身高校に関する本人の発言(2024年4月19日)
- 吉本興業公式プロフィール
- radiko|田渕章裕さんの人物ページ
- TBS NEWS DIG|コンビ名変更の発表について
- 日刊スポーツ|『ラヴィット!』での改名経緯の説明(2025年6月19日)
- スポニチアネックス|改名後の活動に関する発言
