お笑いコンビ「ガレッジセール」のゴリさんは、芸人としての活躍に加え、映画監督や俳優としても多彩な才能を発揮しています。
テレビ番組では沖縄出身ならではのユニークなキャラクターで人気を集めていますが、どのような学歴を持ち、どのような道を歩んできたのか気になりますよね。
また、相方の川田広樹さんとはいつ出会い、どのようにしてコンビを結成したのか?
さらに、芸人として長年活躍し続けているゴリさんの気になる年収や、身長・年齢・本名といった基本プロフィールについても詳しく知りたいところです。
そこで今回は、ゴリさんの学歴や経歴、コンビ結成秘話に加え、年収やプロフィールについて徹底調査! お笑い界で長く第一線を走り続けるゴリさんの魅力を深掘りしていきます。
ゴリ(ガレッジセール)の学歴
ゴリさんが通っていた学校について調べてみました。
ゴリ(ガレッジセール)の出身小学校
ゴリさんは、那覇市立松川小学校出身です。
沖縄生まれのゴリさんですが、5年生までは大阪で暮らしていました。
子供の頃から習い事はたくさんしていたものの、長続きはしなかったそうです。
また小学生からサッカーを始めました。
ゴリ(ガレッジセール)の出身中学
小学校卒業後は、那覇市立松城中学校に進学しました。
中学でもサッカー部に所属していました。
この頃は不良だったゴリさんですが、両親が自分のことで悩んでいる姿を見て改心、塾に通うなど真面目な生活を送るようになったそうです。
ゴリ(ガレッジセール)の出身高校
中学校卒業後は、沖縄県立首里高等学校に進学しました。
偏差値は、52です。
高校でもサッカー部だったものの、学校はサッカーが弱いチームで、ゴリさんはその中でも補欠だったそうですよ。
ただ学校生活は真面目で、生徒会長を務めていたこともありました。
ゴリ(ガレッジセール)の出身大学
高校卒業後は2年浪人の末、日本大学藝術学部に進学しました。
ゴリさんは映画学科に在籍、偏差値は48です。
大学時代は授業やクラブ活動で自主映画を製作しましたが、芸人になるために中退しています。
ゴリ(ガレッジセール)のプロフィールや経歴
名前:ゴリ
生年月日:1972年5月22日
出身地:沖縄県
血液型:A型
身長:173cm
所属事務所:吉本興業
ゴリさんは沖縄県那覇市出身で、1972年5月22日に生まれました。
幼少期から活発で、人前で目立つことや体を動かすことが大好きな少年だったそうです。
そんなゴリさんが現在の相方である川田広樹さんと出会ったのは中学3年生の夏でした。
もともと別の学校に通っていたゴリさんですが、転校してきた川田さんとすぐに意気投合し、二人は親友のような関係に。
しかし、高校は別々の学校に進学し、一時的に距離ができることとなります。
高校卒業後、ゴリさんは大学に進学しましたが、そこで友人に「お前、面白いからお笑いやればいいのに」と言われたことが大きな転機となります。
その言葉がきっかけでお笑いの道に興味を持ち始め、大学生活を続けるよりも芸人になりたいという思いが強くなりました。
最終的に大学を中退し、お笑いの道を本格的に目指すことを決意。
当時沖縄にいた川田さんを誘い、一緒にコンビを組むことを持ちかけます。こうして「ガレッジセール」が誕生しました。
お笑い芸人を目指したゴリさんでしたが、1995年に東京NSC(吉本総合芸能学院)の1期生として入学を希望するも、すでに募集が締め切られていたため、正式に養成所へ入ることができませんでした。
それでも諦めきれず、雑誌で「渋谷公園通り劇場」の存在を知ったゴリさんは、劇場に直接出向き「芸人にしてほしい!」と申し出ます。
しかし、劇場側からは「芸人の養成はしていない」と断られてしまいました。
それでも諦めきれなかったゴリさんは、何とか劇場に関わる方法を模索し、そこで偶然「ボランティアスタッフ」の募集を見つけます。
このチャンスを逃すまいと応募し、なんと無給で月曜から金曜まで1日15時間もの間、劇場スタッフとして働くことを決意します。
舞台の裏方として働きながら芸人としての勉強を続けたゴリさんの努力は次第に認められるようになり、数か月後に開催されたカルト芸人トーナメント『続・やけど温泉』に参加し、準優勝を獲得。
これが転機となり、正式に渋谷公園通り劇場の第1号芸人として舞台に立つことが許されました。
その後、「ガレッジセール」として本格的に活動を開始し、チャンスをつかんだゴリさんは、『森田一義アワー 笑っていいとも!』のレギュラーに抜擢され、一気に知名度を上げます。
さらに、人気バラエティ番組『ワンナイR&R』に出演すると、「ゴリエ」などの個性的なキャラクターで話題を集め、一躍全国区の人気芸人となりました。
「ガレッジセール」はこの時期、数々のテレビ番組に出演し、ゴリさん個人としても独特のキャラクターや演技力を生かし、俳優や作詞家としても活動の幅を広げていきます。
俳優としてはドラマや映画に出演し、個性的な演技で評価を受けることもありました。
また、音楽の分野でも活躍し、夏川りみさんの楽曲「ウンジュの原点(ふるさと)」の作詞を担当するなど、意外な才能を発揮しました。
しかし、ゴリさんのクリエイティブな才能はこれにとどまらず、次第に映画制作にも興味を持ち始めます。
お笑い芸人としてのキャリアを築きながらも、ゴリさんは次なる挑戦として映画監督業にも進出。
本名である「照屋年之」名義で制作した映画『洗骨』は、沖縄の伝統的な風習をテーマにした作品で、2018年の第40回モスクワ国際映画祭に出品されました。
さらに、2019年度の「日本映画監督協会新人賞」を受賞。
これは、お笑い芸人としては北野武さん以来の快挙であり、ゴリさんが本格的に映画監督として評価された瞬間でした。
こうして振り返ると、ゴリさんの経歴は決して順風満帆だったわけではなく、苦労と挑戦の連続だったことがわかります。
NSCに入れなかったことも、劇場で無給で働きながら芸を磨いたことも、すべて彼の努力と情熱の賜物です。
そして、お笑いの世界で成功を収めた後も、俳優や作詞家、さらには映画監督としても新たな道を切り開き続けています。
ゴリさんの活動の根底には、沖縄に対する深い愛情があります。
映画制作においても、沖縄の文化や歴史を題材にした作品を多く手掛けており、沖縄出身の芸人として故郷の魅力を発信し続けています。
テレビで見せるコミカルな姿とは異なり、映画監督としてのゴリさんは、沖縄の伝統や社会問題を真摯に描き、芸人としての枠を超えた表現を追求しているのです。
今後もゴリさんは、お笑い、俳優、映画監督とさまざまな分野で活躍を続けることでしょう。
長年の努力と挑戦を経て、唯一無二の存在となったゴリさんの今後の動向にも注目です!
ゴリ(ガレッジセール)のダンスがすごい
ゴリさんは、小学5年生の頃からブレイクダンスを始めたという、意外な特技を持っています。
芸人としてのイメージが強いですが、実はダンスのスキルも本格的。
コミカルな動きだけでなく、しっかりとした基礎があり、リズム感も抜群です。
そのダンスの実力が注目されたのは、人気バラエティ番組『めちゃ×2イケてるッ!』での出来事。
お笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史さんとブレイクダンス対決を繰り広げたことがあります。
岡村さんもダンスに定評がある芸人ですが、ゴリさんも負けず劣らずのスキルを披露し、視聴者を驚かせました。
また、ゴリさんといえば、『ワンナイR&R』で大ブレイクした「ゴリエ」のキャラクターでも有名です。
ゴリエとして「Pecori Night」などのダンスパフォーマンスを披露し、一世を風靡しました。
ゴリエのキレのある動きやユニークな振り付けは、ゴリさんのダンスの才能があってこそ生まれたものだと言えるでしょう。
さらに、近年では映画監督としても活躍しながら、ダンスイベントや企画に参加することもあり、今もなおダンスのスキルを活かして活動の幅を広げています。
お笑いだけでなく、ダンスでも多くの人を楽しませるゴリさん。
彼のエンターテイナーとしての魅力は、これからも進化し続けることでしょう!
ゴリエが大ブレイク
ゴリさんが全国的に大ブレイクするきっかけとなったのが、『ワンナイR&R』で誕生したキャラクター「松浦ゴリエ」です。
ゴリエは、金髪のツインテールがトレードマークの陽気で元気な女子高生キャラ。
番組内のコントで生まれたキャラクターでしたが、そのインパクトの強さから瞬く間に大人気となり、お笑いの枠を超えてさまざまな分野で活躍することになります。
ゴリエはあくまで「ゴリとは別人」という設定でしたが、番組の枠を超えて、ファッション雑誌のモデルを務めたり、CDデビューを果たしたり、さらには紅白歌合戦に出場するという異例の快進撃を見せました。
特に、デビューシングル「Mickey」は社会現象ともいえる大ヒットを記録。
チアリーディングをテーマにしたキャッチーなダンスとポップな楽曲が話題となり、発売1週目で初動売上10万枚以上を突破。
さらに、オリコンシングルチャート1位を獲得するという驚異的な人気を誇りました。
当時はゴリエのダンスを真似する子どもや学生が急増し、学校の運動会や文化祭などでも「Mickey」の振り付けが取り入れられるほどの社会現象になりました。
また、ゴリエは2005年の『NHK紅白歌合戦』にも出場。
お笑い芸人のキャラクターとして紅白のステージに立つというのは異例の快挙であり、ゴリエの人気の高さを象徴する出来事でした。
番組終了後、一時は表舞台から姿を消したゴリエですが、その後も根強い人気を誇り、2022年4月には冠番組『ゴリエと申します。』が放送開始。
さらに、同年6月8日には16年ぶりとなる新曲『若いってすばらしい/私のママは2個結び』を両A面シングルとしてリリースするなど、再び注目を集めました。
一度はブームが落ち着いたものの、世代を超えて愛され続けるゴリエ。ダンスや音楽の魅力もさることながら、ゴリさんのエンターテイナーとしての才能が、このキャラクターの成功を支えていることは間違いありません。
今後もゴリエの活躍に期待が高まりますね!
ゴリ(ガレッジセール)の本名
ゴリさんの本名は「照屋年之(てるや としゆき)」さんです。
沖縄県那覇市出身の彼は、地元の名字である「照屋」を持つことからも分かるように、生粋の沖縄人。
現在は芸人、俳優、映画監督として幅広く活動していますが、本名での活動も増えてきています。
ゴリという芸名は、実は本人が考えたものではなく、テレビディレクター・演出家・プロデューサーであるマッコイ斉藤さんが命名しました。
由来については諸説ありますが、ゴリさんの風貌やキャラクターから「ゴリラっぽい」と言われたことがきっかけになったと言われています。
また、ゴリさんはお笑いだけでなく、映画監督としても活動しており、監督作品では本名の「照屋年之」名義を使用。
2018年に公開された映画『洗骨』では、本名を前面に出して監督業に専念し、作品は高い評価を受けました。
「ゴリ」としてはバラエティ番組で活躍し、「照屋年之」としては映画監督としての顔を持つゴリさん。
二つの名前を使い分けながら、今後も幅広い分野での活躍が期待されますね!
ゴリ(ガレッジセール)の年収
ゴリさんの年収は正式には公表されていませんが、彼の現在の活動状況から推測すると、数千万円規模の収入があるのではないかと考えられます。
かつて「ガレッジセール」は、『ワンナイR&R』や『笑っていいとも!』などの人気番組にレギュラー出演し、絶大な人気を誇っていました。
特にゴリさんは「ゴリエ」名義でCDデビューし、オリコン1位を獲得するほどのヒットを飛ばしました。
当時のテレビ出演料やCDの売り上げ、さらにはCM出演などを考慮すると、全盛期の年収は数億円規模に達していた可能性もあります。
現在は全盛期ほどのテレビ出演はないものの、レギュラー番組や単発のバラエティ出演、映画監督としての活動など、幅広い分野で活躍しています。
2022年にはゴリエとして16年ぶりの新曲をリリースし、さらに冠番組『ゴリエと申します。』が放送されるなど、再び注目を集めています。
さらに、ゴリさんは映画監督としても成功を収めています。
本名の「照屋年之」名義で監督を務めた映画『洗骨』は、国内外で高く評価され、2019年には日本映画監督協会新人賞を受賞。
このような映画制作の収入に加え、監督業を通じてさまざまな仕事の依頼が増えていると考えられます。
また、芸能人の中にはYouTubeや講演活動などで新たな収入源を持つ人も多いですが、ゴリさんも映画監督としての講演やイベント出演などで安定した収入を得ている可能性があります。
こうした活動を総合すると、現在のゴリさんの年収は数千万円規模に達している可能性が高いと言えるでしょう。
かつてのテレビ出演中心の収入とは異なりますが、映画・テレビ・イベントなど多方面での活動を続けることで、今後も安定した収入を維持していくのではないでしょうか。
まとめ
ゴリさんは、もともと役者になることを夢見ていましたが、大学時代に周囲から「お前、お笑いやればいいのに」と言われたことがきっかけで芸人の道へ進みました。
そして、「ガレッジセール」として活動を始め、数々のバラエティ番組で活躍。
『ワンナイR&R』のゴリエとして一世を風靡し、CDデビューや紅白歌合戦出場という異例の成功を収めました。
しかし、ゴリさんの才能はそれだけにとどまりません。
芸人としての成功に満足することなく、俳優としてのキャリアも築き、さらに映画監督としても高い評価を得るようになりました。
本名の「照屋年之」名義で手掛けた映画『洗骨』は、国内外の映画祭で高く評価され、2019年には日本映画監督協会新人賞を受賞。
お笑いの枠を超え、映像作品を通じて沖縄の文化や家族の絆を描き続けています。
テレビ出演が減った現在も、映画制作や俳優業を続ける一方で、ゴリエとしての活動を再開するなど、新たな挑戦を続けています。
全盛期とは異なる形で活躍の場を広げ、今もなおエンターテイメントの最前線で活躍しているゴリさん。
これからどんな作品を生み出し、どのような形でファンを楽しませてくれるのか、今後の活動にも期待が高まりますね!