宮城大弥(興南高校)の読み方は?父や兄弟・中学などについても調査!

プロ野球

2019年のドラフト会議の季節になりました。

甲子園で活躍した選手や、大学生、社会人など今年も多くの、ドラフト候補選手がいます。

 

そんな中で、甲子園に出場することができなかったけど注目の選手がいます。

これを聞くと今年の場合、大船渡高校の佐々木朗希投手の名前が出てくる人は多いでしょう。

しかし佐々木選手以外にも、注目の選手がいるのです!

 

興南高校宮城大弥選手はあのメジャーリーガー、ダルビッシュ有投手にも認められるほどの実力なのです。

 

今回は、オリックスのドラフト1位に選ばれた宮城大弥選手の家族などについてお伝えします!

 

スポンサーリンク
スポンサーリンク

宮城大弥のwikiプロフィール

 

 

この投稿をInstagramで見る

 

ちょこちょこさん(@minnaosamurai_jp)がシェアした投稿

生年月日:2001年8月25日
出身地:沖縄県宜野湾市(ぎのわんし)
身長:172センチ
体重:78キロ
ポジション:投手(左投左打)
遠投:120メートル
50m走:6秒3
使用しているグラブ:ミズノ
好きな食べ物:かつ丼
高校:興南高校

 

名前の読み方は「宮城大弥(みやぎひろや)」です。

 

宮城選手は小学生の時に、宜野湾市立志真志(しまし)小学校に通い、軟式野球チーム志真志ドラゴンズで野球をしていました。

小学3年生までは内野手のときは右投げで、投手のときは左投げでした。

4年生から投手に専念しましたのですが、左肘を剥離骨折してしまい、内野手に転向します。

 

中学校は、宜野湾市立嘉数(かかず)中学校に通い、宜野湾ポニーズで硬式野球を始めました。

中学生に上がると右投げで外野手をやっていました。

あるとき投手として試しに投げてみたら投げることができたのです。

それを機に投手として再びプレーを始めました。

 

高校は、興南高校に進学し、3年生の時に甲子園出場は叶いませんでしたが、1年生の時にベンチ入りしており、1年生の頃から沖縄の強豪校のベンチの一角を担っていたのです。

 

2019年10月17日オリックス・バファローズのドラフト1位に選ばれました。

 

スポンサーリンク

宮城大弥は大家族!?父母や兄弟について

 

宮城大弥選手のことを調べると、「10人家族」と出てきます。

10人家族というのは、テレビで見るビッグダディほどではありませんが、なかなかの大家族ですよね!

 

宮城選手の家族は、お父さんの亨さんとお母さんの礼子さん、お兄さんが3人、お姉さんが3人、妹さん1人の10人家族なのです!

8人兄弟というのは、いまどき珍しいですよね。

 

上のご兄弟が既に6人もいるので、一緒に暮らしていないお兄さんやお姉さんもいるでしょう。

そうやって考えると、ご両親の年齢は、50代~60代という感じになりますね。

 

中学時代の貧乏エピソードがすごい!

 

宮城大弥選手のお父さんのは交通事故で負傷してしまい、後遺症で左腕が不自由で定職につくことができなかったそうなのです。

そのため宮城選手の家では、宮城選手の幼少期から貧乏生活をしていたのです。

 

そのため、「小学校の時に買ってもらったグローブは700円のビニール製」だったり、「具なしのカレーで1週間、しのいだ」というエピソードがあります。

 

成長期の子供が一週間具無しカレーで過ごすというのは、かなりしんどいですよね。

しかし、それでも野球選手としてしっかり成長できたというのは素晴らしいことですよね!

 

スポンサーリンク

ダルビッシュ有も認めた!ネットなどの評判は?

 

 

まとめ

 

高校野球で活躍する選手というのは、どうしてもお金持ちのお坊ちゃまのイメージがある人が多いと思います。

しかし、宮城選手は真逆で、貧乏生活を強いられていたという話を聞くと、ジャパニーズドリームという感じですよね。

 

日本では少ないですが、世界のスポーツ界ではそういう選手が多いですが、まさにそんな夢のある選手だと思います。

宮城選手を見てプロ野球選手を目指す子供が増えるかもしれませんね。

 

これからプロになって羽ばたいていく宮城選手を応援していきましょう!

コメント