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西田敏行は養子で母親が2人いて生い立ちが壮絶?実家や父親や兄弟について

nishidatoshiyuki_family 俳優
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俳優の西田敏行さんは、どんな家庭で育ったのでしょうか。

両親は何をしている方だったのか、兄弟はいるのか、気になりますね。

今回は、西田敏行さんの実家や家族について調べてみました。

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西田敏行は養子で生い立ちが壮絶だった?

1947年11月4日に誕生した西田敏行さんは、5歳の時に実母の姉夫婦の養子になりました。

養父は映画好きで俳優に憧れを持っていたそうで、土曜日の昼に仕事を終えると必ず西田敏行さんを自転車に乗せ、映画館に連れて行ったそうです。

その影響から西田敏行さんも映画好きになり、小学生の頃には役者を目指すようになりました。

見終わった映画の最初から最後までをセリフや身ぶり手ぶりを交えて友人たちに話して聞かせるのも好きで、周囲から「映画も見たけど西田の話のほうがおもしろい」、「西田の話を聞いたら映画はもう見なくていいや」と言われていました。

大学までは演技の勉強を特別していなかったものの、幼い頃から養母と養父が養子である自分を一生懸命自分を育ててくれる姿を鋭く感じ、「ここで甘えたほうが母は喜ぶだろうな」、「親子ゲンカっぽいこともしたほうがいいかな」と計算し演技性が身についていたそうです。

西田敏行の母親は2人いる

西田敏行さんの実母は、今井紀恵さんと言います。

実母は西田敏行さんが3歳から5歳まで美容師をしながらシングルマザーで育てていました。

しかし再婚が決まり、相手にも同い年の息子がいたため「相手にも跡取りがいるのに、敏行を連れて再婚できるのか?」と悩んでいたそうです。

そんな実母に声をかけたのが実母のお姉さんの美代さんで、後の西田敏行さんの養母です。

西田敏行の実家

西田敏行さんは、福島県郡山市出身です。

生まれた時に住んでいた家の場所はわかりません。

養子になってから住んだ家は神社の社務所で、裕福な暮らしではなかったそうです。

西田敏行の父親は幼い時に死別

西田敏行さんの実父は、今井泉さんと言います。

郡山貯金局に勤めていましたが、西田敏行さんが3歳の時に亡くなりました。

まだ幼かった西田敏行さんは葬儀でたくさん人が集まるため、「父ちゃん死んでありがとう」と喜んでいたそうです。

西田敏行の養父の先祖は薩摩藩士

西田敏行さんの養父になったのは、西田辰治さんです。

西田家の先祖は、薩摩藩の島津斉彬、斉興時代に仕えて、火薬製造をする役目をしていました。

養父である西田辰治さんは郡山市役所に勤めていたそうです。

西田敏行の兄弟や姉妹

西田敏行さんには、妹さんがいました。

しかし妹さんは生後7ヶ月で伝染病により亡くなっています。

実父には死別した前妻がおり、その方との間には子供がいました。

そのため西田敏行さんには腹違いの兄弟もいたようですが、名前や顔写真は公開されていません。

まとめ

5歳の時に養子になった西田敏行さんは、養父と養母が大切に育ててくれたと話していました。

これからは空の上で家族とゆっくり過ごしてほしいと思います。

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