青山学院大学駅伝部監督の原晋さんは、どこの学校に通っていたのでしょうか。
両親はどんな人で、仕事は何をしているのか、気になりますね。
今回は、原晋さんの出身学校や家族について調べてみました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の学歴
原晋さんが通っていた学校について調べてみました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の出身小学校
原晋さんは、三原市立糸崎小学校出身です。
小学生の頃からソフトボールは4番でピッチャー、相撲は主将と運動万能だったそうです。
しかし2年生の時に漁港で遊んでいる時に不慮の事故で足複雑骨折、長期入院を経験しました。
これを機にリハビリを兼ね町内のジョギングを始めたそうで、原晋さんはこの経験がのちの陸上選手への道に繋がっていったと明かしていました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の出身中学
小学校卒業後は、三原市立第一中学校に進学しました。
中学校で陸上部に入部し、長距離走を始めています。
1年生の時のマラソン大会では上級生を抑え校内1位、3年生の県総体1500m競走では2位という結果を残しています。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の出身高校
中学校卒業後は、広島県立世羅高等学校に進学しました。
こちらの学校の偏差値は、40~45です。
当時は普通科・家政科・農業開発科・農業機械科がありましたが、原晋さんがどこの科に在籍していたのかは不明です。
高校時代も陸上部に所属し、3年生時の1984年には主将として全国高等学校駅伝競走大会へ総合2位に貢献しました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の出身大学
高校卒業後は、中京大学に進学しました。
原晋さんは体育学部(現・スポーツ科学部)に在籍、現在の偏差値は50です。
大学では体育会陸上部に所属、3年時に日本インカレ5000メートル3位になりました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の実家
鯉党の青学大・原晋監督が20日広島戦始球式 – 日刊スポーツ (スポーツナビ) https://t.co/ynGHBtGRvc pic.twitter.com/MQqBvRU1zF
— itoswallows (@itoswallows) August 17, 2016
原晋さんは、広島県三原市糸崎町出身です。
瀬戸内の古い港町で生まれ育ちました。
現在も実家はこちらにあるのではないかと思われますが、詳しい場所は公表されていません。
また実家がお金持ちだという証拠もないものの、お父さんが公務員だったため安定した環境だったのではないかと思われます。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の生い立ち
1967年3月8日に誕生した原晋さんは、ファミコンなどのゲームがなかった世代ということもあり、幼少期は外で走り回る活発な子でした。
お兄さんの影響で中学から陸上部に入り、負けず嫌いな性格から「勝負にどうやったら勝てるか、そのためにはどのような準備をおこなったら良いか」を考えながら走ることに集中していたそうです。
その後実業団に入るも5年後に退団、サラリーマン生活を経て、青山学院出身のビジネスパートナーからの誘いをきっかけに青山学院大学陸上競技部長距離ブロックの監督に就任しました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の父親
原晋さんのお父さんは、一般人です。
職業は、小学校の教員でした。
現在については情報がなかったものの、2020年にはお母さんの介護をしていると報じられています。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の母親
原晋さんのお母さんは、原房子さんと言います。
一般人のお母さんは、原晋さんが青山学院の駅伝監督になる際に反対していたものの、最後には「やるからには日本一になりなさい」と送り出してくれたそうです。
そんなお母さんは2018年に脳梗塞を発症、2020年に週刊誌がスクープした際には原晋さんが「身の回りのことはできるけど、脳梗塞の後遺症が残っている。元気よく昔のように、とはならないんですよ」と話していました。
原晋(青山学院大学駅伝部監督)の兄弟や姉妹
『相模原パワフル大作戦〜勝ち続けるためのチーム作り〜』🎽👟✨
— 公益社団法人相模原青年会議所 (@sagamihara_jc) March 11, 2022
本日、青山学院大学陸上競技部🏃♀️
原晋監督にご講演いただきました🎤
ご参加いただいた皆さま
どうもありがとうございました☺️✨ pic.twitter.com/Gv2hFQaTCG
原晋さんには、お兄さんが2人います。
お兄さんの名前や職業などについては情報がありませんでした。
一般人のため、公表していないようです。
まとめ
子供の頃からスポーツ少年だった原晋さんは、実業団時代に結果を残すことは出来なかったものの、青山学院の駅伝監督に就任してから4連覇を記録するなど話題を集めています。
これからも原晋さんの指導で、素晴らしい選手たちを育てていってほしいですね。