新庄剛志の伝説的なエピソードやいい話がすごすぎたのでまとめてみた

新庄剛志の伝説的なエピソードやいい話がすごすぎたのでまとめてみた野球
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日本ハムの新監督となった新庄剛志ビッグボス

連日テレビでその行動や発言が取り上げられており、注目を集めいていますが、彼は現役時代からそのスター性からたびたびテレビをにぎやかしていました。

今回は、新庄剛志さんの伝説やいい話がいろいろあったので調べてみました。

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新庄剛志の伝説的なエピソード① 大谷選手よりも先?投打二刀流挑戦!

画像引用:週刊ベースボールONLINE

1999年、当時阪神タイガースに所属していた新庄剛志さん。

主な守備位置は、外野のセンターで、その守備力と肩の強さは非常に有名です。

フライを取ってからのホームへの返球は、元オリックス・マリナーズのイチローさんと共に「レーザービーム」と言われるほどでした。

そんな新庄剛志さんの肩の強さに注目したのが、当時の監督であった野村克也さんでした。

1998年のシーズン終了後、野村さんは新庄さんに肩の強さを生かして投手への挑戦、投打の二刀流を提案しました

新庄剛志さんは、プロ入り前までに投手をやっていた時期もあります。

しかし、高校時代は主に外野やショートを守っていたので、本格的に投手をやったことはありませんでしたが、野村監督の提案を受けてキャンプから投球練習を開始しました。

そして、翌年の1999年3月5日もオープン戦、巨人対阪神戦でついに新庄剛志「投手」の出番が回ってきました

新庄剛志さんは、4回のマウンドに登場したのです。

そして、巨人の選手を143キロのストレートやスライダーで3者凡退に見事抑えました。

しかも、5回からは外野手として守備につき、ヒットを放つというまさに二刀流の活躍を見せたのです

残念ながら、この試合で足を負傷してしまい、それ以降の投手としての出場はありませんでした。

もし負傷していなければ、大谷選手に先立って二刀流として投走攻守そろった選手となっていたかもしれません。

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新庄剛志の伝説的なエピソード② 敬遠されたはずがさよならヒット!

1999年6月12日、甲子園での阪神対巨人戦。

4対4で迎えた延長12回、ランナー1・3塁で迎えた新庄剛志さんの打席で、対戦投手は打撃力があり、チャンスに強い新庄剛志さんを敬遠することを決めます。

当時は、申告敬遠が採用されていないので、キャッチャーは立ってボールゾーンに構え、投手は遅めのストレートを4球投げるのが一般的でした。

しかし、いざ打席に立った新庄剛志さんは、なんとそのボールゾーンに外れた球を思いっきり叩きつけて打ってしまったのです

守備についている野手も、まさか打つとは思っていないので、見事に外野まで抜けて、サヨナラヒットとなったのです。

現在のプロ野球では、申告敬遠(敬遠を宣言したら、打者は打席に立たずに1塁に行ける)という制度が導入されていますので、この新庄剛志さんの敬遠さよならヒットは今後現れない伝説となりました

新庄剛志の伝説的なエピソード③ オールスターでまさかのホームスチール!

2004年7月11日のオールスター戦、当時日本ハムに選手として所属していた新庄剛志さんは、ファン投票で選ばれて出場をしていました。

この試合、新庄剛志さんは、2ベースヒットを放つなどの活躍をしていましたが、その後にランナーとして会場を沸かせました。

3回裏に、2-ベースヒット後3塁まで進んだ新庄剛志さんは、福原投手・矢野捕手(ともに当時阪神)バッテリーの意表をついて単独ホームスチールを敢行、見事に成功させました。

プロ野球どころか少年野球でさえ、あまり見ない単独ホームスチールは、当然オールスター史上初で、現在でも新庄剛志さん以外にやっていない記録です。

新庄剛志さんは、この試合で次の打席でも、2ベースヒットを放つ活躍で見事MVPを獲得しました。

オールスターというプロ野球のお祭りで、ファンを最大限楽しませたいと思う新庄剛志さんらしいプレーとも言えます。

新庄剛志の伝説的なエピソード④ 史上最年長でトライアウト挑戦!

画像引用:日刊スポーツ

記憶にも新しい2020年、新庄剛志さんは48歳という年齢で、プロ野球合同トライアウトに挑戦をしました。

10年以上野球から離れていた新庄剛志さんのトライアウト参加は、最初話題作りか何かなおではないかと言われました。

当時住んでいたバリ島から日本に帰国、一軒家を借りて屋上で練習をするという本気ぶりから、注目と期待を集めました。

そしてトライアウト当日、試合形式でのシートバッティングで、見事ヒットを放ったのです。

ヒットを打てずに終わった選手もいる中で、新庄剛志さんの活躍はいろんなメディアで取り上げられ、コロナ渦で沈んでいた世間を一気に盛り上げました。

残念ながら球団からのオファーはなく、現役復帰とはいきませんでしたが、センス抜群の新庄剛志さんの健在ぶりを日本中にアピールしました。

新庄剛志のいい話① 奇抜なパフォーマンスは夢を与えるため!

現役時代から、スポーツカーを乗り回したり、日本での12億円の契約を蹴って2200万円の契約で大リーグに挑戦したり、奇抜なパフォーマンスをして球場を沸かしてきた新庄剛志さん。

近年でも、トライアウト挑戦などでなにかと目立っていますが、これは一貫して、子供たちに夢を持ってもらうためだそうです。

世間で注目を浴びる時、新庄剛志さんは理由を問われると、

「子供たちに俺みたいになりたいと思ってほしい」

「目標を持つことの大切さを伝えたい」

などとコメントをしています。

また、「かっこいいところだけを見てほしい、だから朝早くに練習をして、一回帰って試合直前に球場に入る」と、見えないところで努力して、格好良い姿だけを見せてきました。

そして、日ハム時代には奇抜なパフォーマンスをしながら、「これで活躍できなければただのピエロ」と発言しています。

新庄剛志さんは、自分の行動やプレーが世間や、野球をする子供たちにどのように見られ、影響を与えるのかよくわかっています。

人気・実力ともに備えた新庄剛志さんの活躍は、子供たちに夢や目標を与えたいという一心から来ているようです。

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新庄剛志のいい話② ビックマウスもすべて有言実行!

新庄剛志さんは、テレビなどのメディアでたびたびビックマウスともとれる発言をしてきました。

オールスター前には、MVPを取ると宣言をしたり、大リーグから日本ハムに復帰した際には、球場を満員にする、日本一にすると宣言をしました。

当時、それらは「まさか…」と思われていたことなのですが、新庄剛志さんはなんとそのすべてを実現させてしまったのです

もちろん日本ハムの球場満員や日本一は、新庄剛志さん以外の選手たちの活躍もあってのことですが、これまで宣言をしたことは、ほとんどを実現させてしまっていました。

新庄剛志さんのスター性と、確かな実力がそれを可能にしてきたのです。

次は監督として、どんなことを宣言して実現させていくのかも楽しみです。

まとめ

新庄剛志さんは現役時代から今に至るまで、たくさんの伝説を残してきています。

来年からは、日ハムを率いるビッグボスとして、新庄剛志さん個人ではなく、日本ハムというチームとして伝説を作ってくれるかもしれません。

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