今や名バイプレイヤーとして数々のドラマや映画に出演し、確かな演技力で多くのファンを魅了している杉本哲太さん。
現在の渋く落ち着いた雰囲気からは想像もつかないかもしれませんが、若い頃は「やんちゃだった」との噂もあり、かなりインパクトのある過去を持っています。
実は、1980年代に一世を風靡したロックバンド「横浜銀蝿」ファミリーの一員だった時期があり、あの嶋大輔さんとも深い関わりがありました。
当時の写真を見ると、今とはまったく違うワイルドな雰囲気で驚く人も多いはずです。
そこで今回は、杉本哲太さんの若い頃の姿や意外な経歴、そして現在の俳優としての活躍に至るまでを徹底調査!
さらに、身長や年齢、出身中学・高校などのプロフィールも詳しくご紹介します。
知れば知るほど奥深い杉本哲太さんの魅力を、ぜひ最後までお楽しみください!
杉本哲太の若い頃がやばい?
現在は名脇役として数々のドラマや映画に出演し、渋く落ち着いた雰囲気を持つ杉本哲太さん。
しかし、若い頃は「地元でも有名なヤンチャな存在だった」と言われています。
実際に、地元・神奈川県藤沢市では「杉本哲太の名前を知らない人はいない」と言われるほどの影響力があったようです。
杉本哲太さんには2歳年上の兄がいて、その兄もかなりの不良だったと言われています。
そのため、杉本さんは「ヤバい兄弟」として地元では有名だったそうです。
そんな杉本さんの名は、同じ藤沢市出身の中居正広さんの耳にも届いていました。
中居さんは過去にテレビ番組で、「地元でやばい人として杉本哲太さんの名前をよく聞いていた」と語っています。
その中居さん自身もやんちゃな学生時代を過ごしていたことで知られていますが、杉本さんについては「本当に芸能界に入ってよかったですね」と語るほどの存在だったそうです。
また、杉本さんは地元の暴走族「藤沢道化師(ピエロ)」に所属していたとの情報もあります。
藤沢市周辺ではかなり有名な暴走族だったようで、その当時の杉本さんはまさに”硬派な不良”というイメージが強かったのかもしれません。
バンド「紅麗威甦(グリース)」でデビュー!
現在の俳優としての姿からは想像しにくいですが、杉本哲太さんの芸能界デビューはバンドのボーカルとしてでした。
デビューしたのは1981年、当時人気絶頂だった「横浜銀蝿」の弟分バンドとして結成された「紅麗威甦(グリース)」のメンバーとして活動をスタートしました。
- デビューシングルは『ぶりっこROCK’N ROLL』(1981年)
- リーゼント姿でロックンロールスタイルを貫いた
- 兄弟バンドには嶋大輔さん(『男の勲章』で有名)も所属
この頃の杉本さんは、身長180cmの長身にリーゼント姿というまさに「ツッパリ」なビジュアルで、一目見ただけで威圧感を放っていました。
今の落ち着いた雰囲気とはまるで別人のようです。
バンド活動と並行して、1981年にはドラマ『茜さんのお弁当』に出演。
劇中では、嶋大輔さんとともに不良少年役を演じました。元々のキャラクターもあってか、役柄にはピッタリだったようです。
しかし、1984年に「紅麗威甦(グリース)」は無期限の活動休止を発表。
杉本さんはバンド活動を終え、本格的に俳優業へとシフトしていきます。
杉本哲太さんといえば、硬派な役柄やアウトローなキャラクターを演じることが多いですが、若い頃の経験がそのリアリティを支えているのかもしれません。
実際に、不良役だけでなく刑事やヤクザ、父親役まで幅広く演じられるのは、杉本さんの持つ独特のオーラがあってこそでしょう。
若い頃は地元で恐れられる存在だった杉本哲太さんですが、芸能界に入ったことでその才能を開花させ、今では名バイプレイヤーとして欠かせない存在となっています。
これからも、俳優としてのさらなる活躍が楽しみですね。
杉本哲太のプロフィールや経歴
名前:杉本 哲太(すぎもと てった)
本名:杉坂 哲太(すぎさか てった)
生年月日:1965年7月21日
出身地:神奈川県茅ヶ崎市
身長:180㎝
血液型:O型
所属事務所:トライストーン・エンタテイメント
代表作:『白蛇抄』『救命病棟24時』『おんな城主 直虎』他多数
杉本哲太さんは、地元・神奈川県藤沢市で生まれ育ちました。
若い頃は地元で知られる存在だったものの、のちに芸能界入りし、現在では名バイプレイヤーとして確固たる地位を築いています。
杉本哲太さんの芸能界入りは、偶然の出来事から始まりました。
16歳のとき、横浜駅西口にあるダイヤモンド地下街で不良グループとトラブルになり、ケンカに発展。
しかし、その場を通りかかった横浜銀蝿のドラム担当・嵐ヨシユキさんが仲裁に入ります。
当時の不良文化において、横浜銀蝿はカリスマ的な存在。
杉本哲太さんも憧れていたため、ケンカを忘れて「銀蝿の仲間募集」の話を持ちかけ、嵐さんに直接「入れてほしい!」と頼み込みました。
これがきっかけとなり、杉本哲太さんは横浜銀蝿の弟分バンド「紅麗威甦(グリース)」のボーカルとしてデビューを果たします。
「紅麗威甦(グリース)」はリーゼント姿でロックンロールを歌い、人気を集めましたが、1984年に活動休止。
このタイミングで杉本哲太さんは俳優の道へ進む決意をします。
同年、映画『白蛇抄』に出演。
デビュー当初のリーゼント姿とは一変し、役作りのために坊主頭になって演じたことで話題を呼びました。
この作品での演技が高く評価され、日本アカデミー賞新人賞を受賞。これを機に俳優として本格的に活動をスタートしました。
杉本哲太さんは、不良役やアウトローなキャラクターを演じることが多かったものの、近年では刑事役、父親役、会社の上司役など幅広いジャンルに出演。
渋みのある演技と確かな存在感で、多くの作品に欠かせない名俳優となりました。
- 代表作:
- 『白蛇抄』(1984年)
- 『今日から俺は!!』(1994年・2018年)
- 『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(2008年)
- 『龍馬伝』(2010年)
- 『相棒』シリーズ
- 『半沢直樹』(2020年)
現在も第一線で活躍し続ける杉本哲太さん。
やんちゃだった過去を持ちながらも、俳優としての地位を築き上げたその人生は、まさにドラマチックです。
これからの活躍にも期待が高まりますね!
杉本哲太の学歴
杉本哲太さんは、現在では渋く存在感のある演技で多くの作品に出演する名バイプレイヤーですが、学生時代はかなり波乱万丈な日々を過ごしていたようです。
学歴だけでは測れない経験を積んできたことが、俳優としてのリアルな演技につながっているのかもしれません。
杉本哲太の出身小学校
杉本哲太さんの出身小学校は公表されていませんが、地元である神奈川県藤沢市の公立小学校に通っていたと考えられます。
進学先とされる藤沢市立明治中学校の学区を考慮すると、藤沢市立明治小学校が最も有力な候補です。
他にも、藤沢市立大道小学校や藤沢市立鵠洋小学校などの可能性も指摘されていますが、確証はありません。
小学生時代はまだ大人しく過ごしていたとも言われていますが、両親の離婚という大きな出来事を経験した時期でもあります。
父親が家を出たことで生活が一変し、母親と2歳年上の兄とともに過ごすことになりました。
兄は地元で知られる不良だったため、杉本さんも少しずつその影響を受けるようになったかもしれません。
当時の藤沢市は、不良文化が根強く残る地域のひとつで、ツッパリスタイルや暴走族の影響が色濃かった時代です。
杉本さん自身は、のちに地元で有名な存在となりますが、小学生の頃はまだ普通の少年だったようです。
ただし、すでにやんちゃな一面を見せ始めていたという話もあり、この頃から少しずつ兄の影響を受けながら育っていったのかもしれません。
杉本哲太の出身中学
杉本哲太さんの出身中学は「茅ヶ崎市立第一中学校」とされています。
地元は神奈川県藤沢市ですが、中学は隣の茅ヶ崎市にある公立中学校に通っていたようです。
藤沢と茅ヶ崎は隣接しており、行動圏も重なるため、地元では広く知られる存在だったのかもしれません。
杉本哲太さんは、中学時代からすでに藤沢や茅ヶ崎周辺で有名な存在だったと言われています。
特に兄の影響もあり、不良グループの一員として活動していたようです。
- 当時の杉本さんは、ケンカが強く、7~8人を相手にしても引かなかったという逸話があります。
- 1980年代の茅ヶ崎や藤沢は、不良文化が根強く、ツッパリや暴走族が多く存在していました。
- 地元の暴走族「藤沢道化師(ピエロ)」とも関わりがあったとされ、藤沢・茅ヶ崎エリアでは知られた存在だったようです。
不良としてのエピソードが多く語られる杉本哲太さんですが、当時のツッパリ文化では義理や人情を重んじることが重要でした。
ただ単に荒れていたわけではなく、仲間との絆を大切にしながら過ごしていたとも言われています。
杉本さんは酒やタバコにも手を出していたという話もありますが、それが珍しくない時代背景もありました。
とはいえ、現在の俳優としての姿からは想像できないエピソードが多く、過去の経験が後の演技に活かされているのかもしれません。
中学卒業後の進路については後述しますが、杉本哲太さんは学歴ではなく人生経験を糧にして、俳優として成功を収めた人物のひとりです。
特に、不良役や硬派なキャラクターを演じる際には、中学時代の経験がリアルな演技につながっていると考えられます。
現在では、渋みのある演技や落ち着いた役柄が増えましたが、若い頃のやんちゃな時代があったからこそ、説得力のある演技ができるのかもしれません。
杉本哲太の出身高校
杉本哲太さんは神奈川県立藤沢工業高校(現在の神奈川県立藤沢工科高等学校)に進学しました。
しかし、高校生活は長く続かず、1年生のときに中退しています。
高校に入学したものの、授業にはほとんど出席せず、ナンパや夜遊びに明け暮れる日々を送っていたようです。
当時の藤沢や茅ヶ崎周辺は、不良文化が盛んな地域で、暴走族の活動も活発でした。
地元で名の知れた存在だった杉本さんは、学校よりも仲間との時間を優先し、次第に通学しなくなっていったようです。
そんな中、2歳年上の兄が更生し、普通の道を歩み始めていました。
兄は杉本さんにも「そろそろ落ち着いたほうがいい」と説得を続けていたようです。
中学時代は共にやんちゃをしていた兄ですが、大人になるにつれて生活を改め、杉本さんの将来を心配するようになっていました。
兄の言葉を聞き、杉本さん自身も少しずつ自分の将来について考え始めていた矢先、偶然の出来事が人生を大きく動かします。
その出来事をきっかけに、杉本さんは高校を中退し、全く異なる世界へと足を踏み入れることになりました。
この後、どのようにして芸能界へ進むことになったのか、その詳細についてはプロフィールの見出しで詳しく紹介しています。
まとめ
杉本哲太さんの若い頃は、まさに波乱万丈な青春時代でした。
地元・藤沢や茅ヶ崎で知られる存在だった中学時代、やんちゃな日々を送りながらも、高校時代には兄の影響で更生の道を考え始めていたことがわかりました。
そして、偶然の出会いが人生を大きく変え、芸能界へと進むことになります。
現在は渋く落ち着いた雰囲気の名バイプレイヤーとして、多くの作品に出演していますが、若い頃の経験が、演じるキャラクターに説得力のある表情や鋭い眼光を与えているのかもしれません。
不良役や硬派な役はもちろんのこと、刑事や父親役など、幅広い役柄を演じられるのも、彼の人生経験が活かされているからでしょう。
もしもあの時、横浜銀蝿のメンバーと出会っていなかったら、今の杉本哲太さんはいなかったかもしれません。
そう考えると、人生とは何がきっかけで大きく変わるかわからないものですね。
これからも、長年培った深みのある演技で、さまざまな作品に登場してくれることでしょう。
今後の活躍にも期待しながら、引き続き杉本哲太さんを応援していきたいですね!